星を流す少年

ナナ

第1話


少年は、ブランコ乗車時特有のゆったりとした浮遊感をその身に感じながら、星空に向かってそっと手を伸ばした。


「・・・お星さまキラキラ、金銀砂子

お空の真ん中 私がかいた

星をただ見つけた りんりん砂子 」


これは、彼の癖らしかった。


特に何を考える訳でも無くただぼんやりと、ある景色や空間を見つめながら、いい加減な替え歌を口ずさむ。


無論、想像に難くない通り、その口からは独り言も多く出る。


最も、彼は人見知りな質なので、人前でこれが出ることは殆なかったが、こうして人目のない場所等に来ると、その小さな口からは、自然と素朴な歌声が、鼻歌交じりに漏れ出してくるようであった。


つまるところ深夜は、少年にとって最も自由を与えてくれる存在の一つであると云えた。


「ぱっ!」


その時少年は頭の中で、眼前に広がる夜空に華奢な花火が弾ける光景をイメージしていた。


それも、ただの花火じゃない。


彼がイメージしたのは、無数の星が固まってできた、星花火だった。



するとまもなくして、夜空に何やら変化が生じ始めた。


棒立ちする時計塔の、もう少し上のあたり。


何と空の星々は彼のイメージに追従するように、間もなく小さな塊を形成し始めたのだ。


そしてしばらくすると、信じられないことに、彼の見上げる夜空の真ん中には、星色の花火がぱっと弾けたではないか。


それを見ていた少年の瞳には、おそらく青白く光る星の花が、ちょうど一輪ずつ咲いていたことだろう。


ここの夜空はやはり、何か不思議な力を持っている。


少年がその予感を感じ始めたのは、無論その日が始めてではなかったが、少年は何となくの思いつきで、これからはこの空のことを「まねっこ空」と呼ぶことに決めた。



次に、少年はとある星に掛けた指をすっと滑らせると、その星は流れ星となって、広大な夜空を瞬く間に横断した、


というイメージを頭の中でした。


するとやはり、空はそれを真似て、美しい流れ星をいくつか、少年の眼前に流してみせた。


少年はそれを見て、単純に綺麗だと思った。


しかし同時に、これでは願いを叶えるには猶予が足りない、流れ星というのはあまり足が速すぎる、とも思ったらしかった。


少年は、何かを思い至ったようにブランコを漕ぐ足をしきりに急かし始めた。



「1.2.3.4 1.2.3.4. 天まで届け、夜の船」



少年は、「ぎ、こ、ぎ、こ、」と不規則に鳴るオールの音に合わせて、闇夜の深海を一心に、前へ後ろへ漕ぎ続けた。


すると、あるところから、少年の目には視界に瞬くすべての星々が、流れ星のように美しく夜空を駆け巡って見え始めた。


少年はそれを見て、今度は「願い事は何にしようか」、などということを考えた。


そして次の瞬間には、握りしめていたオールの一つをポイと捨て、それから、1つ2つと、離した方の手の指をしきりに折り始めていた。


「ショートケーキが食べたいし、あと、シュークリームも食べたい…。あとは、早く大人になりたいし、大人になったら僕だけの星が欲しい!」


純粋な少年の心からは、とても些細なものからある種の強欲とも取れるものまで、とても片手では収まりきらない数の願いが、次々と浮かび上がって来るらしかった。


そして、あっという間に片手の指を使い切り、いよいよ6つ目の願いを口に出そうというところで、


少年は思いき切った行動に出た。


なんと少年は直後、何の躊躇なく両手をひらりと開放すると、ブランコの上昇に任せて、その身を勢いよく宙に放り投げたのである。


少年は、目一杯広げた指先で風を切りながら、こう叫んだ。


「僕は、空を飛びたい!」


殆ど突発的に口を付いたその願いは、叶えられるのだろうか。


このまま落下してしまえば、自分は大怪我を負ってしまいかねないが、後海はないか。


そのようなことを、少年は決して考えなかった。


おそらく少年の心には未だ、疑いのニ文字が、刻まれていなかったのであろう。


しかし、無念なことに、少年の体は羽が生えるわけでも、魔法にかかるわけでもなく、急転直下、そのまま地面に激突した。


幸い、少年は両膝に大きなすり傷を負った程度の軽症で済んだ。


「足!元に戻れ!戻れ!」


それでも傷は傷なので、かなり痛かったのであろう。


少年はその場に座り込むと、半べそをかきながら自らの足に向かってそう叫んだ。


結果は言わずもがなである。


その痛みが、よっぽど少年の不機嫌を誘ったのであろう。


先程まで、あんなにも楽しそうにしていた少年はそれからのそりと立ち上がると、不貞腐れたような顔をして、その日はそのまま公園を後にしてしまった。

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