第16話

 お父さんと椎名さんが帰った後、ベッドに横になるとずっとライナの曲を聴いていた。


 この曲達がお母さんに向けられていたと思うと胸がギュッと締め付けられた。お母さんがいなくなって辛い、また会いたいっていう気持ちが凄く伝わってくる。それでもお母さんを励ますような曲も多くあった。


 そのうちある曲になると、私は小さい頃の記憶が蘇っていた……。


 小さい頃、夜中にふと目を覚ました私はお母さんの啜り泣く声を聞いて子供ながら凄く心配になった事があった。いつも私の前では気丈に振る舞い笑顔を見せていたあのお母さんが泣いているのを初めて見た時だった……そう、その時流れていたのがこの曲だった。君はひとりじゃない、どんなに辛くても俺が側にいるから……そんな歌詞だった。きっとお母さんもお父さんに会いたかったと思う。でも、色々な感情が邪魔をして……時間が経って会えなくなってしまったんだ。


 朝起きるとカレンダーを見た。今日は月曜日……学校に行くのがというか松岡君達にどんな顔をして会えばいいのか……そう考えると憂鬱になってしまう。


「謝らなくちゃ……」


 そう、私は今思い出すととんでもない事をした……皆んなを悲しませるようなひどい事をしてしまった。だから許してくれるまで謝るんだ。

 

 放課後になって私は秘密の溜まり場に向かっていた。何て謝ろうか……それだけを考えて。


 少し緊張しながら入り口を開けるとそこには松岡君、新田君、藍沢さん、真田君が既に集まっていた。


 シーンとした中に入っていくと皆んなが心配そうな顔で私を見ている。


「ごめんなさい!」


 私は頭を深く下げて謝った。何を言われてもしょうがないと覚悟して。


「可奈ちゃんが最近お母さんを亡くして凄く辛いのは知ってるよ……だから辛かったら私達に話して欲しかった……それが悔しくて、寂しかった」


 藍沢さんの言葉に私は何も言えなかった。ただその気持ちが分かって胸が痛い。


「もうあんな事したらダメだからね! 今度やったら許さないから!」


 藍沢さんは涙を流して私を抱きしめてくれた。


「ごめんなさい……」


 私は自分の為に泣いてくれる友達がいて嬉しかった。


 少し落ち着いた所で話はあの時の話題になっていた。


「いや〜 でも上条が無事で良かった! 真田からラインが来た時はびっくりしたぜ!」


「じゃあ皆んなが私を探してくれたの?」


「最初僕が上条さんを見かけたんだ。雨なのに裸足で走ってたから驚いて皆んなに連絡したんだ」


「松岡が間に合って良かったよ」


「僕は自転車に乗ってたからね」


「皆んなありがとう」


 私は初めて自分を心配してくれる友達がいることが凄く嬉しくてしばらく皆んなの会話を聞くその楽しく穏やかな時間を噛みしめていた。



 次の日、いつものように秘密の溜まり場に行くと松岡君がいなかった。


「松岡風邪だってさ」


 藍沢さんからそう聞いて昨日松岡君が少し辛そうだったのを思い出した。


 私を助けてくれた時ずぶ濡れだったからきっと風邪を引いたんだ。


「あいつ大丈夫かな? 家に誰もいないんじゃなかったっけ」


 新田君の話を聞いているうちに私は居ても立っても居られなくなって椅子から立ち上がっていた。


「新田君……」


「ん?」


「松岡君の家って知ってる?」


 私は授業が終わると足早に学校を後にした。それからスーパーで買い物をしてから新田君に聞いた松岡君の住むマンションに来ていた。


「……」


 そして松岡君の家のドアを前にした時、私はふと自分が凄く大胆な事をしているのに気付いた。


 あ、もしも松岡君のお母さんが心配して家にいたらどうしよう……。


 頭で色々な事を考え始めるとなかなかチャイムを鳴らすことができない。


それでも私の為に体をはってくれた事を思い出すとなんとかチャイムを鳴らす事ができた。


 最初は反応が無かったけど3回目で中から物音がして誰かが歩いてくるのが分かった。


 玄関の扉がゆっくり開くと辛そうな松岡君が顔を出して私を見た瞬間驚いた顔をして止まっていた。


「な、なんで上条さんが……」


「ごめんなさい。私のせいで風邪引いちゃったんだよね……だからお見舞いに来たんだけど……」


「あ、ありがとう……」


「あの、入っていい?」


「うん、どうぞ」


 中に入って綺麗に整頓されたリビングを見ていると松岡君の部屋に入れてもらった。


「風邪は大丈夫?」


「まだ熱が高くて……」


 松岡君は頭を抑えて辛そうだった。


「じゃあ、寝てて。今日何か食べた?」


「えっと、朝に少し」


「ちょっと台所借りるね。さっき色々買ってきたから」


 私は台所でお粥とサラダを作ると松岡君に出した。


「凄く美味しいよ、上条さん料理が上手いんだね」


「昔から作っていたから。お母さんに美味しいって言われたくて一生懸命勉強したんだ……」


「こんなに美味しいならお母さんも幸せだったと思うよ」


 ガチャ!


「え……」


 私は誰かが帰って来たのに気付いてドキっとした後動揺が隠せず、あたふたと慌てていた。


「あ……母さんだ。どうしたんだろ? いつも帰って来るの夜なのに」


「え! お母さん⁉︎」


 頭が真っ白になった。いきなりの事態に私は自分で分かるくらい取り乱していた。


 そうしているうちに何か凄く急ぐような足音がすると松岡君の部屋の扉が大きく開かれた。


「あ、おかえり……早かったね」


 松岡君が話かけるも松岡君のお母さんは私を食い入るように見ていた。何歳なんだろう? 若くて綺麗な人だった。


「あ、あの……上条といいます」


 無言で私を見ていた松岡君のお母さんに挨拶をするとハッとして我に帰ったような感じでいきなり私の近くまで来て顔を緩ませた。


「なんて可愛いの! はるったらこんな可愛い彼女がいたなんて! 早く言いなさいよ!」


「え、か、彼女⁉︎ ち、違うんです!」


 必死に否定したけど松岡君のお母さんは興奮しててまるで聞こえてないみたいだった。


「母さん、上条さんは……」


「だって好きじゃない人のお見舞いなんて来ないし、それにこんな美味しそうなご飯まで作ってくれるなんてもう彼女みたいなものでしょ?」


 松岡君のお母さんは本気で私達が付き合っていると思っているみたい……どうしよう。

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