第14話
マンションに帰るといつものように椎名さんが私の帰りを待ってくれていた。
「おかえり可奈」
「ただいま」
「今日は遅かったわね。寄り道?」
少し心配だったのか椎名さんに不安そうな顔で訊かれた。
「近くにある児童養護施設の子供達に勉強を教えてたの」
「へぇ〜 そんな事を始めたのかぁ! 偉いわ!」
「友達がやってるって聞いて……」
「そっか、最近は色々な事をやっていいと思うわ。忙しくて大変かもしれないけど頑張りなさい」
「うん」
「それでなんだけど……明日上条が来るから、可奈に話があるみたい」
一瞬椎名さんの笑顔が消えて真顔になったのを見逃さなかった。何だかそれが良くない事のように思えて少し警戒してしまう。
「話? 何かな?」
「大事な事みたいだから今日は早く寝なさい」
「分かった」
大事な話か……なんだろう?
何故か私は胸騒ぎがしてよく眠れずに次の日……土曜日の朝を迎えていた。
頭がスッキリしないままベッドから起き上がると窓を開けた。
「今日は雨か……」
今は梅雨でも今日だけは晴れていて欲しかった……そんな気分だった。雨が降るのを窓から見てるとますます憂鬱になってしまう。ガッカリしながらスマホに目を落とすと画面に映る天気予報では夕方まで雨マークが付いていた。
すると、ちょうど椎名さんから上条さんと4時に行くと連絡が入った。分かったとすぐに返事をするとまたベッドに倒れ込んだ。
「はぁ……ライナでも聞こうかな……」
憂鬱な気持ちを消そうとライナを流して家事をこなし宿題をやっていると時間は既に3時を回っていた。ふたりが来る時間が段々と近づくにつれて緊張してきた。大事な話が一体なんなのか気になってしょうがなくて何も手につかない。
そしてチャイムが部屋に響くと緊張しながら玄関に向かった。
「少し早く着いたけど大丈夫?」
椎名さんはいつもと違って少し緊張しているように感じた。心配するような顔で私を見ているのが凄く気になってしまう。
「大丈夫だよ」
「久しぶりだね。椎名から色々聞いてるよ。学校で頑張っているみたいだね」
上条さんもなんだか緊張しているように見えた。
「はい……あの、話って……」
私の言葉に椎名さんと上条さんの顔が真剣になったのが分かった。そんなに深刻な話なんだろうか……段々怖くなって聞きたくないと思ってしまう。
「とりあえず座わりましょ」
椎名さんに促されてソファーに座った。
「可奈……凄く驚くかもしれないけどちゃんと聞いて欲しいの」
そう前置きされると私は緊張から言葉が出なくて頷くのがやっとだった。
椎名さんが上条さんを見ると上条さんは何かを私の前に置いた。
それは椎名さんが以前お母さんが大事にしていた写真の中から貸してって言って持っていった一枚の写真……お母さんと多分私の父親が仲良く映る写真だった。
「これは俺なんだ……」
「え……」
「君は紛れもなく俺と真帆の子供なんだよ」
一瞬頭が真っ白になった。次第にそれを理解すると私の中で沸々と怒りが湧いてくるのが分かった。
なんで……何でお母さんを……。
「何で……今更出てきたんですか…‥今までほったらかしにして‼︎」
私は自分でも驚くほど大きな声を出していた。それ程怒りを抑えることができなかった。
「可奈! お願い話を聞いて!」
椎名さんは必死に私を宥めようとしていたけど私はそれを振り切った。どうしてもお母さんを捨てた事が許せなかった。
「お母さんが死んだのはあなたのせいよ‼︎」
「すまなかった……」
頭を下げてそう言ってきても怒りが収まらないと同時にあれだけ憎かった相手を前に泣く事しかできない自分が嫌になった。
そのうち段々と悲しさが襲って何もかもが嫌になった。
「もう嫌……」
一刻も早くこの場から消えたい思いで立ち上がる私を椎名さんが慌てて止めに入ってきていた。
「可奈! 座って話を聞いて!」
「何も聞きたくない‼︎」
私は椎名さんの制止を振り切って家を飛び出した。
それからは夢中で激しく雨が降る中をあてもなく走っていた。
「痛っ……」
しばらくして足が痛むと靴を履いていないことに気付いた。足の痛みで走れなくなって雨に打たれながら歩いているとあの人に言ってしまったことを後悔し始めていた。
何の事情も知らないのに一方的に罵って……お母さんが死んだのはあなたのせい……そんなことを私が言えるのかな……私がお母さんを支えていけなかったから、もっと頑張っていたら……。
本当は私のせいなんだ……私がお母さんを死なせたんだ。
苦しいほど胸が痛い……辛くて悲しくて……消えてしまいたい……。
目の前に大きな橋が姿を現すと私は橋の真ん中に立っていた。下を覗き込むと朝から雨が降っていたせいかドス黒い濁流を見ていると吸い込まれそうになる。
「お母さんに会いたい……」
ここから落ちればお母さんに会えるよ。
ここから落ちれば楽になれるよ。
ここから落ちれば……。
私を誘う声が段々と大きくなり気付いた時には手すりに両手をかけ身を乗り出していた。
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