第12話
今日の放課後。秘密の溜まり場にはひとりギターを弾いている新田君の姿があった。
「よ! 上条!」
「あれ? 皆んなは?」
「ああ、藍沢は弟が風邪だからって休んでたな。真田はもう帰っていったわ」
「そっか、松岡君は後で来るって言ってたよ」
「じゃあ、来るまでギターの練習でもすっかな」
新田君はギターを弾きはじめると私はそれをなんとなく聴いていた。そのうちどこかで聴いたメロディに何だっけと頭を働かせた。
「それってライナの曲でしょ? 確かセカンドアルバムの」
「お! 当たりだ! さては上条も相当なライナファンだな?」
「小さい頃から毎日聴いてたから」
「俺も、親父が好きで毎日聴いてたら好きになってたな」
「一緒だね」
「親父がリストラにあって、それが原因でお袋が家を出て行って家庭がメチャクチャになってさ。まさにドン底にいた時だった……テレビから流れてきたライナを聴いてたらなんか励まされてる気がしたんだ」
新田君の悲しい過去を知った。最初こそ怖いイメージがあった新田君だけど今は全然違う。昔そんな辛い事があったのにそれを見せずに一生懸命夢に向かって頑張ってる姿が羨ましかった。
「分かる……私もライナを聴いてると元気が出るもん」
「ライナって元々はバリバリのロックバンドだったのに急に路線変更したのかバラードとかポップスの明るい曲がメインになったんだよな」
「何でだろうね」
確かに私もそう思った時があった。ファーストアルバムが発売されてそれがヒットしたライナは事務所と揉めて活動を停止していた時期があった。それから別の事務所に移って発売されたセカンドアルバムは全くジャンルが違うってファンの中でも有名になっている話だった。
「俺さ、歌で人が救えるんだって衝撃を受けたんだ。だから俺もそうなりたいって思うようになってライナを目指してはいるけどやっぱライナは凄いよ」
「奇跡のバンドだもんね」
「そうそう、バンドの誰もが一流のテクニックを持ってるし何よりシュウヤの歌詞と作曲が神なんだよ。何であんなに共感できる歌詞が書けるのか、心を揺さぶるメロディが思い浮かべられるのか……俺には雲の上を遥かに超える存在だよ」
「新田君のギター上手かったよ。これから色々経験を積んでいけばライナに近づけるよ」
「サンキュー。そういや上条って蒲原中学だったんだよな?」
「うん、そうだよ」
「前にその学校から来た女の子達に聞いたけど上条の事知ってるやついなかったんだよ。皆んな首を傾げてさ」
「私、メガネかけてたし髪もボサボサで学校が終わったらすぐに帰ってたから……それに休みがちだったし」
「上条も色々大変だったんだな」
その一言が嬉しかった。分かってくれる友達がいるのがこんなに安心できるものだったなんて初めて知った。
「ごめん、遅くなった」
そんな時松岡君が合流すると雑談をして時間はあっという間に過ぎていった。
最近毎日と言っていい程松岡君と一緒に帰ってる。今日も部活をする生徒の視線を集めながら学校を後にした。
今日はなんだか申し訳ない気持ちで松岡君の隣を歩いていた。それは今日学校で私と松岡君が付き合ってるって噂になってるってクラスの女の子に言われていて松岡君に悪いと思っていたからだ。
「あの、松岡君? クラスの子に聞いたんだけど私達に変な噂が立っているみたいなの」
「ああ、僕も聞いた。まあ確かに毎日一緒に帰ってたらそう噂されてもしょうがないね」
悩む私とは対照的に松岡君は何も思ってないような感じだった。
「松岡君はそれでいいの? 私は何か悪い気がして……」
「誰に?」
「もしも松岡君が好きな人がいたらその人に悪いかなって……松岡君モテるから」
「ははは、上条さん考えすぎだよ。最近よく付き合ってるのかって訊かれるけどちゃんと違うって言ってるから安心して」
「まあ、それならいいけど……」
やっぱり松岡君はこうゆう事に慣れてるんだな……。
「ねえ、ちょっと一緒に行きたい所があるんだけどどうかな?」
「どこ?」
「内緒! 変な所じゃないから行こうよ」
「うん、じゃあ行く」
「ほんと? よし、行こう!」
松岡君は嬉しそうな笑顔でいつもと違う道を歩いて行った。私はどこへ行くのか少し楽しみにして付いていった。
私はここら辺の地理には全く詳しくなかった。元はふたつ隣の町に住んでいたからあのマンションに引っ越してから学校を行き来するだけで何も知らない。
松岡君の後を歩いて行くと段々街から離れていたから少し不安になってきた。
「着いた!」
そこは町を一望できる公園だった。今日は天気がいいから清々しくて気持ちいい。今は6月も中旬でまだ暑くなくてちょうどいい時期だったから尚更だ。
「綺麗だね。近くにこんな所があるなんて知らなかったよ」
「あそこのベンチからいい景色が見られるよ」
ふたりでベンチに座るとしばらく心地いい風に当てられながら開放感溢れる景色を見ていた。
「上条さんごめん」
「え? なんで?」
急に謝られて戸惑ってしまった。何か謝られるような事をされた気すらなくて次の言葉を待った。
「この前藍沢と話してるの聞いちゃったんだ……別に盗み聞きするつもりは無かったんだけど部屋に入るに入れなくてつい……」
藍沢さんとの会話……確か色々私の事を話してた気がする。
「別にいいよ。隠している事じゃないし」
「上条さんが僕の想像していたより遥かに苦しんでいたんだって分かった。まさか最近お母さんが亡くなってたなんて……」
「……お母さん一年前くらいから身体を壊しちゃって、大丈夫だって言ってたのに……私を置いていくなんて酷いよね……」
「上条さん、お母さんは相当無念だったと思うよ。凄く生きたいと思って頑張っていたと思う」
「お母さん私がいたから……身体を壊しちゃったのかな……私のせいで死んじゃったのかな……」
「違うよ! 君がいたから頑張れたんだよ! そう思ったらお母さんかわいそうだよ……」
「ごめんね、本当はそうだって思いたいんだけどどうしてもそう考えちゃうの……」
気付くと空はもう日が暮れ薄暗くなっていて、まるで私の心を表しているようだった。
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