第10話

 月曜日の放課後。松岡君が教室の前を通り過ぎる時、私に目で合図を送ったのを確認すると静かに教室を後にした。


「行こうか」


 松岡君の後を付いていくと確か使われていないはずの部屋の前に来ていた。


「ここって確か……」


「ここさ、昔は科学研究部の部室だったらしいんだけど今は廃部になってて使ってないって聞いたんだ。そこで先生に頼んで特別に使わせてもらってるってかんじ」


「よくオッケーもらったね」


「まあ色々と協力してるからね」


 そう言って松岡君はニコッと微笑むと入り口を開けて入っていった。


 私も中に入るとそこには3人の生徒がいてそのうち2人が楽しそうに会話をしていた。


「おう! 来たかよ! って‼︎ マジか! お、落ちる〜」


 私を見た男子が驚いた顔で寄っかかっていた椅子から落ちそうになっていた。まさかの金髪にピアスという松岡君とは真逆な人に驚いた。


「うそぉ〜 何で上条さんがぁ⁉︎」


 視線を少し動かすと今度はギャルっぽい女の子が目を大きくして私を見ていた。その隣の窓際には優等生っぽい大人しそうな男子がかけたメガネをくいっと持ち上げて私をじっと見ている。


「あ、好きな所に座って」


 全く種類の違う3人に呆気にとられていると松岡君に座るように促された。


 あのギャルっぽい女の子が「こっちこっち!」と手招きしているので歩いて行くと椅子を持ってきてくれた。


「よろしくね〜 私、藍沢亜衣って言うの」


 少し近いと感じる距離でそう言うと私をじっと見つめてから人懐っこそうな笑顔を見せた。茶髪に化粧をしていて今時の女子高生って感じがした。


「よろしくね、藍沢さん」


「それにしてもほんと可愛いわぁ! 顔ちっさ⁉︎ それになんかいい匂いもするし。ねえ、友達になろ!」


「うん、ありがとう」


「ほんと⁉︎  嬉しい!」


 藍沢さんは明るくて友達がいっぱいいそうだな……私と合うのかな……。


「なあ藍沢よう、俺にも話させろよぉ」


 さっき椅子から落ちそうになっていた男子が恨めしそうな顔で私達を見ていた。


「ええ〜 しょうがないなぁ」


 藍沢さんがそう言うと身を乗り出して男子が話しかけてきた。


「俺は新田真矢って言うんだ! 将来ライナみたいなロックバンドを目指してるんだ。よろしく!」


 ライナが好きなのかな? それだったら少し話せるかも。


「あはは! あんたなんかライナになれるわけないわよ!」


「はん! 今に見てろよ! この前バンドを結成したんだからな!」


 隣からそんなヤジが飛ぶと新田君は顔を真っ赤にして反論していた。


「へぇ〜 真矢やっとバンド組めたんだ。良かったじゃん」


 松岡君は自分事のように喜んでいた。


「まあな、いつかライブができるようになったら呼んでやるからな」


「絶対いくよ」


「まあ、私も行ってあげてもいいわよ? チケットさばくの大変そうだから」


 松岡君が笑顔で返すとさっき言い合っていた藍沢さんが意外にも優しい言葉をかけていた。


「おい、後はお前だぞ」


 新田君に話を振られた先程の大人しそうな男子はもじもじとしているように見えた。


「コイツ人見知りでさぁ、俺達だと流暢に話すんだよ」 


「ふぅ……」


「ひぃ⁉︎ な、何すんだよ!」


 隣にいた藍沢さんから耳元に息を吹きかけられた男子が顔を真っ赤にして抗議している。


「あはは! 相変わらずリアクションがおもしろ! この和とは幼馴染でさ〜 よく分かんないけどいつも学校が同じで寂しそうにしてるからほっとけないんだよね〜」


 藍沢さんは真田君の肩をバンバンと叩いて笑っている。


「まあ上条さんに名前くらい言っとけよ」


「真田和樹です……」


「よろしくね、真田君」


 真田君の顔がまだ赤いのは気のせいかな?


「実はコイツこの前上条の話をしてたんだよ」


「あ、ちょっと! 待って!」


 新田君の言葉に慌てた真田君は必死に待ったをかけていた。


「あー、そういや言ってたね。何だっけ?」


「確か、あんな顔は見たことがない、芸術だとか興奮気味に言ってた……」


「わぁー‼︎」


 藍沢さんと松岡君の会話に真田君は大人しそうな雰囲気からは想像もつかないくらいの大声をあげていた。


「まあ和は普段そんなに人に興味を示さないけどあの時は驚いたわ」


「おお、確かにな! それほど上条は現実離れしているってことだな」


 そんな話で盛り上がっていると藍沢さんが突然席を立った。


「さてと、そろそろ行くわ。またね〜」


「お! こんな時間か、俺もバイトだ。じゃな!」


 藍沢さんと新田君が出ていくと真田君も用事があると言って居なくなり、松岡君とふたりになっていた。


「話してみてどうだった?」


 静かになった教室で松岡君からそう話しかけられた。


「最初は私と合うのかなって心配だったけど皆んな優しそうで安心したかな……真田君とはまだそんなに話せてないけど」


「そっか、誘って良かったよ」


「皆んな忙しそうだね」


「皆んな片親なんだ」


「……そうなんだ」


「藍沢はああ見えて家に帰って小学生の弟と妹の世話をしたり家事とかしてるし、新田はバイトをして家計を助けてる。真田は家が裕福だけど家に誰もいないからって寄り道してる感じかな」


「全然そうは見えなかったよ」


「僕達がこうして友達グループを作ったっていうより自然とそうなった感じなんだ。なんだろ、アイツらも時々上条さんみたいに寂しそうっていうかつまらなそうな顔をする時があるんだよね……それを見た時そうなのかなって感じで、話しているうちにそれが分かって色々苦労とか話せるし、分かってもらえるから居心地がいいっていうのかな」


「それで私も誘ってくれたんだね」


「うん、上条さんも色々思うところがあると思うんだ。だから僕じゃなくてもいい、アイツらに話してみてもいいと思うよ。多分「分かる〜」って言ってくれると思う」


「ありがとう」


 私は今まで学校でそんな話は怖くて言えなかった。だってそんな話をされても何て言っていいのか分からないと思うから。逆にめんどくさいって思われるかもしれないし。だから同じ境遇の人達なら言えるかもしれないと思ったら少し嬉しくなった。

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