第5話
「ねぇ! 松岡君てやっぱりカッコいいよね」
はあ……またか……。
いつものように私の周りに女の子達が集まるといつもの会話が始まって、少しうんざりした気持ちになる。
「成績も上位で運動もできるから色んな部活から勧誘が来るんだって! 背も高いしあの顔でそれは反則だよね〜」
「まだ付き合っている人もいないみたいだし結構狙ってる女の子がいるみたい! この間も……」
もう松岡君の情報は毎日いやと言う程聞いていて、顔も知らないのにいつの間にか私まで詳しくなっていた。
「あ! 松岡君だ!」
私はその声に反応して視線を移すと背が高いのもあってか一際目立つ男の子が教室の入り口に立って誰かと話していた。
あれが松岡君……。
聞いてた通り背は高くて顔もカッコいいのは分かった。髪も服装もきちっとしてて優等生って言葉が似合う人だった。でも、なんだろう……笑顔が作り物に見えた。それに気のせいか分からないけど私と同じような雰囲気がする。
その松岡君が私達の方を見ると周りから「きゃあ」と嬉しそうな声が聞こえた。
私と目が合うと松岡君は何か小さく微笑んでそこから去っていってしまった。
5月も半ばに来るとテストが始まっていた。
昔から私は勉強を頑張っていた。それはお母さんに安心して欲しいのと早く自立したかったからで、思えば中学生の時は家に帰ると家事をこなしてお母さんが帰ってくるまで勉強をする日々だった。それは高校生になった今でも続いていて、自然と机に体が向かうようになっていた。それを見た椎名さんには大いに感心されたものだ。
そして結果はなんと学年5位という結果で、貼り出された紙には私の名前が載っていて恥ずかしくもあり少し嬉しい。
「わぁ! 上条さん凄い!」
「おめでとう!」
掲示板を見ていた私に知らない3人組の女の子達が話しかけてきた。
「あ、ありがとう……あの、私の事知ってるの?」
私の問いかけに女の子達は顔を見合わせて笑い出した。
「あはは! 上条さん私達の学年だけじゃなくて学校全体でも有名だよ! もしかして知らなかったの?」
真ん中にいたクールな雰囲気の女の子が話しかけてくる。
「え……なんで?」
私目立つような事を何かしたっけ? 一瞬そう思った。
「上条さん……本気?」
私の反応に女の子達は呆気に取られている。
「学校で一番可愛いって言われてるんだよ?」
まさか……嘘でしょ? 私がずれてるのかな……そういう話は興味がないっていうか気にならない。学校の女の子達はみんな興味津々で楽しそうに話してるし、私が変なのかな……。
「でも、分かるわぁ。初めてこんなに近くで見たけどめちゃ可愛いじゃん!」
右にいる背の高いショートカットの女の子が活発そうな笑顔を見せて私に言った。
「ほんと羨ましいなぁ……」
左の大人しそうな女の子も私をじっと見つめて呟くように続けた。
私は何て言えばいいのか分からなかった。ちょうどチャイムが鳴ってくれたおかげでその場から逃げるように離れていった。
家に帰ると椎名さんがいつものように私を待ってくれていた。
「おかえり可奈」
「ただいま椎名さん……」
「どうしたの? 悩み事?」
私は思い切って今日の話をしてみた。それを聞いた椎名さんは何でか嬉しそうにうんうんと笑顔で頷いている。
「ふふふ、可奈は戸惑っているのね。いきなり可愛いとか言われて」
「はい……」
「今までお母さんが色々細工をして人目につかせなかったのよ。私は最初見た時は凄く可愛い子だなって見抜いていたけどね!」
「どういう事ですか?」
「あのメガネとか服装とか髪型とか……もしも今のように可奈がおしゃれをしたらこうなるって事を予想していたんだと思うわ。だからわざと顔をよく見えないような髪型とかメガネをかけさせたと思うの」
自分に興味がないからそう言われてもよく分からなかった。そんな無反応な私に椎名さんは更に話を続ける。
「昔のお母さんは凄く美人で有名だったのよ? 目立つ事が良いことばかりじゃないのをお母さんはよく知ってるから可奈にその苦しみを味わいさせたくなかったのよきっと……」
椎名さんのお母さんの何かを知っているような話が気になったけど今は訊く気になれなかった。
「そうなんですね……私、自分に全然興味がなくて、人に可愛く思われたいとか綺麗になりたいとか全然無くて……でも、他の女の子達はそれをすごく気にしてるから私がおかしいんじゃないかって思うんです」
「可奈はお母さんを亡くして生きる気力を失っているんじゃないかな……可奈を見ていると時々ぼうっとしてるの。何もかもがつまらないって感じでね」
私は言われて気付く……確かにそうだった。お母さんが居なくなってから私は心に大きな穴ができた。それは私の感情を飲み込んでしまう……いい事があっても突然虚しくなってしまう時があった。
「どうしたらいいのか分からない……」
私は俯くと涙が溢れた。体が寒くて震えた。
すると体に温かい温もりが伝わってくる……椎名さんが私を抱きしめて頭を優しく撫でてくれた。
「可奈はお母さんを亡くして心に深い傷を負ったのよ……だから今はゆっくりと傷を癒すの。可奈がおかしいんじゃない……」
「うぅ……」
私は椎名さんがいて本当に良かったと思った。もしも上条さんや椎名さんがいなかったら……お母さんがいない中でひとり途方にくれていた私はどうしていたのだろうか。きっとお母さんの後を追ったかもしれない……そう思うとふたりには感謝しかなかった。
「椎名さんいつも側にいてくれてありがとう……」
私はしっかりと抱きしめてくれる椎名さんに心から感謝した。
「あなたは絶対に幸せにするから……時間がかかるかもしれないけどいつか笑って暮らせるように。無理はしなくていいから……辛かったら私を頼って、私に相談して? 何でも聞くから、力になるから……」
何で……椎名さんはそこまでしてくれるんだろう? お母さんみたいに優しいんだろう……私は思いっきり泣いた。それに応えるように椎名さんは強く抱きしめてくれる。その日は私が寝るまで椎名さんは側にいてくれた。
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