第1話 -5- 命と命

 波黒はぐろは過去から戻る。殺し手となるはずだった者の走馬灯はほんの寸刻。

 だがその間に命と命の奪い合いは優勢が入れ替わっていた。今、白瀬しらせ波黒はぐろを馬乗りになって地面に押し倒し、その首に両手を駆けて全体重を乗せている。”何という事だ”との波黒はぐろの自責の意志は声に出せない。

「ここで卑怯と言わないところが素敵よ、本当に」

 囁くような優しい声がかけられる。天と地で見つめ合う二人の顔は共に苦渋であったが、息を止め刺す側と止め刺される側で対極であった。また未だに波黒はぐろが生きている理由は白瀬しらせの左手首を波黒はぐろの右手が無意識のうちに握り潰し、握力を減衰させていたからだった。しかしそれもつかの間の抵抗である。手を打たなければ波黒はぐろはこのまま完全に息を止められる。だがそれを考える脳への血流は著しく制限され、呼吸が止まった体からは見る見る間に力が抜けていく。

 抑え込んでくる白瀬しらせの下から抜け出そうと脚を動かして体をよじるが、白瀬しらせも必死で抵抗を潰す。

 やがて波黒はぐろの脚のばたつきが鈍くなるが、白瀬しらせはなおも力を込め続ける。そして、波黒はぐろの動きが止まって白瀬しらせの左手を制限していた右手がぱたりと地面に落ちた。

 それを見届けると白瀬しらせは全力を込めて一気に首の骨を折るべく、意識を集中させるために一呼吸を作った。

 ——折る。

 その瞬間、波黒はぐろの右手が瞬発した。隙を突かれた白瀬しらせが次の刹那に感じたのは首への締め付け。波黒はぐろがその御櫛を白瀬しらせの首に巻き付けて轟然と引いていた。しなやかで強靭な繊維が一部の隙間も無く首を締めあげる。

「私の首から手を離さなかったのは流石だ、親友」

 波黒はぐろがその眼に光を戻して言う。その通りに白瀬しらせの手は未だに相手の首を握ったままだが頸動脈を締めあげられた瞬間からすでに力は弱まっている。

「互角だ。ゆえに勝負だ。お前の命と私の命、どちらがより輝き燃え尽きるか!」

「————っ!!!」

 波黒はぐろが髪を絞る。

 白瀬しらせが手を握る。

 声にならない二人の絶叫が響き合い、命と命が互いを燃やす。

 そして、首の骨が折れる音が鳴った。

 

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