第190話 黒騎士3


 僕は、聖王都内を傘を差して歩いていた。何となく、雨が降るような予感がしたから傘を携帯していたのは正解だったみたいだ。


 現在、聖王国各地で発生している墓荒らし事件……犯人は深淵教団。アークライト家の墓も荒らされ、僕の心中は穏やかではない。


 事件の現場である聖王都郊外の墓地は、未だ立ち入り禁止の状態となっている。出来る事なら、現場に赴きたかったんだけどな……。


 僕が向かっている場所は、アークライト記念館。多くの観光客が訪れるようになった、かつての我が家だ。


 自分の家の墓が荒らされたのに、知らされるまで気付けなかった己の不甲斐なさを天国に居る家族達に詫びたい。本当なら、墓の前でしたかったけど、今は出来ない――ならば、代わりにかつての我が家で詫びの言葉を伝えたい。


 出掛ける前、リリア嬢にはきちんと行先と理由は伝えた。勿論、その間の護衛はエリス殿に任せている。


「ディゼルさん……あまり自分を責めないで下さいね。御家族の方も、ディゼルさんを許して下さると思います」


「お気遣い感謝します。エリス殿、リリア嬢の護衛をお任せします」


「当・然・で・す(`・ω・´)=3フンス」


「は、はぁ……(;´・ω・)」


 エリス殿、やる気満々だなぁ。と、とにかく、彼女にリリア嬢の護衛を任せて、僕はこうしてアークライト記念館に向かう事が出来るのだ。


 それはそうと、雨が強くなってきたな。墓荒らしが起きた日も雨が降っていたようだし、何か悪い事でも起きなきゃいいけど――ッ!?


「(何だ……?)」


 急に寒気を感じた。雨で身体が濡れたわけじゃない……そもそも傘を差しているから、かなりの大雨でもない限り濡れるわけがない。


 胸騒ぎがした。すぐさま、感知術を発動させて、周辺を索敵する。


 直感が働いた、と言えばいいのか。得体の知れない“何か”が聖王都に居る。


「(――見つけた。しかも、この場所は!?)」


 感知術が反応を捉えた。反応があったのは、正に僕が向かう場所だった。






「結構降ってきたなぁ」


「傘持っといてよかったー」 


 アークライト記念館に向かう道中、雨が降ってきた。念の為、傘を用意していてホントに良かった。


「ごめんなさい……やっぱり、このまま学園に帰りましょうか?」


「ライリー嬢、気にするなよ。記念館に少し立ち寄るだけなんだろ?」


「ええ、まぁ……」


「でも、ライリーさん。その記念館に何の用があるの?」


 マイラさんの言葉に、私は足を止める。


「今、聖王都各地で起きている墓荒らし事件を知っていますか?」


「え? う、うん……学園の掲示板で見たけど」


「アークライト家のお墓も被害に遭ったんです――」


 私は、アークライト家も墓荒らしに遭った事を話す。混乱を招く可能性があるから、事件に深淵教団が関わっている件は国が正式発表するまで口外してはいけないとファイ殿から釘を刺された為、教団の事は話せないけど……。


「私の家――フォーリンガー家には、アークライト家の血が流れているんです」


「ライリー嬢はアークライト家の縁者だったのか?」


「ええ、300年前のアークライト家の末娘が我が家に嫁いだそうです。私が使っている魔法剣の柄も、アークライト家の家宝だった物なんです」


「アークライト家といえば、あの伝説の英雄“天の騎士”を輩出した事で有名ですからね……。ライリーさん、心中お察しします」


「ありがとうございます、カイル殿」


「我が創世神国では、天の力を宿す選ばれし者は女神様が地上に遣わした救世主であると信じています。選ばれし者の家系の墓を荒らすなど、許し難い蛮行です」


 創世神国は、この世界を創世した女神様を信仰する女神教の総本山。かの国では、天の力を持つ人間は救世主として尊ばれている。


「アークライト家のお墓がある墓地は今も調査中の為、立ち入り禁止になっています。だから、アークライト家だった記念館の前でお願いしたいんです――早く、墓荒らし事件が解決するようにと」


 勿論、願うだけで事件が簡単に解決するわけがない。それでも、何かしなくちゃ気が治まらない。


「そっか。じゃ、テナ達も一緒にお願いするよー」


「ありがとう、テナさん」


 暫く歩くと、アークライト記念館が見えてきた。雨も少し強くなってきたみたいだし、手早く済ませて学園に帰りましょう。


 ――カシャン。


「……?」


「ライリーさん、どうしたの?」


「今、何か金属音が聞こえませんでした?」


「金属音? いや、雨の音で何も――」


 カシャン、カシャン――。


「!?」


「聞こえたぞ、何かの金属音が」


「あ……あれを見て下さい!」


 リナさんが指差す方角に、みんな一斉に視線を向けた。こちらにやって来る人影が見えた。


 普通なら、単なる通行人と思うかもしれない。だけど、その人影が近付いて来るにつれて、背筋にゾッと寒気を感じた。


 呼吸が荒くなる。この間の特別授業の時に出現した、深淵の異形が発していた瘴気が漂っているわけじゃないのに。


 だけど、本能が告げている。何か、途轍もないものがやって来るのと。


 カシャン、カシャン、カシャン――。


 雨の中、私達の前に姿を現したのは黒い鎧を纏った異様な人物だった。





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