閑話39 姉、故郷から思いを馳せる
聖王国辺境、レイナード伯爵領。伯爵邸の執務室で、現当主を務める私――フローラ・レイナードは書類を整理していた。
「(あれから、もう2ヶ月近く……時間の流れとは早いものですね)」
2ヶ月近く前、領内に深淵の軍勢が出現。騎士団の活躍によって、領民達には大きな被害が出る事は無かった――実際は騎士団ではなく、ひとりの若者の活躍によるものでしたが。
私が急用で遠方に出向いている時に、深淵の軍勢は襲撃してきた。第六感が働いたのか、何か良くない事態が起きたのではないかと察した私は急いで故郷に戻って来た。
到着した時、全てに決着がついていた。多少の負傷者は出たものの、命を落とした騎士達は誰ひとり居なかった。
妹のリリアと侍女のエリスも無事だった事に安堵した。ふと、視界に赤髪の青年の姿が入る……初めて見る顔だった。
彼の顔を見た瞬間、私の耳元に囁きが聞こえてきた。その囁きは、風の力を宿す私だけに聞こえる真実の声。
風の力を宿す者の中に、極稀に風から真実を聴く力を与えられる事がある。私はその真実を聴く力を与えられ、この世に生を受けた。
風は、私にこう囁いた。目の前の赤髪の青年の事を――。
『彼の者、選ばれし者なり』
選ばれし者……目の前に立つ赤髪の青年に一礼し、自己紹介する。彼も一礼すると、自らの名を名乗った。
「ディゼル・アークライトと申します。こちらこそ、妹君に命を救われた身です。恩返しが出来てなによりです」
ディゼル・アークライト。かつて起きた、深淵の戦いで活躍したという伝説の英雄――天の騎士と同じ名前。
その後、屋敷で魔力色鑑定の魔法を施し、彼の発する虹色の魔力色を見て紛れもなく本人である事が証明された。
「(まさか、伝説の英雄本人に会えるなんて……)」
人生とは、何が起きるか予測出来ない。遠い未来に来て、行き場のない彼に私はリリアの護衛になってもらえないかと頼んだ。
妹は非常に稀な光の力を宿して生まれてきた。光の力を宿す者は少ない――私が知る限りでは聖王家と聖王家に連なる名家、創世神国の御三家のみ。
レイナード家の歴史の中で、光の力を宿しているのはリリアひとりだけ。何故、妹が光の力を宿して生を受けたのかは分からない……家系図をどれだけ遡ってもレイナードの血筋の中に光の力を宿していた人間は誰も居ない。
光の力を宿している事で、あの子は悪意ある者に狙われる可能性が高い。リリアは先天的に放出系統――攻撃魔法に関する資質が欠けており、何者かに襲われた場合に対処する事が出来ない。
もし、護衛を務めているエリスに何かあった場合を考え、ディゼル殿にリリアの護衛を務めて欲しかった。妹に命を救われた恩義の為と、彼は快く承諾してくれた。
妹から送られてくる手紙には、毎回と言っていいほどディゼル殿の事が書き綴られている。はぁ……エリスの不満気な顔が頭に浮かぶのは気のせいかしら。
書類の整理が終わり、一息吐いたところにタイミング良く執務室の扉を叩く音が聞こえてくる。
「フローラ様、ヴィオラです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ」
「失礼致します」
執務室に入って来たのは、侍女長のヴィオラだった。どうやら、私の仕事が終わった事を察して紅茶を運んで来てくれたみたい。
……この間、リリアから届いた手紙によると、校外学習先である魔法都市ラングレイで深淵教団の起こした事件に巻き込まれたという。ディゼル殿のお陰で、無事に聖王都に帰還出来たとの事。
ディゼル殿、どうか妹の事を頼みます――。
「フローラ様、如何なさいました?」
「いえ、何でもありません」
私は聖王都に居る妹に思いを馳せながら、ティータイムに入った。
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