第60話 鋼体術


「ディゼルさん、ライリーさんです」


「ええ」


 リリア嬢の言葉が耳に入り、視線をリングに向ける――ライリー嬢と、対戦相手であるテナ嬢が入場して来る。第二試合は彼女の試合だ。


 今日までの数週間の間、僕は彼女の特訓相手を務めた。ライリー嬢の成長には、目を見張るものがある。


 数週間ばかりの特訓期間で、彼女は僕が教えた幾つかの技術を体得した。王立学園を卒業し、騎士団入りすれば大きな活躍も期待出来るだろう――守護騎士に選ばれる日もそう遠くはないかもしれない。


 聖王国の騎士の先達として、後輩であるライリー嬢の成長を喜ばしく思う。何よりも、僕の心に満足感を与えていたものは――。


「(ユーリにしてやれなかった事が出来て、少しだけ心が救われたかな……)」


 ライリー嬢の祖先でもある実の妹のユーリ……あの子も守護騎士になる事を夢見ていた。空いた時間にユーリに関する事を調べたけど、あの子が騎士になったという事実を見つける事は出来なかった。


 僕が居なくなってから、およそ8年ほど経ってユーリは当時のフォーリンガー家の跡取りと婚約を結んだようだ。結婚後は、穏やかな生涯を送ったと、目を通した文献に記載されていた。


「(僕が無事に戻れなかった所為で、あの子は守護騎士になるという夢を閉ざしてしまったのだろうか……)」 


 無事に聖王国に帰還出来ていれば、ユーリは守護騎士になっただろうか。僕と共に、聖王国の為に剣を振るったのだろうか――。


「ディゼルさん? どうかしたんですか?」


「え――ああ、すみません。少し考え事をしてまして……」


「?」


 いけない、これからライリー嬢の試合が行われるのに。しっかりと、彼女の試合を見届けなければ。


「(彼女の対戦相手は、イリアス殿と同郷出身のテナ・フラット嬢……)


 テナ嬢は、イリアス殿と同じく大剣を手にしている。おそらく、彼女は今大会出場選手の中で最も小柄――身長は150cmにも届いていないかもしれない。


 あの小柄な体格で、大剣を振るうだけの膂力を備えているのだろうか……ん?


「(テナ・フラット……フラット? )」


 フラットという、彼女の姓に引っ掛かるものを感じた。何処かで聞いた事があるような気がする。確か、王立学園の授業で聞いた記憶が――。


 思案している内に、放送用魔道具からアナウンスが聞こえてくる。


『これより、第二試合を開始します』


 試合が始まる――今は何も考えずに観戦するか。僕は、リングの上に立つライリー嬢とテナ嬢に視線を向けた。






 私――ライリー・フォーリンガーは深呼吸して剣を構え、眼前に立つ少女を見据える。テナ・フラットさん……彼女が私の対戦相手。


 彼女は同郷のイリアス殿と同じように大きな大剣を握っている――小柄な彼女には似合わないような気がする。彼女の体格で、あの重そうな大剣を振るう姿が想像出来ないんだけど……。


「(いけないいけない、集中しなきゃ!)」


  一瞬の油断が敗北に繋がる――父上に何時も言われてるじゃない。相手が何者であろうと、隙を見せてはいけない、決して慢心してはいけない。


「!」


 テナさんが、大剣を構えて肉体に魔力を漲らせる。身体強化術で肉体を強化している――先の試合のリナさんと同じく、魔力が両足に集約されていく。


「いくよー」


「はい!」


 テナさんの声に、私も表情を引き締める――けど、何だかなぁ。テナさんの声、全然テンションが高くないなぁ……試合なんだから、もう少し緊張感があってもいいと思うんだけど。


 大剣を構えたまま、テナさんが駆け出してくる。なかなかの速さ……流石に第一試合のリナさんほどじゃないけど、身体強化術を使っているだけあって脚力は相当強化されてるみたい。


「やぁっ!」


 彼女は身体を一回転させて、大剣による横薙ぎを繰り出してきた。私は自分の剣に魔力を込める――武装強化術で剣を強化し、彼女の大剣を受け止める。  


 甲高い金属音が響き渡り、火花が散る。悪くない一撃だけど、先の試合のイリアス殿の剛剣術には及ばないと思う。


 彼女の大剣を捌いて、後方に跳躍して距離を取る。テナさんは大剣を構えて、一息吐いている……す、隙だらけなんだけど。


「(親善試合の参加選手だから、テナさんも実力で選ばれたと思うんだけど――)」 


 正直な話、イリアス殿やリナさんほどの実力者には見えない。一体、彼女はどういった基準で参加選手に選ばれたのかしら?


 だけど、決して手は抜かない。隙があるのなら、一気に攻める!


 親善試合の勝利条件は、勝利条件は対戦相手の武器の破壊、対戦相手を場外に落とす、対戦相手を気絶させるの3つ。隙があるテナさん相手なら、気絶させるのが一番手っ取り早いかも。


 私は身体強化術を発動――両脚に魔力の7割を、両目に魔力の3割を振り分けて、脚力と視力の双方を強化する。強化した脚力でテナ嬢に向かって駆け出す。


 テナ嬢は、正面からやって来る私目掛けて大剣を振るう。だけど、躱せない私じゃない――視力を強化した事で、彼女の大剣の軌跡がハッキリと見える。


 跳躍して大剣の一撃のみならず、テナさんを飛び越える――ここだ! 私は腰に下げていた鞘を左手に取り、テナさんの首筋目掛けて繰り出す。


 流石に武装強化は施していないけど、かなりの衝撃が伝わる筈。これなら、テナさんを気絶させる事が……等という、甘い考えは早々に打ち砕かれた。


 鈍い音が聞こえ、私は困惑する。何事が起きたか理解出来ないまま、テナさんから再び距離を取った。


「(――これは!?)」

 

 手にしている鞘に目を配ると、鞘は歪な形に曲がっていた。身体強化術で身体を強化した……いや、何が違うような気がする。


 いくら身体強化術で肉体を強化しても、鞘がこんな歪な形状に曲がるほど頑強になれるとは思えない。彼女は一体、何をしたと――。


「危なかったー」


「!?」


 私は思わず目を見開いた。テナさんの身体に異変が生じていたからだ。


 雪国である氷雪国出身の彼女は、白い肌をしていた……つい、先ほどまでは。だけど、今の彼女は違う、浅黒い肌に変わっていた。


 まさか、あれは――テナさんの変化に心当たりがあった。学園の授業で聞いた地の力に関連する魔法のひとつに該当するからだ。






 テナ嬢の肉体の変化に、観客席がざわつく。彼女の白い肌が、浅黒い肌に色が変化していたからだ。


「ディゼルさん、テナさんという方の肌の色が……」


「ええ、変わりましたね。あれは――」


「――“鋼体術”」


 僕よりも、先に答えを口に出した人間が居た。グレイブ殿だった。


「ええ、そうですね。グレイブ殿の言われる通りだと思います――テナ嬢の肉体の変化は“鋼体術”によるものでしょうね」


「“鋼体術”と言えば、地の力を宿した方が扱える魔法ですわよね?」


「その通りでございます、ロゼ御嬢様。テナ嬢の肌の変化は、地の力を宿す人間が扱う魔法のひとつ“鋼体術”を発動させた際に起きるものです」


 “鋼体術”――地の力を宿す人間が扱える魔法のひとつであると、学園に在籍していた頃に授業で学んだ。身体強化術による強化とは、比較にならないほど肉体を頑強にする魔法であり、物理的な攻撃に対して圧倒的な防御力を発揮するという。


 身体強化術との違いは、肉体の頑強さのみの強化であるという点だろう。“鋼体術”を発動させると、肌の色が浅黒くなるという視覚的にも分かりやすい特徴がある。


「それにしても、一体……」


「グレイブさん、どうしたんですの?」


「ロゼ御嬢様――私も地の力を宿す人間。テナ嬢と同じく“鋼体術”は使えるのですが、私は地剣からの恩恵によって漸く発動出来るのです」


 グレイブ殿の疑問には、僕も納得した。地の力を宿す人間だからと言って、そう簡単に発動出来るほど“鋼体術”は簡単な魔法ではない。


 “鋼体術”は地の力を宿しているだけではなく、地の力を増幅する事で発動可能な魔法であると授業で習った。グレイブ殿の場合は、地の力の魔法剣である“地剣”が該当するようだ。


 グレイブ殿は地の力が収束された魔法剣による恩恵で“鋼体術”が発動出来る模様。だけど、テナ嬢は地剣を発動させていないし、地の力を増幅させるような魔法陣を地面に描いているわけでもない。


 一体、彼女はどんな方法で“鋼体術”を発動させていると……そこまで、思案して漸く僕は思い出した。フラットというテナ嬢の姓にハッとさせられた。


 そうだ、思い出した。フラットという姓、確かそれは――。


「「大地の守護者の一族」」


 僕とグレイブ殿は、ほぼ同時に口を開いた。





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