外伝 魔術王と英雄王 

第1話 運命の出会い


 聖王国歴715年――聖王都、アークライト邸。アークライト家夫人ソフィア・アークライトは、5歳になったばかりの息子ディゼルを膝の上に乗せると、一冊の本を開いた。


「母さん、今日は何のお話を聞かせてくれるの?」


「今日のお話は、ふたりの英雄のお話よ」


「ふたりの英雄?」


「ええ……聖王国が誇る、ふたりの英雄の物語をね」


 ソフィアが手に持つ本には、騎士と魔術師と思われるふたりの絵が描かれていた。本の題名は『魔術王と英雄王』――この国に住む人間ならば、誰もが知る御伽噺である。


 母が語り出す御伽噺にディゼルは耳を傾ける。物語は700年以上も昔、まだこの聖王国が影も形も存在しない時代から始まる――。






 ――天光雷地水火風の7つの力に彩られた世界。この世界に生まれた者は、必ず7つの力の何れかを宿して生まれて来る。


 普通ならば、7つの力の内のどれかひとつだけを宿しているものである。だけど、今……俺の目の前ではあり得ない光景が広がっていた。


 魔術師の少年が右手から炎、左手からは雷を放出させている。更には水、風、地の魔法も自在に扱いこなしていた。


「(一体、どういうことだ? どうして、属性魔法を“5つ”も使えるんだ……!?)」


 彼は雷地水火風の5つの力をひとりで扱い、迫りくる異形の怪物達を瞬く間に殲滅した。駆逐された怪物達は塵となって消えていく。


「おいおい、何驚いてんだ? 言っただろ、オレ様は天才魔術師だってよ」


 魔術師の少年は、自信満々な笑みを浮かべていた……いや、自分で天才魔術師と名乗るのはどうかと思うけど。


 彼との出会いは数日前まで遡る――。






 大陸西部にひとつの小さな国が存在した。名はリュミエール王国――希少な光の力を宿す王家が治める国。


 俺が住むこの国は、数百年前まで大陸全土を統治していた古代王国の数少ない同盟国だった。古代王国が深淵との大戦で崩壊した後も、現在に至るまで独立を維持している。


 リュミエール王国は小国ながらも、優れた騎士達によって外敵である深淵の軍勢から護られている。特に守護騎士と呼ばれる精鋭騎士はこの国の誉れ、騎士を志す者達にとっては憧れの存在だ。


「1989、1990、1991……」


 俺――アヴェル・ディアスも守護騎士になることを夢見て、鍛錬の日々を送っている。使い慣れた訓練用の剣を手にして素振りを繰り返す。


 ディアス家は代々、リュミエール王国に仕える騎士の家系。俺の父シェイドもかつては守護騎士としてこの国の為に剣を振るっていた。


 父は3年前に大きな戦いで戦死した。母は物心つく前に亡くなり、俺の家族は7歳年上の兄だけしか居ない。


 兄は父が戦死する直前に守護騎士に抜擢され、今やリュミエール王国でも知らぬ者が居ないほどの騎士として名を馳せている。


 俺は14歳になったばかり……まだ従騎士の身だ。守護騎士になるには、まだまだ修行不足だ。


「1998、1999、2000!」


 素振りしていた剣を止める。一息吐いて、手拭いで汗を拭う。


 喉が渇いたな――水でも飲むか。


「おーい、そこの。ちょっといいか?」


「ん……?」


 誰かに話し掛けられ、声のする方向に視線を向ける――視線の先には魔術師のローブを纏った少年の姿があった。年齢は俺と同じくらいか……?


 白い髪と赤い瞳が印象的な少年だった。初めて見る顔だな――旅人かな?


「ここに来るのって初めてなんだけど、宿って何処にあるか知らね?」


「宿なら、ここを真っすぐ行って右にあるけど」


「おお、サンキュ」


「どういたしまして……君、見ない顔だけど、旅の人?」


「ん? おお、そうさ――オレ様はユリウス、ユリウス・ラングレイ。見ての通りの天才魔術師様だぜ!」


「……」


 自信満々に胸を張って鼻息をフンと鳴らして、自己紹介する魔術師の少年。


 ――これが、俺とユリウス・ラングレイの出会いだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る