閑話7 最後の当主


 ――聖王国歴738年、聖王国辺境。


 私は、地面に仰向けになった状態で空を見つめていた。声が聞こえる、複数の声が私の名を呼んでいた。


「ウェイン教官、しっかりなさって下さい!」


「ウェイン教官!」


 ウェイン……そう、私の名はウェイン・アークライト。アークライト家“最後の当主”だ。


 私の跡を継ぐ者は居ない、ゆえに私が最後の当主。


 かつては、私の跡を継ぐ筈の息子が居た。しかし――息子は手の届かない場所へと旅立ってしまった。


 息子を失ったショックで妻は病に臥せ、そのまま快復することなく身罷った。私は自身の不甲斐なさを呪った、最愛の妻を支えることすら出来なかった。


 私は生きる活力を失いながらも、騎士としての職務を続けていた。娘達も周囲の者も誰もが私を止めようとした。静養するように勧めてくれたが、私は止まることが出来なかった。


 何か仕事をしなければ、騎士としての務めを果たさなければ己を維持することが出来なかった。立ち止まってしまえば、心が壊れてしまうような気がした。


 妻の葬儀が終わった10年前のあの日――私は聖王宮へと赴いた。


 謁見の間に到着した私は、陛下達の御前で跪いた。玉座には、銀髪の国王陛下と、白金の髪の王妃様が座していらした。


 聖王国国王に就任した、かつての守護騎士隊長グラン。グラン王に王位を譲り、自らは王妃となったアストリア様。

 

「陛下、王妃様。此度は、御時間を頂き誠にありがとうございます」


「……ウェイン殿。奥方の事、心からお悔やみ申し上げる」


「ウェイン殿、奥様は……その」


「おそらく、息子の一件が精神的に堪えたのでしょう」


 陛下と王妃様は、辛そうに視線を下に向けた。特に辛そうなのはグラン王の方だった。


 陛下は私の息子であるディゼルと共に、深淵の王と直接対決に赴いた。陛下はディゼルの空間転移の魔法によって、遠距離に飛ばされたことで命を救われた。


 今尚、陛下は悔やみ続けていらっしゃるのだ。御自分だけが助かってしまい、ディゼルを犠牲にしてしまったことを。


「陛下、王妃様――今回はお伝えしたいことがあって参りました。アークライト家の歴史を私の代で閉ざそうと思います」


 陛下と王妃様は、目を見開いて私を凝視なさった。暫しの沈黙の後、グラン王が口を開く。


「……ウェイン殿、本気なのか?」


「はい、陛下。娘達は他家に嫁がせるつもりでおります」


「アークライト家は、聖王国開闢以来続く騎士の名家です。御息女達の何方かに婿を取らせては……」


 王妃様も必死に説得して下さるが、私は首を横に振った。


「王妃様、私の跡継ぎに相応しいはディゼルだけです」


「ウェイン殿……」


 もう、私の心は決まっていた――私の跡継ぎに相応しかったのはひとりだけだった。この場に居ない娘達もそう思っているだろう。


 陛下と王妃様も私の決意の固さに折れ、進言を受け入れて下さった。


 翌年、長女レインはブレイズフィール侯爵家に嫁いだ。更に数年後、次女ミリーと末女ユーリも18歳の誕生日を迎えて暫く過ぎた頃、他家の嫡男と婚約を結んだ。


 ユーリの婚約が決まった日、私はユーリを呼び出した……ある物を託す為に。


「ユーリ、お前に託したい物がある」


「お父さん……?」


「これを受け取って欲しい」


 そう言って、私はユーリにある物を差し出した。それを見るなり、ユーリは驚いた表情に変わる。 


 驚くのも無理はないかもしれない。私が差し出した物は魔法剣の柄。


 雷の魔法鉱石“雷魔石”で作られた魔法剣の柄。アークライト家の始祖エクス・アークライトが自らの魔力を雷魔石に込めることで作り出し、代々のアークライト家当主が受け継いできた家宝だ。


 ユーリは首を横に振った。拒絶の意思表示だ。


「お父さん、私にそれを受け取る資格なんてないわ」


「ユーリ……」


「騎士になる夢を捨てた私に、それを受け取る資格なんて……」


 ユーリは兄ディゼルに憧れ、何時か兄と同じ騎士になることを夢見ていた。しかし、ディゼルの死で心に深い傷を負ったことで、その夢を捨てた。


 そんな自分に、私の魔法剣の柄を受け取る資格は無いと思っているようだ。


「ユーリ、お前は私の雷の力を受け継いだ唯一の子だ」


 長女レインは火の力、次女ミリーは水の力を宿している。私と同じ雷の力を宿すのはユーリだけだった。


 ゆえに、雷魔石で作られたこの柄を受け継げるのはユーリしか居ない。俯くユーリの肩に手を置いて、私は微笑んだ。


「ユーリ――私は、何時かディゼルが生まれ変わってこの世界に戻って来ると信じている」


「お父さん……」


「お前の子供か孫、あるいはもっと先の子孫が生まれ変わったディゼルと出会うかもしれない。その時の為にこの魔法剣の柄を役立ててくれ」


 この世界には、古くから伝わる言い伝えがある――死した者が長い年月の末に生まれ変わるという伝承が。


 あくまで言い伝えに過ぎない。遠い昔に死んだ人間が新たな命を授かることなどあろう筈も無いと、一笑に付す話だろう。


 ……それでも、たとえ願望であっても私は信じたいのだ。ディゼルが新たな命を授かり、この世界に再び戻って来る日が訪れることを。


「ディゼルがこの世界に帰って来た時に、この魔法剣の柄でディゼルを手助けして欲しい」


「お父さん……」


 ユーリは魔法剣の柄を受け取ってくれた。何れ、生まれてくる子供に受け継がせると約束してくれた。

 

 騎士団総長を退いた後、私は若い騎士達を指導する教官職に就いた。ひとりでも多く、聖王国を守る次世代の騎士を育てる為に。


 そして、今――私は瀕死の重傷を負って空を見つめていた。聖王国の辺境で王立学園を卒業したばかりの新米騎士達を指導していた最中、深淵の軍勢が出現したのだ。


 実戦経験の無い若い彼等に対抗出来るわけもない。私は近くの町に避難するよう指示し、彼等が避難出来るまでの時間を稼ぐべく、ひとり奮戦した。


 魔法剣の柄をユーリに託した為、今の私は掌から直接魔法剣を作り出し、それを用いて深淵の軍勢を斬り伏せていく。


 身体が軋み、激痛が襲う。魔法剣を作り出す技術である収束魔法は、魔法剣の柄無しでは肉体に多大な負荷を齎すのだ。


 新米騎士達の避難を確認し、安堵したほんの一瞬の出来事だった――胸を穿たれた。吐血しながらも、何とか踏み止まる。


 雷剣を振るい、私に傷を負わせた怪物を斬り裂く。周囲の風景に溶け込める隠形に長けた怪物だった……私としたことが、感知術の腕が衰えたものだ。


「ウェイン教官!」 


 若い騎士の声が聞こえる。振り返ると、避難した新米騎士達の姿が見えた。


 彼等の背後には見知った顔であるふたりの騎士の姿がある。聖王国の守護騎士を務めるジャレット・クロービスとアメリー・フュンリーだった。


 ディゼルの友人だった彼等も守護騎士に抜擢され、今や聖王国でも名の知れた騎士となっていた。ふたりはそれぞれの魔法剣で、瞬く間に深淵の軍勢を討伐した。


 安堵した私はそのまま、地面に倒れた。皆が私の傍に駆け寄って来る。


「ウェイン教官、しっかりなさって下さい!」


「教官……!」


 皆が私を呼んでいるが、もう駄目だ。意識が保てない、これまでのようだ。


「ウェイン殿、目を閉じてはなりません!」


「ディゼルのところに逝くには、まだ早過ぎます!」


 ジャレットとアメリーも必死に呼び掛けてくる。ディゼルのところに逝く、か――死んだ先に、息子は居るのだろうか?


 「(ディゼル……)」


 もう居ない息子の姿が脳裏を過る――自慢の息子だった。天の力を宿す選ばれし者の父であることが誇らしかった。


 何時か、世界一の騎士として大きく羽ばたいていくお前の姿を見たかった。


 遠のいていく意識の中、最後に私の脳裏を過ったものは幼い息子の姿。幼いディゼルの笑顔――。


『父さん、僕、強い騎士になる! 父さんより強い騎士になるんだ! それで、可愛いお姫様をお嫁さんにするんだ!』


『お前という奴は……無理に決まっているだろう? 騎士は国に仕える存在なのだぞ? 姫君と結婚出来るわけがないだろう』


『えー? そうなの?』


『まぁ……この聖王国の初代国王陛下も騎士だったが、仕えていた王女殿下と結婚したそうだが』


『なら、僕だって出来るかもしれない! 父さん、見ててよ?』


『やれやれ……』


 なぁ、ディゼル……私はお前の父に相応しかったか?


 私が父で、お前は幸せだったか――?


 教えてくれ、ディゼル。教えてくれ――。






 聖王国歴738年、アークライト家最後の当主ウェイン・アークライトは次代の騎士達を守り抜きその生涯を終えた。


 彼に命を救われた若き騎士達は恩師の生き様を胸に刻み、精進し、その多くが名のある騎士として世に羽ばたいていったという――。





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