序章3 出会いと忠誠


 聖王国歴725年――15歳になった僕は、聖王都から西に離れた町を訪れていた。


 逃げ惑う人々を誘導する兵士達。僕は、眼前に立つ漆黒の怪物と対峙する。


“深淵の軍勢”と呼ばれる、この世界とは表裏一体に存在するもうひとつの世界からの侵略者である。


 この町が深淵の軍勢の襲撃を受けたという報せを受け、最も近い距離に居た守護騎士である僕が討伐に訪れたのだ。


 漆黒の怪物が咆哮を上げ、鋭い爪で襲い掛かって来る。だが、僕は動じない。


 掌を前方に向けて魔力を集中する――虹色の輝きを放つ光の壁が展開し、怪物の攻撃を防いだ。


 目の前に展開した光の壁は結界術。属性に関わらず、誰もが体得可能な共通魔法の一種だ。


 天の力を宿す僕の結界は、虹色に輝く光の壁を生み出す。天の力は深淵の軍勢に対し、最も強い効果を持つ。


 結界に触れた怪物の爪はボロボロに崩れた。奇声を上げる怪物――痛みを感じているのだろうか?


 だが、同情するつもりは微塵もない。罪なき人々を襲う怪物に慈悲の心など持ち合わせていない。


 僕は腰に差している剣の柄を手に取る。剣の柄には金属製の刀身は存在しない。


 魔力を剣の柄に送り込み――虹色の輝きを放つ刀身を形成する。魔力による刃を生み出す魔法剣だ。


 火の力は炎剣、水の力は水剣、風の力は風剣、地の力は地剣、雷の力は雷剣、光の力は光剣といった魔法剣を生み出せる。


 そして、天の力を持つ僕が生み出すのは虹色の刀身の“天剣”――あらゆる全てを斬り裂く最強の魔法剣と言い伝えられている。


 自身の肉体に、共通魔法である身体強化術を施す。 身体能力を強化させる効果がある共通魔法であるが、天の力を持つ僕が使う場合は他の属性を持つ人とは比較にならないほど強化されるらしい。


 先ほど使った結界術も同様に、天の力を持つ僕が発動させると非常に強力な結界となる。


 天の力は共通魔法を強力に作用する特性があるようだが、詳しいことはあまり伝わっていない。今はそのことを考えるよりも、怪物を斃すことが先決だ。


 一気に加速して怪物との距離を詰める。そして――。


「――天剣一閃」


 横薙ぎに天剣を振るう。怪物は真っ二つに斬り裂かれて、塵となって消えた。


 怪物の完全消滅を確認した後、僕は感知術で周辺を索敵する。他に深淵の軍勢は居ないようだ。


「ディゼル殿!」


 町の人々を避難誘導していた兵士のひとりがやって来た。


「どうしました?」


「聖王都から通信魔法が送られてきました。アストリア陛下がディゼル殿にお会いしたいと」


「アストリア陛下が?」


 陛下から直々に呼び出されるとは、一体何事だろうか?


 僕は、町のことを兵士達に任せて聖王都へ向かうことにした。






 聖王都に帰還した僕は、聖王国の王城である聖王宮の謁見の間へと向かっていた。


 学園を卒業してから1年。守護騎士の一員となってから、僕が宿す天の力は一層開花した。


 学生の時点で不完全ながらも魔法剣を扱うことが出来ていたけど、守護騎士隊長を務めるグラン隊長の指導により、魔法剣を完全に扱い熟せるようになった。


 深淵の軍勢との戦いも幾度か経験し、心身ともに学生時代以上に鍛えられた。


 最近では、守護騎士始まって以来の天才なんて呼ばれているけど……まだまだ未熟者だ。


 やがて、謁見の間に到着――僕は跪いた。


 僕の前には、玉座に座った白金の髪と瞳を持つ美しい女性が居た。この国を治める女王であるアストリア陛下だ。


 聖王家の血筋ゆえに強い光の力を有しており、その光り輝かんばかりの美貌に目を奪われる人間は多い。


「守護騎士ディゼル・アークライト、参りました」


「御苦労様です、顔を上げて下さい」


 顔を上げる。玉座に座るアストリア陛下は穏やかな表情をされている。


「ディゼル殿、あなたが守護騎士となり1年が過ぎましたね。最近は、グラン殿の指導もあって深淵の軍勢との戦いでも活躍しているそうですね」


「若輩者の私に勿体なき御言葉――光栄にございます。陛下、如何なる御用件でしょうか?何なりとお申し付け下さい」


「あなたに護衛を務めて欲しいのです」


「護衛でございますか? 陛下の護衛は、グラン隊長が務めていらっしゃいますが……」


「いえ、私ではありません。妹のアリアの護衛を任せたいのです」


「私がアリア殿下の護衛を……!?」


 アリア――聖王国の第二王女であり、アストリア陛下の実の妹。聖王家の血筋ゆえ、姉君と同様に強い光の力を持って生まれてきた可憐な姫君。


 13歳になって間もないが、陛下同様に光り輝かんばかりの美貌の持ち主として知られている。もう数年も経てば、多くの求婚者が現れるだろう。


 そんな麗しの姫君の護衛――流石に緊張してしまう。

 何よりも陛下に呼ばれた以上、これは勅命だ。拒否することなど出来ない。


「勅命、承りました。全身全霊を以て、アリア殿下の護衛を務めさせて頂きます」


「頼みましたよ」


 アリア殿下と会うのは、数日後になるという。場所は聖王都から少し離れた場所にある美しい湖が見える屋敷。


 王女殿下はよくその湖を訪れるとのこと。てっきり、王都で会うものだとばかり考えていた。


 殿下の傍には、護衛の腕前を持つ侍女が仕えているそうだ。護衛としての先輩にあたる方だ、色々と学ばなければ。


 謁見の間から去り、聖王宮の廊下を歩いていると銀髪の騎士がやって来た。


「ディゼル」


「グラン隊長」


 姿勢を正し、敬礼する。上官である守護騎士隊長グランだ。彼は今年で25歳とまだ若いが、歴戦の騎士の威厳と風格を漂わせている。


 聖王国の公爵家出身で、聖王家と同じく強い光の力を備えている。光の力を収束した魔法剣“光剣”で数多の深淵の軍勢を討ち果たしてきた英雄として、子供でも彼の名前を知っている。


「アリア殿下の護衛に就くそうだな」


「恐縮です。自分のような若輩者には身に余る光栄です」


「それだけ、お前の実力が評価されているということだ」


 グラン隊長は自他ともに厳しい方だが、僕には特に厳しい。


 しかし、彼の厳しい指導もあって僕の力は学生時代以上に引き出された。魔法剣や結界術といった技術を体得出来たのも、全ては隊長の御指導の賜物だ。


 僕自身も、尊敬する上官の期待に応えるべく自身を高めることに余念がない。


「殿下の護衛、任せたぞ」


「はい!」


 こうして、僕の新たな任務が始まった。


 数日後、聖王都から北に位置する美しい湖。その湖の近くに建てられている館に僕は赴いた。


 今日、ここでアリア殿下と会うことになる。彼女の護衛として、これから仕えることになる。


 アリア殿下の姿を拝見したことは学生の頃に、式典などで遠目から見たことがあるくらいだ。直にお会いするのは初めてだ。


 自分のような新米守護騎士の護衛を受け入れて下さるだろうか……少し不安になった。


 屋敷の前に辿り着くと、ひとりの侍女が出迎えてくれた。年齢は僕より3つくらい年上だろうか。


 侍女に一礼する。


「アストリア陛下の勅命により参りました。守護騎士ディゼル・アークライトと申します」


「ようこそ、アリア殿下の侍女を務めるセレスと申します。その……」


 セレスと名乗った侍女は視線を泳がせている。どうしたのだろうか?


「如何されました?」


「い、いえ……アリア殿下に御挨拶されるのは今は無理で……」


「え……? もしや、殿下の御身に何か……!?」


「大丈夫、御病気を患っていらっしゃるわけではございません」


「では、一体――ッ!」


 僕はハッと――湖の方に視線を向ける。湖に異変を感じたのだ。


 殺意に満ちた暗い気配を感じ取る。その気配を発する存在はひとつ――深淵の軍勢と呼ばれる異形の怪物が発する気配。


 考えるまでもなく、一気に駆け出した。セレス殿は驚いた表情を浮かべながらも、僕の後に続く。


「セレス殿、湖に深淵の軍勢の気配が!」


「えっ……そ、そんな、湖には今、姫様が――!」


「何ですって!?」


 護衛対象である王女殿下が、深淵の軍勢が出現した湖に居る!?


 いけない、このままでは殿下の御身が危ない。僕は精神を集中して、身体に魔力を纏う。共通魔法である肉体の強化――身体強化術だ。


 脚力を強化して、一気に加速。後ろからついて来るセレス殿には悪いと思ったけど、今は緊急事態だ。


 湖が見えた。白金の髪の少女が湖に浸かっている――その少女に、漆黒の怪物が襲い掛かろうとしていた。


 駄目だ、ここからでは遠い――ならば!

 精神を集中――僕はその場から消えて、一瞬で怪物と少女の間に移動した。


“空間転移”――天の力を持つ者だけが使える、一瞬で離れた空間座標に移動する固有魔法。グラン隊長との鍛練で習得した魔法が、ここで活かされた。


 怪物が鋭い爪で襲い掛かって来る。僕は左手に持った剣の柄に魔力を込める。


 虹色の輝きを放つ刀身が発現する――天の力を収束した魔法剣“天剣”。


「――天剣一閃」


 虹色の魔法剣による横薙ぎ――漆黒の怪物が真っ二つに斬り裂かれて塵となって消えた。


 怪物が完全に消滅したことを確認し、僕は後ろを振り返る。


「お怪我はありません……か」


 襲われそうになっていた少女の安否を確認しようとして――思考が停止する。


 何せ、その少女は一糸纏わぬ裸体だったからである。少女は頬を赤く染めて、僕を見つめていた。


 しかし、当の僕はそれどころではなかった。


少女は、僕より少し年下だろうか――美しい白金の髪と瞳、透き通るような白い肌、あどけなさを残す可愛らしい顔立ち。そして、まだ未成熟ながらも魅力的な肢体が僕の目の前で遮る物一つなく晒されていた。


 身体の芯から熱が湧き上がって来た。

 だ、ダメだ ……僕は騎士だ。こういう時こそ、不動の精神力で――。


 ドボォォォォォンッ!


 豪快な水音と共に、僕は湖に沈んだ。


 少女の驚いたような声が聞こえてくる。


「きゃぁあああああっ!? だ、大丈夫ですかっ!!?」


「ひ、姫様! お召し物を!」


「え? あっ……!」


 駆けつけたセレス殿の声で、漸く少女は自分が裸体であることを思い出したようだ。羞恥心で真っ赤になる少女の顔が見えたような気がした。


 ――暫くして、湖近くの屋敷の応接室。僕は命を救った少女の前で跪いていた。


「も、申し訳ございません! 如何に緊急事態とはいえ、王女殿下のあのようなお姿を拝見してしまうなど……私は騎士として失格です! セレス殿、お手数をお掛けしますが、どうか私の首をお刎ね下さい!」


「お、落ち着いて下さいっ! あなたは命の恩人、何よりも私の護衛を務めて下さるのでしょう!?」


 青褪めた表情で必死に懇願する僕を、少女は慌てて宥める。


 この少女――否、この御方こそが聖王国の第二王女アリア殿下。まだ13歳という年端もいかない少女だが、優れた光の力を有する。


 聖王家の血筋ゆえか、将来は姉君であるアストリア陛下に勝るとも劣らない美女になるのではと噂されている。


 セレス殿が、額に手を当てながら溜息をつく。


「姫様……今日は護衛になるディゼル殿が参られると報せを受けていらっしゃったでしょう? お忘れだったのですね」


「そ、それは……」


「水浴びなどされて……。屋敷はともかく、湖に結界は張られていないのですよ」


「ご、ごめんなさい……」


 アリア殿下は、しゅんと落ち込んでしまう。


 屋敷には強固な結界が張られており、深淵の軍勢は侵入出来ないようになっている。しかし、湖は結界の範囲外にある。


「アリア殿下、大罪を犯した私をお許し下さる寛大さに感謝致します。しかし、何卒処罰をお与え下さい」


 緊急事態だったとはいえ、王女殿下のあのようなお姿を拝見しては――。


「守護騎士ディゼル・アークライト――顔を上げなさい」


「はっ」


 殿下の言葉を受け、伏せていた顔を上げる。


「聖王国第二王女アリアが命じます――これより、何があっても私を守り抜くことを誓いなさい」


「は……? で、殿下――処罰は?」


「これは、王女である私からの命です。誓いを破ったその時、あなたの命で償って貰います――よろしいですね?」


「……はっ! 守護騎士ディゼル・アークライト――この命続く限り、殿下の御身を御守りすることを誓います!」


 これが、僕と姫の出会いだった――。






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