序章5 出会いと忠誠


 数日後、聖王都から北に位置する美しい湖。その湖の近くに建てられている館に僕は赴いた。


 今日、ここでアリア殿下と会うことになる。彼女の護衛として、これから仕えることになる。


 アリア殿下の姿を拝見したことは学生の頃に、式典などで遠目から見たことがあるくらいだ。直にお会いするのは初めてだ。


 自分のような新米守護騎士の護衛を受け入れて下さるだろうか……少し不安になった。


 屋敷の前に辿り着くと、ひとりの侍女が出迎えてくれた。年齢は僕より3つくらい年上だろうか。


 侍女に一礼する。


「アストリア陛下の勅命により参りました。守護騎士ディゼル・アークライトと申します」


「ようこそ、アリア殿下の侍女を務めるセレスと申します。その……」


 セレスと名乗った侍女は視線を泳がせている。どうしたのだろうか?


「如何されました?」


「い、いえ……アリア殿下に御挨拶されるのは今は無理で……」


「え……? もしや、殿下の御身に何か……!?」


「大丈夫、御病気を患っていらっしゃるわけではございません」


「では、一体――ッ!」


 僕はハッと――湖の方に視線を向ける。湖に異変を感じたのだ。


 殺意に満ちた暗い気配を感じ取る。その気配を発する存在はひとつ――深淵の軍勢と呼ばれる異形の怪物が発する気配。


 考えるまでもなく、一気に駆け出した。セレス殿は驚いた表情を浮かべながらも、僕の後に続く。


「セレス殿、湖に深淵の軍勢の気配が!」


「えっ……そ、そんな、湖には今、姫様が――!」


「何ですって!?」


 護衛対象である王女殿下が、深淵の軍勢が出現した湖に居る!?


 いけない、このままでは殿下の御身が危ない。僕は精神を集中して、身体に魔力を纏う。共通魔法である肉体の強化――身体強化術だ。


 脚力を強化して、一気に加速。後ろからついて来るセレス殿には悪いと思ったけど、今は緊急事態だ。


 湖が見えた。白金の髪の少女が湖に浸かっている――その少女に、漆黒の怪物が襲い掛かろうとしていた。


 駄目だ、ここからでは遠い――ならば! 精神を集中――僕はその場から消えて、一瞬で怪物と少女の間に移動した。


 “空間転移”――天の力を持つ者だけが使える、一瞬で離れた空間座標に移動する固有魔法。グラン隊長との鍛練で習得した魔法が、ここで活かされた。


 怪物が鋭い爪で襲い掛かって来る。僕は左手に持った剣の柄に魔力を込める。


 虹色の輝きを放つ刀身が発現する――天の力を収束した魔法剣“天剣”。


「――天剣一閃」


 虹色の魔法剣による横薙ぎ――漆黒の怪物が真っ二つに斬り裂かれて塵となって消えた。


 怪物が完全に消滅したことを確認し、僕は後ろを振り返る。


「お怪我はありません……か」


 襲われそうになっていた少女の安否を確認しようとして――思考が停止する。


 何せ、その少女は一糸纏わぬ裸体だったからである。少女は頬を赤く染めて、僕を見つめていた。


 しかし、当の僕はそれどころではなかった。


 少女は、僕より少し年下だろうか――美しい白金の髪と瞳、透き通るような白い肌、あどけなさを残す可愛らしい顔立ち。そして、まだ未成熟ながらも魅力的な肢体が僕の目の前で遮る物一つなく晒されていた。


 身体の芯から熱が湧き上がって来た。


 だ、ダメだ ……僕は騎士だ。こういう時こそ、不動の精神力で――。


 ドボォォォォォンッ!


 豪快な水音と共に、僕は湖に沈んだ。少女の驚いたような声が聞こえてくる。


「きゃぁあああああっ!? だ、大丈夫ですかっ!!?」


「ひ、姫様! お召し物を!」


「え? あっ……!」


 駆けつけたセレス殿の声で、漸く少女は自分が裸体であることを思い出したようだ。羞恥心で真っ赤になる少女の顔が見えたような気がした。


 ――暫くして、湖近くの屋敷の応接室。僕は命を救った少女の前で跪いていた。


「も、申し訳ございません! 如何に緊急事態とはいえ、王女殿下のあのようなお姿を拝見してしまうなど……私は騎士として失格です! セレス殿、お手数をお掛けしますが、どうか私の首をお刎ね下さい!」


「お、落ち着いて下さいっ! あなたは命の恩人、何よりも私の護衛を務めて下さるのでしょう!?」


 青褪めた表情で必死に懇願する僕を、少女は慌てて宥める。


 この少女――否、この御方こそが聖王国の第二王女アリア殿下。まだ13歳という年端もいかない少女だが、優れた光の力を有する。


 聖王家の血筋ゆえか、将来は姉君であるアストリア陛下に勝るとも劣らない美女になるのではと噂されている。


 セレス殿が、額に手を当てながら溜息をつく。


「姫様……今日は護衛になるディゼル殿が参られると報せを受けていらっしゃったでしょう? お忘れだったのですね」


「そ、それは……」


「水浴びなどされて……。屋敷はともかく、湖に結界は張られていないのですよ」


「ご、ごめんなさい……」


 アリア殿下は、しゅんと落ち込んでしまう。


 屋敷には強固な結界が張られており、深淵の軍勢は侵入出来ないようになっている。しかし、湖は結界の範囲外にある。


「アリア殿下、大罪を犯した私をお許し下さる寛大さに感謝致します。しかし、何卒処罰をお与え下さい」


 緊急事態だったとはいえ、王女殿下のあのようなお姿を拝見しては――。


「守護騎士ディゼル・アークライト――顔を上げなさい」


「はっ」


 殿下の言葉を受け、伏せていた顔を上げる。


「聖王国第二王女アリアが命じます――これより、何があっても私を守り抜くことを誓いなさい」


「は……? で、殿下――処罰は?」


「これは、王女である私からの命です。誓いを破ったその時、あなたの命で償って貰います――よろしいですね?」


「……はっ! 守護騎士ディゼル・アークライト――この命続く限り、殿下の御身を御守りすることを誓います!」


 これが、僕と姫の出会いだった――。






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