序章2 卒業と進路


 聖王国歴724年――聖王都、王立学園。


 14歳を迎えたばかりの僕は、学園長に呼び出しを受けていた。


 一体、どのような用件で学園長は自分を呼び出したのだろう? 考えても思い当たる節が全くない。


 これといった問題を起こしたことは一度も無い。授業や鍛練も真面目に受けている。


 やがて、学園長室前に到着して扉をノックする。


「学園長――騎士科所属、ディゼル・アークライト参りました」


「入りたまえ」


「失礼します」


 入室すると、ソファに腰掛ける学園長の姿があった。


「よく来てくれた、そちらのソファに座ってくれ」


「は、はい」


 緊張した面持ちで、学園長と対面する。


「あの、学園長……今回はどのような御用件で呼び出しを受けたのでしょうか?」


「ディゼルくん、その……明日から学園にはもう来なくていい」


「は? ど、どういうことでしょうか!?ま、まさか退学処分を受けるようなことを――!?」


 学園長の言葉に、気が動転してしまいそうになる。学園に来なくていい?


 まさか、何か自分でも気付かない内に大きな問題を起こしてしまっていたのか?


 学園長は首を横に振った。


「すまない、いきなり過ぎたな。安心して欲しい、君は退学するような問題を起こす生徒ではない」


「で、では――学園に来なくていいというのは、一体……?」


「単刀直入に言うと――もう、君はここで学ぶ必要がない。つまり、卒業ということになる」


 学園長から放たれた言葉。それを理解するのに、暫し時間を要した。


 卒業……? いや、いきなり何を言われているんだ、学園長は?


「ちょ、ちょっと待って下さい、自分はまだ14歳です! 学園は16歳まで在籍の筈では……!?」


「過去に飛び級で卒業した生徒は幾人も居る。現在の守護騎士隊長を務めるグラン殿も、飛び級で卒業して騎士団入りしている」


 グラン――若くして、聖王家直属の騎士“守護騎士”の隊長を務める実力者。騎士を目指す僕も、当然の如く彼の勇名は聞き及んでいる。


 彼も僕と同じく、この学園の騎士科の卒業生だ。今、学園長が言われた通り、飛び級で卒業して騎士団入りしたというのは有名な話だ。


「ディゼルくん、何よりも君は天の力を持つ者だ。それが何を意味するか理解しているだろう」


 天の力――この世に生まれる人間は天光雷地水火風の7つの何れかの属性を持って生まれてくる。


 天の属性は、一時代にひとりしか現れない選ばれし者の属性。僕は生まれた時に、虹色の魔力を発して生まれてきたという。


 虹色の魔力は天の力を秘めた者の証。


 高名な騎士の名家に生まれたこともあり、僕は騎士である父から厳しい教育を施されてきた。


 実際に魔力色を知ったのは、2年前に入学してから行った魔力適正検査をした時だった。


 自分で言うのも何だけど、学園に入学してからその力は大きく開花したと思う。


 通常では、学生の段階では扱うことが難しい“魔法剣”を不完全ながらも僕は扱うことが出来る。


 他の同期生に魔法剣を扱える人間は居らず、上級生の中にも魔法剣を使える人間は殆ど居ない。


 更には、鬼教官と名高いフレッド教官と模擬戦で引き分けたこともある。


 フレッド教官は、かつて騎士として名を馳せた方だ。模擬戦後に、教官は大したものだと笑っていた。


「ディゼルくん――君には卒業と共に守護騎士になってもらう」


「しゅ、守護騎士!?」


 学園長の言葉に耳を疑う。


 守護騎士とは、聖王家直属の精鋭騎士。聖王国騎士団の中でも、特に優れた騎士が抜擢される。


 僕が、その精鋭騎士の一員になる――? 何かの冗談ではないかと思った。


「君ほどの才能ある若者なら守護騎士になるに相応しい人材だ。これは、アストリア陛下からの勅命でもある」


「アストリア陛下からですか!?」


 アストリア――まだ19歳でありながら、病没された先王陛下の跡を継いだ聖王国の女王陛下。


 若くして世界でも五指に入る術士でもあり、慈悲深く聡明な性格から民に慕われている。


 女王陛下の勅命とあっては無視することなど出来ない。こうして、僕の飛び級による卒業と今後の進路は決まった。


 休み時間――僕は、ぼんやりとした表情で空を眺めていた。


「ディゼル、どうしたの?」


「お前らしくないぜ?主席がそんなんじゃ、他に示しがつかないっての」


「アメリー、ジャレット……」


 ぼんやりしていた僕に話し掛けてきたのは、クラスメイトのアメリーとジャレット。

 騎士科の中でも特に仲が良い友人達だった。


 アメリーは女子ながら、次席の成績を誇る優秀な生徒。ジャレットは剣術の腕は粗削りながらも、高い持久力と頑強な肉体を持つ。


 僕等はよく行動する間柄――けれど、それも今日で最後になってしまった。


 どう話を切り出そうか、迷っている。


「あ、あのさ……実は――」


「全員、集合!」


 教官の声が聞こえてきた。何事だろうと、他の同期生達が視線を向ける。


 僕は複雑な気分になった。教官がこれから何を話すか理解しているからだ。


 おそらく、その内容は僕に関することだろう。


「皆、集まってくれたか。ディゼル、来てくれ」


「はい」


 教官に呼ばれ、僕は教官の隣に立つ。

 周囲がざわつく。一体、何事だろうと。


「その……いきなりの話なんだが、ディゼルは今日で学園から卒業することが決まった」


「……っ!?」


「えっ!?」


 同期生の中でも、アメリーとジャレットは特に驚愕した表情に変わる。


「それと、アストリア陛下からの勅命で守護騎士に就任するとのことだ」


「守護騎士!?」


 同期生全員がざわついた。無理もない話だ。


 守護騎士といえば、聖王家直属の騎士。

 14歳で抜擢されるなど過去に例がない。

 聖王国で騎士を目指す者にとっては、最高の名誉といえるだろう。


 ましてや、女王陛下の勅命。驚かない方がおかしい。


「数日後から、ディゼルは聖王宮に務めることとなる。皆も努力次第では、ディゼル同様に飛び級による卒業もあり得る。皆の努力に期待している!」


 解散後、僕は同期生からの質問責めに遭ってしまった。流石に困惑してしまう。さっき決まったばかりのことなのでと返答した。


 暫くして、ジャレットが興奮気味に話し掛けてきた。


「ディゼル、凄いじゃないか! 飛び級卒業もだけど、いきなり守護騎士に抜擢されるなんて史上初じゃないか!?」


「ありがとう、ジャレット。でも、いきなり守護騎士だなんて思わなかったよ。最初は、普通に騎士団入りするものばかりだと思ってたから」


「けど、お前と一緒に居るのも今日で最後か……。アメリーとお前と3人で卒業したかったんだけどな」


「うん……」


 自身に目を掛けてくれた方々に感謝しているものの――出来れば、アメリーやジャレットと一緒に卒業したいという気持ちがあった。


 ふたりとは、共に騎士を目指してきた仲だ。騎士になる時も一緒が良かった。


 そういえば――さっきからアメリーの姿が見えない。何処に行ったのだろう?


「あー……アメリーは、暫くひとりにしといてくれ。多分、お前が居なくなる心の整理が出来ていないと思うんだ」


「そうか……」


 結局、アメリーと会えないまま――僕は聖王都にある自宅に帰宅した。


 王立学園の学生は、基本的には学生寮で生活する。夏季休暇等以外で自宅に帰ることは少ない。


 僕の実家であるアークライト邸が見えてくる。家の前で箒を持っている藍色の髪の女性の姿が。


 ソフィア・アークライト――僕の母だ。母さんは驚いた表情で、僕を出迎えてくれた。


「まぁ、ディゼル!?」


「ただいま、母さん」


「どうしたの?急に帰って来るなんて――」


「実は――」


「その話は、夕食の時にしよう」


 背後から声が聞こえる。振り返ると、僕と同じ赤髪の男性がやって来る。父のウェイン・アークライトだ。


 聖王国騎士団総長を務める、騎士団の最高責任者である。


「父さん」


「あなた、お帰りなさい。今日は随分と早いのね。話って……ディゼルに何かあったの?」


「うむ……家族全員が揃って話す」


「あ、お兄ちゃん!」


「え?ホントだ!」


 ふたりの少女が、僕を見るなり駆け寄って来る。


 妹であるミリーとユーリ、まだ7歳になって間もない。双子の姉妹なので、髪型以外は殆ど同じだ。


「ただいま、ミリー、ユーリ」


「おかえりー」


「学校はどうしたのー?」


「夕食の時に父さんから話があるんだ。その時に分かるよ」


「「?」」


 首を傾げる妹達。


 夕食まで時間があるので、久し振りに自分の部屋のベッドに大の字になる。


 しっかり掃除してくれているらしく、埃や汚れは室内には見当たらない。


 守護騎士……聖王国の王族を守る精鋭騎士。この国で騎士を目指す者なら、誰もが憧れる存在だ。


 僕が、そのひとりに抜擢されるなんて夢にも思わなかった。無論、騎士を目指していたのだから何れは守護騎士に選ばれたいとは思っていた。


 しかし、飛び級卒業の上にいきなり守護騎士になれるとは、誰が予想出来ようか。


 ベッドから起き上がり、部屋を出て階段を下りていく。


 すると――1階から声が聞こえてきた。


「あ、お姉ちゃんだ」


「おかえりー!お仕事は?」


「え、と……何か今日は早く帰りなさいって言われたんだけど……」


「姉さん、お帰り」


 帰宅したのは母さんと同じ藍色の髪の女性――アークライト家長女レイン・アークライト。僕の姉さんだ。


 騎士の名家の生まれだが、母さん譲りの運動神経の鈍さから騎士の道ではなく、魔法研究者の道を志した。


 王立学園の術士科を卒業し、現在は聖王宮の魔法研究室に勤務している。


 僕を見るなり、姉さんは驚いていた。


「ディゼル!? どうしたの、学園から外出許可を貰ったの?」


「それについては、夕食の時に父さんから話があるよ」


「?」


 夕食の時間になった。久し振りの母さんの手料理を食べられることに嬉しさが隠せない。


 その前に、父さんが真剣な表情で語り出す。


「皆に、重大な話がある――今日でディゼルは、王立学園の卒業が決まった」


「「え!?」」


「「?」」


 母と姉は驚き、妹達は何が何だか分からない模様。


「更に――これは、アストリア陛下からの勅命なのだが、ディゼルを守護騎士として迎えたいそうだ」


「守護騎士……!?」


「う、嘘でしょ……!? それも、アストリア陛下から直々に……!?」


 アークライト家は高名な騎士の家系。守護騎士を輩出した過去も幾度かある。


 しかし、飛び級卒業でいきなり守護騎士に抜擢された例は今回が初めてだ。


「今日は祝いだ――ディゼルの卒業と守護騎士就任のな」


 家族の祝福を受けつつ、僕は食事を楽しむ。色々なことが起きたけれど、今は家族との団欒を大切にしよう。


 数日後には、聖王宮に務めることになる。しっかりと英気を養っておこう。






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