出会いは助けた。

 魁比呂の一日は高校の風紀を、規則を乱す生徒を執行すること。

 基本、そこには言葉だけに留まらず、力による統制も行われることもある。

 彼にとって大事なことは四葉学園高校に、四葉市の秩序を維持することを念頭に置いてる。いや、それしか頭にない。

 それが魁比呂の一日だ。特に平日は朝から晩まで学校に居残り、休日は学校にいるか市内を見回ってるか、のどちらかだ。


 そして、今日は土日の休日。

 彼は普段通りに学校で昼寝をせずに市内を見て回ることにした。

 それは商店街の表通りから住宅街の通りに限らず、裏道とか裏通りに至るまで全部、見て回ってる。


 これは休日の裏通りで起きてしまった一幕である。


 その日、比呂は表通りを歩くことなく、裏通りを歩いてた。四葉市は表と裏で治安の良し悪しを如実に現していた。

 表通りは治安がよく、裏通りは治安が悪いのだ。

 そのため、比呂のような人間が市内の見回りをしている。いや、正確に言えば、比呂だけで市内を見回っている。

 見回ってる最中、不穏な空気を感じとる。


「……お嬢ちゃん。モデル、絶対にやった方がいいって。ほんと、ほんと」

「……はあ? なんで私がモデルやらなきゃいけないわけ?」


 前方で、女子高生の女の子と執拗に声をかけてる一人の男性が目に留まった。

 傍目から見れば、スカウトというより、ナンパの類だろ、と比呂は判断する。


「そんなこと言わずにさぁ……ほら、詳しい話を聞けば変わるって! だから、近くの喫茶店でも――」

「悪いけど、そんなの全然興味ないんだけど」

「いや、だからねぇ~」


 冷静に見れば、男の方がしつこかった。いや、しつこすぎた。引き下がる気配なんてまるっきりないと言える。

 だが、分からないわけでもない。

 肩のラインで切りそろえられた黒髪は遠目から見てもサラサラであるし、肌も絹のように白く、黒い瞳は黒曜石を思わせるようだが、左のもみ上げに赤色のメッシュで染められてるところから素行が悪い印象を持たれてる。

 美しさよりも『可憐さ』を保持してる。

 可憐なる容姿に、剣幕を立てる態度から比呂はだと思いながら、助太刀に入ることにした。


(さすがに当校の生徒に根深いナンパは無視するだけのメンタルはない)

「ねえ……」

「ん? なんだ、お前さんは」


 トン、と男の肩に手を置くと、厳つい顔が比呂の前に露わとなる。

 無造作に整えられた金髪に細みがかった双眸。


(ふーん。怖いな)


 女の子が剣幕を立てるのもわかる。この手の男に言い寄られれば、怖がる自信が大いにある。

 震えることなく、男の瞳を見続ける。


「うちの生徒にナンパするとは随分といい度胸じゃないか?」

「あっ? これがナンパかよ?」


 互いに見つめ合うこと数秒。女の子の視線はなぜか、比呂にだけ注がれてるものの、構わずに男に睨みを利かした。


「ナンパしてように見えるさ。でも、彼女が気の強い女子生徒だから。粘っこく話し込んでるけど……――」

「あっ? けど、なんだよ?」


 男は比呂にしつこく詰め寄ろうとしたところで、彼の顔に見覚えがあるのか。ガクガクと足腰が震えだす。おまけに口に出てくるのは――


「ひっ……!?」

「ん?」


 間抜けな声を出した男に比呂は不思議な感覚に陥る。


「あ、あんたは……ま、ま、さか……」

「ん? 俺がどうしたんだ?」


 クスッと微笑む比呂に男はますます怖がったのか。


「ご、ごご、ごめんなさい! もう、悪さは、しません……!?」


 さらに震えが強まり、男の方はその場を退散していった。特に、なにもしていない比呂だが、「ふん」と鼻で笑う。


「口ほどにもない」


 呆気ない終わりだが、女の子からすれば――


「あ、あの……ありがとう」


 顔を赤らめながら、お礼を言ってくる。


「別に、俺は俺のやりたいことをしただけだ」


 本来であれば、かっこつけたい気分でもあるけど、比呂にとってみれば、興味のないことであり、四葉市の風紀を乱そうとする輩を排除しただけにすぎない。

 だが、女の子はなんとも律儀な様で比呂の発言を否定する。


「ううん。あの人相が悪そうな奴に臆せず、人を殴ってそうな目を向けられてたのに……かっこよかった」

「ふーん。これに懲りて、一人でいようとはせず、友達と一緒にいることをおすすめするよ。

 弱い奴は群れてる方がマシだからね」

「弱くないし、群れてない」


 ふてくされる女の子。比呂からすれば、ビビり散らかしてるわけもなく、褒められても素直になることもなく、ただ淡々と平然としていた。


「一応、言っておくけど……裏道や裏通りを通るなら、それなりの覚悟をしておいた方がいいよ。

 キミは可憐なんだから。表通りを歩いて帰りな」

「……っ、う、うん!」


 女の子はまたもや頬を染めながら、ペコリと頭を下げた。

 比呂はそんな彼女に素っ気ない態度で、その場をあとにする。


 もう彼女と関わることなんて彼にとって一生ないことだ。

 しかし、見たことがある女子高生であるが、彼は興味がないように記憶が薄れていく。

 だが、ゆくゆく比呂は知ることになる。

 今日、素っ気ない態度で助けた相手が、自分の同じクラスの女子――火野愛桜であることを――。

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