3・ミア、ぼっちゃまに惚れる


 近くの街が祭りである。魔物から得た素材をいつも売りに行く街はさほど大きな街ではないが、近隣の村人も交じって祭りの日ばかりは賑やかになる。

 今回はディーがミアと一緒に回ってくれることになった。うきうきだ。


「俺、実はお祭りって行かせてもらえたことなくて」


 ディーの発言にエリンとクリンがちょっと固まる。


「おまえどんだけいいとこのおぼっちゃまなの」

「今さらおぼっちゃまじゃないって言っても通用しないと思うから言いますけど、けっこうかなりいいとこです。以上」

「うわー追及したいそこんとこ!」


 悶えるエリンとクリンは「お父ちゃんはやくー」と子供たちにせっつかれて峠の道を行ってしまった。

 街に出るには峠の山道を下っていかなければならず、街の女の子たちみたいに晴れ着に華奢な靴というわけにはいかない。


「わたしもいつか晴れ着でお祭り出たいー」


 ミアはごつくて丈夫ないつもの革ブーツでじたばたした。


「うんうん。そのときはエスコートするよ」

「エスコート! エスコート! 魅惑の響き。うきゃー! 舞踏会みたい!」

「うるせえ出かけるならさっさと出ろ!」


 アジトの前庭で騒いでいたため、前夜祭とか言って村の爺さんたちとしこたま飲んで二日酔いのガウに奥から怒鳴られた。

 笑いながら逃げるディーに手を引かれて、「晴れ着でエスコートされたいなあ、ディーに」と、ミアは夢見るようにふわふわと思った。




 街はすっかりお祭り色になっていた。

 レンガの建物が明るい色の布で飾られ、建物の間に渡したロープには国旗をはじめ、領地や近隣町村の旗が並ぶ。ぎっしりと立ち並ぶ露店には色とりどりの品々、立ち食いできる祭り用の軽食。街を練り歩く楽団は陽気な音楽を奏で、にぎやかな人の流れに浮かれたリズムを添えている。

 人々はいつもより身綺麗で、若い女性たちは髪や晴れ着の胸に花やリボンを飾り、華やかさを競っていた。この地を見守る精霊や妖精たちに捧げる祭りなので、薄布のドレスで妖精に扮した子供たちもいる。


「お祭りお祭り。わーすっごーい!」

「うんうん。何から食べる?」

「ディー、わたしに食い気しかないと思ってる?」

「いっぱいお小遣いあるからなんでも食べられるよ。俺はあの揚げた棒みたいなのに蜜がかかったやつ食べたい。ミアは?」

「わたしは薄く焼いた生地にクリームを包んだ……じゃなくってー!」

「見たことない果物がある。なにあれこのへんの特産?」

「あれはコケモモの仲間で剥くと中が黒くてジャムにすると濃厚で……じゃなくってー!」

「あの黒いのがジャムか。ちっちゃいスコーンみたいのにかかってる。あーこれ生地焼く匂い? すっごくいい匂い。あれなんて食べ物?」

「えっ……。はじめて見た。新商品かも」

「じゃああれから!」


 駆けだしたディーをミアが慌てて追いかける。

 新商品は大人気で、ミアたちが買った直後に売り切れた。座る場所はないので道端で立って食べる。トレーに並んだ小さなジャムのせスコーン。歯で齧るとさくさくの生地の破片がパラパラと落ち、口の周りが黒いジャムだらけになる。これは一口で食べるべきだと学習した。しかし小さいと言っても、一口で食べるとなると口いっぱい頬張るかんじになってしまう。

 ふたりは頬をめいっぱい膨らませ、もっしゃもっしゃと二つめを咀嚼した。


「うまひ」

「うまひね」


 ごっくん。

 焼きたての生地のバターの風味に甘酸っぱくかつ濃厚なジャムが溶け合い後をひく。最後の三つめに手を伸ばし、無言でもっしゃもっしゃ味わった。


「うまかった」


 そう言いつつ、ディーは次なる獲物を狙う目で立ち並ぶ屋台を見据えた。


「わたしじゃなく、ディーに食い気しかない。よくわかったよ」

「揚げた棒のやつに行く前にしょっぱい系をはさむ」

「人の話を聞け。わたしちょっと見たい店があるんだけどぉ」

「どこ?」


 ディーに訊かれて、ミアはガラス玉のアクセサリーを並べた露店を小さく指さした。少し気恥しいのだ。


「どうぞ」


 ディーは手のひらを上向けてミアをアクセサリー店へ促した。ミアについてこようとはせず、別の露店のほうを眺めている。

 エリンとクリンなら「ミアも女の子なんだな~」とからかうように言ってニヤニヤするところだが、ディーは人の好みや行動を茶化したりしない。そういうところも好きだとミアは思った。


 鮮やかだったり淡かったりするガラス玉の装飾品が、日の光を透かしてキラキラ輝く店先に、少し腰が引けたかんじでミアは近づいた。似合うかどうかなんてよくわからない。自分を飾りたいというより、普段目にすることのない綺麗な装飾品に触れてみたかっただけ。

 一番目立つ赤いガラス玉の指輪にミアが手を伸ばしたとき、店を見ていた同い年くらいの女の子三人組が話すのが聞こえた。


「なあにあの格好、野暮ったい。お祭りなのに」

「山から来たんでしょ。猟師か魔物狩りの子よ」

「魔物狩りに指輪とかいらなくない?」

「ちょっと、聞こえちゃったらカワイソウよ」


 カワイソウよと言いつつ、聞こえているのがわかっている様子で、女の子たちはミアを見てくすくす笑った。

 この手の残酷さに遭遇するのは、ミアは初めてだった。

 頭に血が上り、顔が赤くなるのがわかった。

 指輪を持つ手がぶるぶると震える。

 やっとの思いで指輪を台に戻すと、ミアは露店にくるりと背を向け、猛ダッシュでその場を離れた。


「ミア待て! どうしたんだ!?」


 ディーが追いかけてくる。顔を見られたくなくて逃げ切りたかったが、腕をつかまれてミアは観念した。ディーの必死な顔を見た途端、不覚にも涙があふれた。


「ミア、なにがあった?」

「野暮ったい魔物狩りの子に指輪はいらないって……」

「誰が言ったんだ?」

「知らない女の子たち」


 ディーはその場に片膝をつき、ミアに視線の高さを合わせた。

 ディーの手が、やさしくミアの髪をなでる。そしてディーは唐突に言った。


「よし、今日は妖精になろう」

「は?」


 ディーはミアの手を引き、ある露店の前へ連れて行った。


「ミアに似合う衣装があるなーと思って見てたんだよ。ミアはめずらしい明るいオレンジの髪だからさ、花の妖精がいいなって。この明るい緑のドレスに、黄色いマントはおって。ミア自身が花だよ。野原に咲くポピーみたい。絶対かわいい」


 仮装用の妖精の衣装を売る店だった。


「へい、らっしゃい」

「この薄緑のドレス、この子のサイズある? あっ、靴も。紐のサンダルがいいかな」

「サイズはこちらがよろしいかと。着ていかれます?」

「ここに着替えるとこあるの?」

「こちら更衣スペース用意してございますー」

「おおすごいばっちり。はい、じゃあミアこれ着て! 脱いだ服こっちの袋に入れて。俺持つから大丈夫。ほらはやくはやく。まだ揚げた棒のやつ食ってないんだから」


 ミアはぐいぐいと布で囲われた簡易更衣スペースに押し込まれた。はやくはやくと急かされるがままに、薄布を重ねたふわふわのドレスに着替え、やはり薄布でできた短いマントを羽織る。編み上げサンダルに履き替えてスペースを出たら、待ち構えていたディーに仕上げとばかり髪に蜂蜜色のリボンを巻かれた。そのまま流れるように姿見の前へ押し出されると、鏡の中に花の妖精がいた。


「くわっ……かわいいっ……」


 自分ながらかわいすぎるのでミアが思わずつぶやくと、


「だろう? だろう? 店主もかわいいと思うよね?」


とディーも調子に乗ってくる。


「大変お似合いでかわいらしゅうございますー。妹さんですか?」

「先輩です」

「はい?」


 事情の飲み込めない店主の手に代金を押し込むと、ディーは意気揚々とミアの手を引いて大通りに出た。

 明るい通りを歩くと何人もがふりかえり、「かわいい」「見てかわいい子」とささやきを交わすのが聞こえる。年配の女性グループは遠慮なく「あらぁかわいい妖精さんだわぁ」と声をかけてくる。小さな子供が「妖精さんがいる」とこちらを指さしてくる。

 先程の悪意など、もうなかったことにできる遠い話だった。

 ミアはうきうきとはずむ足取りで通りを闊歩する。つないだ手の先を見上げると、ディーがうれしそうにまぶしそうにこちらを見ていた。


 一生忘れない誰かの顔があるとしたら。

 今のディーの顔は間違いなくそれだ。


 うれしそうにまぶしそうに自分を見るディーを記憶に刻印されたミアは、自分もうれしいのに楽しいのになぜか胸の奥底がざわめいて、わけがわからず泣きたくなった。

 けれど泣いたらまたディーが慌ててしまうと思ったから、夏の花のように大きく笑った。



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