2・新入りはいいとこのぼっちゃま
「あっははははすっごい正統派な剣筋! しかも風属性魔力付与あり。立派すぎてうける」
ガウからあてがわれた魔物を狩るディーを見て、エリンとクリンが笑い出した。
ふたりの感嘆をよそに、薙ぎ払われたディーの剣からは切り裂くような疾風が吹き、魔物が断末魔の叫びを上げる。
エリンとクリンは何十年もガウのパーティーにいる中年兄弟だ。ガウのパーティーはミアを除外すると平均年齢が高い。
「ありゃ剣のお師匠さんについてたな。野良剣士じゃないぜ。どこぞのおぼっちゃんだ」
「魔力持ちってことは貴族の線もあり」
大体どこの国もそうだが、ここハルツェンバイン国も魔力保持者は貴族に多い。もちろんミアの母のように例外もいる。エリンとクリンも少しだけ魔法を使える。
「家出かね」
「家出だろ」
ドサァッと魔物が倒れる音。ディーが肩で息をしながらこちらを振り返った。顔が輝いている。初めての獲物だったのだ。
「よっ、初手柄」
「エリンさんとクリンさんが重力魔法で足止めしてくれたから」
「っつっても鱗固くてつらかったっしょ? この鱗がいい値で売れるんだわー」
えーいくらですかーと魔物の取引相場の話でディーと兄弟がきゃっきゃと盛り上がる。
ミアはなんとなく気落ちしていた。
(貴族だったら家の人がディーを連れ戻しにきちゃう)
冒険者志望の若者が短期間ガウのもとで修業していくのはよくあることだった。音を上げて辞めてしまう者もいれば、近隣の別のパーティーに紹介されて巣立っていく者もいる。ガウのパーティーを去っても冒険者を辞めていなければ、合同の仕事やらギルドの寄り合いやらでちょくちょく会う機会があるからさみしくはない。
でも、ディーが貴族の家出少年で立派な従者が連れ戻しに来たりなんかしたら……。
(きっともう、二度と会えない)
やだなあとぶうたれて、ミアは足元に転がった鱗を蹴っとばした。キラキラと薄青に輝く美しい魔物の鱗。防具の材料にも装飾品にもなるそれは、王都ではけっこうな高値がつくという。このド田舎でこの鱗の加工品は見たことがない。高級品であるそれは、辺境には出回らない。材料は辺境で採れても、製品を使うのは都の人だ。
「あっ。まだ一個落ちてた」
ミアが蹴っ飛ばした鱗にディーが気付いて、拾ってガウに手渡そうとした。
「初手柄の戦利品だ。記念に持っとけ」
ガウがそう言うと、ディーはうれしそうに鱗を眺めて、袋にしまった。
記念の品になる鱗を蹴っとばしてしまった。ミアはなんだか申し訳なくなって、「それ、わたしが蹴っとばしちゃったやつだからちがうのにして」とガウとディーに言った。
「蹴っとばした? なんでまた」
「だってさー……」
ディーが貴族かもしれないってのが、なんかムカついて。
とは言いづらいのでミアがもじもじしていると、ディーは袋から鱗を取り出して
「じゃあなでてよ」
とミアに差し出した。
「なでて?」
言われるままに鱗をつるつるとなでる。
「はい。これでミアが蹴った鱗ではなくミアがなでた鱗になりました。問題なし」
「ついでに俺もなでてやろう」
なぜかガウまで手を伸ばしてきた。
「なんのおまじない? おれもおれも」
「おれもまぜて、おれも」
エリンとクリンも手を伸ばしてくる。爺さんとおっさんになでなでされる鱗。
ディーがその様子をにこにこ見ている。……かわいい。
「あれっ、ディー怪我してる?」
ディーの手の甲にひとすじ血が滲んでいるのを見つけて、ミアは言った。
「あれっほんとだ。夢中で気付かなかった」
「包帯巻こっか」
「うん。ミアやってよ。上手だから」
信頼しきったかんじでディーが手を差し出してきて、ミアはちょっと得意な気分だ。
ディーの貴族疑惑が持ち上がったものの、民間魔物討伐隊こと辺境冒険者パーティーの常として、メンバーの事情は詮索されない。過去や身分を根掘り葉掘りきくのは冒険者の流儀に反するのである。
エリンとクリンのように、誰にでも洗いざらい人生を喋るのはめずらしいほうだ。と言っても、彼らは魔物に壊滅させられた村の生き残りで、幼いころガウに拾われて以来ずっと一緒にいるため、とくに秘密はないのだが。アジトのある村でそれぞれ結婚して子供もいる。ただの気のいいおっちゃんたちである。
ガウのほうは、若いころ尖っていて無茶したことが古い知り合いからよく語られるが、老年の今となってはエリンとクリンの子供たちに「おじいちゃん」と慕われる日々だ。
兄弟の話では「ガウはモニカに毒気を抜かれた」そうだ。
ミアのことをガウとモニカの子供だと思う者も多いが、「ない……。誰があんなおっそろしい女と」と青ざめて口を噤むガウを見て、誤解だったと悟る。エリンとクリンも傍らでぶんぶん首を振るし。
じゃあミアの父親は誰なんだという話である。
「あきらかに上流階級だろって場違いな男がギルドから紹介されてきたことがあって、絶対そいつ。モニカは上品な男がタイプだったから」
エリンとクリンは断言する。
いいとこの家出少年も来れば、人生に迷った紳士も来るのが民間魔物討伐隊のドラマである。人生に迷ったらしい上流紳士は、モニカの妊娠がわかる前に迷いから覚めて、正しい人生行路に戻ったらしい。
「わたしもいつかお金持ちの上流階級のお父さんが迎えに来るかもしれない……」
「夢があっていいね!」
「ミアさんおれ家を新築したいんだけど」
おっさんたちはいつも軽い。
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