第24話

 食後に提供されたお茶を一口含むと、幸弥は零士に向き直る。

「あんた、大蔵商会って知ってるか」

「あぁ、ここらを縄張りにしてるヤクザだ」

「俺はそこの構成員だ。

 ……元構成員になっちまったが」

「彼女は?」

「私は『風車』の一員。

 大蔵商会の担当だった」

 葉子は口下手な性格の様である。

 言葉足らずな葉子の言葉に、幸弥は付け足す様に言葉を引き継ぐ。

「『風車』ってのは最近台頭してきた殺し屋派遣組織だよ。

 その実態はボスの親方様とやらを崇める集団みたいなもんだけどな」

 幸弥は吐き捨てる様に言った。

「零士、もしあんたが組の幹部で、派閥争いをしている相手を蹴落としたい場合はどうする?」

「殺すのが手っ取り早い。

 しかし、それでは他の幹部が黙っていないだろうな。

 事故に見せかけて殺すか、組の外部に……俺なら他の組に取引の場所を漏らす」

「……やけに詳しいな。

 だがその通りだ。数日前、大蔵商会の次期組長とみられていた山田の兄貴は取引の最中に警官と銃撃戦になってぽっくり死んじまった。

 でもな、妙なんだよ。兄貴の死体は」

 幸弥は周囲を一度見渡してから。囁くような声で言った。

「首から上が無かったんだよ。

 綺麗な切断面で、元から首が付いてなかったんじゃないかとすら思った。

 イマドキ刀振り回す警官なんて聞いたことがねぇ。俺は真っ先に殺し屋を疑った」

 零士はちらりと葉子を見た。彼女は頷く。

「その日の夜、私は親方様を探してた。

 そしたら、部屋の中から親方様の話す声が聞こえて。

 聞いてしまったの。

 山田の通り引きは警察に漏らされていて、親方様は混乱に乗じて山田を仕留めたんだってことを」

 そこで、葉子は唐突に言葉を切った。

 零士も鋭い目つきを周囲に向けている。

「な、なんだよ?」

 幸弥は、二人の様子を見てようやく意見を察知した。


 店内は、水を打ったように静まり返っていた。


 先ほどまで和気あいあいと鍋を突き、雑談を交わしていたはずの声はどこかへ消えてしまった。

 三人が口を閉ざしたことで、店内を沈黙が支配する。


 零士たちの足元に、ごろりと女性の首が転がった。

 

 零士が首が転がって来た方角に目を向けると、そこには能面を付けた二人の男が立っていた。一人は大柄、一人は痩せた対照的な男達は、血に塗れている。

 店内で何が起こったかは一目瞭然だった。

 「『風車』!もう来た……!」

 葉子が悲鳴に近いうめき声を上げる。

 二人の男は、この店の中の生命活動をすべて止めるべく、零士たちに切りかかった。


 対照的な2人の男達は、銃を抜かせる暇もなく飛び込んだ。

 懐から抜いたナイフで応戦する零士の背後から葉子が躍り出る。痩せた男に振り下ろされた葉子の刀は、大柄な男に弾かれる。

 狭い店内で、まるで風車の様にとめどなく4人の刃は回転し続ける。

 まるで近づけず背後でおろおろしていた幸弥は、不意にニヤリと笑った。

「二人とも、伏せろ!」

 零士と葉子はその言葉と同時に身を屈めた。

 幸弥が投げつけた鍋は、煮えた茹で汁を風車の二人組に降りかける。

 茹で汁に皮膚を焼かれ思わず顔を覆った二人を、零士と葉子の刃が襲う。痩せた男に刀が振り下ろされた。

 痩せた男の前に割って入るように、大柄な男が飛び込む。

「逃げろッ!」

 大柄な男は、その体を切り刻まれて絶命した。

 痩せた男は、ためらいながらも店外に走り出そうとする。

 しかし、その一瞬のためらいですらも致命傷となった。大柄な男の死体を飛び越え、幸弥は勢いそのままに痩せた男を殴り飛ばした。

 ぱん!と言う破裂音、コマ送りの様に崩れ落ちる男の体。

 戦闘は一瞬のうちに終了した。


「これが人を殴る音か?」

 零士の漏らした声に、なぜか葉子が胸を張って答えた。

「幸弥は馬も殴って気絶させられる。こんなもんじゃない」

「当たらなきゃ無意味だけどな。

 しっかし、これからどうしたもんか……」

 店内には、数分前まで和気藹々と鍋を突いていた客たちと大柄な男の死体が無残に切り裂かれた状態で転がっている。

 この店をすぐに離れなければならないのは明白であった。

 頭を悩ませる幸弥の隣で、零士は気絶している痩せた男をおもむろに担ぐ。

「そいつ、どうするの?」

 首を傾げた葉子に、零士はにこりともせずに告げた。

「敵の事を聞くのは敵が一番だ」

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