第9話 恐ろしい女

 モッコは『大僧正の間』をぐるぐると飛び回りながら、アレク達に発破をかけていた。


「さあ、最後の一人、クロマを探しに行こうぜ!」


 しかし、モッコのやる気に反比例して、アレク達は意気消沈していった。


「……ああ、そうじゃな……探さんとな……」


「……そうでござるな……」


「……そうですね……」


 アレク達の様子を不思議に思ったモッコは、アレクの頭の上に乗って、全員に尋ねた。


「なんだよ、お前ら、急にやる気を無くして! クロマに会いたくないのかよ?」


「いや、そういうわけでは……まあ、でも……」


 アレクは指先をいじりながら、もじもじしている。


「あっ! わかった! さては、お前のタイプじゃないんだな? あまり美人じゃないんだろ? どうだ、図星か?」


 モッコの問いに、アレク達は一斉に首を横に振った。


「いや……絶世の美女じゃよ……儂はあれほどの美女を他に見たことがない……」


「儂も最初は一目惚れしたでござる……」


「恥ずかしながら、私もです……」


 三人の答えと態度に、モッコはだんだんとイライラしてきた。


「じゃあ何でだよ! 仲間だろ! さっさと探しに行こうぜ!」


「……怖いんじゃよ……」


「はあ?」


 アレクの頭の上に乗っていたモッコは、その場で足踏みした。


「もしもーし!? 何言ってるんですかー? 元仲間の女魔法使いが怖い? 勇者のくせに?」


「モッコよ、お主はクロマのことを知らないからそんなことが言えるんじゃ……なあ、カイデン、シンラよ……」


「「そのとおり」」


 モッコはアレクの頭の上を降りて、頭の周りを飛び回りながら質問を続けた。


「何がそんなに怖いんだよ?」


「あやつは……クロマは『千年に一人』と言われた、底なしの魔力を持つ大魔法使いじゃ……あやつに使えない攻撃魔法は無い……ありとあらゆる属性の魔法が使える……しかし、加減を知らん……怒りの沸点がとても低い……」


「そ、そんなにすごいのか……?」


 モッコはつばをごくりと飲み込んだ。


「……昔、金持ちだらけの町に留まるときがあった……その町の住人は皆金持ちであることを鼻にかけて、儂らを見下した……儂らは少し腹がたった程度じゃったが……」


「……」

 

 モッコは黙って聞いていた。


「クロマは町を焼き払ったのじゃ……逃げ惑う住人をあざ笑いながらな……幸い死人は出んかったんじゃが……しかも、それだけではない……」


「ま、まだ何かあるのか?」


「あやつは、すべての金持ちの家から金品を強奪した……嬉々としながら、すべての指にダイヤのリングをはめて高笑いしておったよ……あれは悪魔の笑い声じゃった……」


 モッコは身震いして床に降り立った。


「な、なんでそんな怖い女を仲間にしたんだよ!?」


「さっきも言ったじゃろう……クロマは『絶世の美女』であり、大魔法使い……仲間にした当初は、本性を知らない儂らは全員舞い上がっておったんじゃ……そして、実際にあやつは強かった……儂を含めたここにいる誰よりもじゃ……『魔王四天王』と呼ばれたモンスターのうち二体は、クロマが一人でちりに変えた……魔王デモアモンも、あやつの力がなければ絶対に倒せなかったじゃろう……」


「つ、強いのと怖いのは、十分わかったよ……じゃあ、なんで逆にクロマはお前達の仲間になったんだ……?」


「報奨金目当てじゃよ……あの時は、この大陸にあるゼント国の王が、魔王の首に莫大な、一生遊んで暮らせるような報奨金を懸けておったからな……一人でデモアモンを倒すのは難しいと考えたあやつは、儂らの仲間になったんじゃろうな……実際に報奨金をもらったときの、あやつの笑顔は忘れられん……」


「そういうことか……でも、クロマもどんどん若返っていくんだぜ? しかもめちゃくちゃ強いんだろ? だったら会いに行かないわけにはいかないだろ」


「そのとおりじゃ……過去がどうであれ、儂の勝手な判断で今のクロマに迷惑をかけてしまうのは事実じゃからな……それに、あやつの力は絶対に必要じゃ……儂ら三人だけでは逆立ちしても魔王には勝てんじゃろう……カイデン、お主はどう思う?」


 カイデンは腕を組んで考え込んでいたが、やがて重い口を開いた。


「……恐ろしい女ではござるが、クロマ殿は儂らの仲間でござる。そして根っからの悪人ではござらん……少なくとも儂はそう信じているでござる。行こう、アレク殿、クロマ殿を探しに!」


 同じように黙って聞いていたシンラが、口を開いた。


「私もカイデンと同じ気持ちです。怖い女性ですが、クロマの力は絶対に必要です。味方になってくれれば、あんなに頼もしい女性はいません。一刻も早く見つけ出し、若返りのことを伝える必要があると思います。行きましょう! アレク!」


 カイデンとシンラの決意を聞いたモッコは、再びパタパタと羽ばたいてアレクの顔の前に行き、往復ビンタをした。


 ペチペチペチペチッ!


「聞いたか、アレク! 元世界一の戦士と、元世界一の僧侶が、『行こう』って言ってるんだぜ! 元勇者のお前もビビってないで行くぞ!」


「……そうじゃ、そうじゃな……儂としたことが……いかんいかん、こんなことでは! よし、行こう! クロマを仲間にするんじゃ!」


 モッコはアレクの決意を聞き、やれやれと言わんばかりに再びアレクの頭の上に乗った。


「でもよ、一号、クロマの居場所を知ってんのか? それともまた聞き込み調査でもするのか?」


「『一号』はやめろ、モッコ! 大丈夫、クロマの居場所ならこの前神様に教えてもらったわい。クロマはイベリア島にいる、とのことじゃ」


「イベリア島ですか……ちょっと待っててください」


 シンラはそう言うと、本棚から大きな地図を持ってきた。


「ここが我々のいるデブロック神殿、そしてイベリア島はここから遙か南の……」


 シンラは地図上のデブロック神殿を指さして、そこからずっと手前に指をなぞって小さな小島を指さした。


「この島ですね。ここからだとかなり距離があります」


 地図を見ていたアレクは、腕を組んで、独り言のように呟いた。


「むう、これは船がいる上に、長旅になるのう……さて、どうしたものか……どこか港町まで一度出向くか、あるいは――」


「心配いりませんよ、アレク」


 アレクの独り言を遮るかのように、シンラが笑顔を向けた。


「デブロック神殿の地下には船があります。その船に乗って南へ下れば、一か月くらいでイベリア島へ着くでしょう」


「おお! さすがは天下に名高いデブロック神殿の大僧正でござる! 船まで持っているとは、頼りになるでござるな!」


 カイデンは目を丸くして、しきりに感心している。


「よし! では、ありがたく船を貸してもらうぞ! カイデン! シンラ! モッコ! 明朝、イベリア島へ向かって出発じゃ!」


「「「おう!」」」

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