一心繚乱
星豆さとる
第一章
01.水晶宮の姫
夜も更けた寝台の上で、二つの影が重なっていた。
もつれ合う影と熱い吐息が絶え間なく吐き出される。
一見すると男女の営みにも見えるが、一人は初老の髭男であり、もう一人は女性ではなく美少年であった。
「……っ、あぁ……ッ」
嬌声が高く上がるも、その少年の顔つきは決して快楽に溺れているようには見えない。
それどころか、わざと高い声を上げているだけのようにも見えた。
「
「はぁ、……ああ、
少年は男の名を呼び、わざと背中に爪を立てる。そうすることで、この行為を早く終わらせるためだった。
自分の知りうる限りの技を使って、導かねばならないのだ。
「……ッ!!」
寝台が何度か揺れた後、男がぶるりと大きく体を震わせた。
少年はその『感触』を静かに瞳を閉じてやり過ごし、わざと声を上げて自分も達したフリをする。
虚しさしかない時間だが、自分の『力』を補う為には、どうしても必要なものであった。
東の海の上に浮かんだように見える一つの霊峰。その天に水晶宮と呼ばれる場所があった。広く大きな屋敷の最奥に、少年の住まう室がある。
彼はとある理由からそこを動けず、この宮から出る事が出来ない。
――表向きは、深層の巫姫が住まう場所として知られていた。
その貌は花より美しく、『閉月羞花』と謳われるほどの美姫だと言われている。
「おお、
先ほどの男が身だしなみを整えつつそう言った。
普通の面立ちの、普通の男でしかない存在だ。
「……次はいつ会えますの?」
少年が細い指を男の腕に添えて、そう言う。
すると男は名残惜しそうにその指を撫でつつ、また名を呼んで『黎華』を慈しむ。
「さみしいだろうが、我慢しておくれ。一月と待たせずに必ず会いに来る」
「お待ちしておりますわ。どうか『
涙声でそう言えば、男も泣きそうになりながら「うむ、うむ」と言った。
そんな哀れな姿を心で笑いつつ、少年は男を見送る。
「愛しいかた……必ずまた、来てくださいまし」
少年は己の着物の袖を濡らしながら、そう言って手を振った。
当然、濡れた袖は水を浸した綿でそうして見せているだけで、泣いているわけではない。
扉を開けて、廊下のその向こうまで、『美しい姫』は男に手を振っていた。
「…………」
りりん、と軒下にぶら下げている灯篭と飾り鈴が揺れた。
その音を遠くで聞きながら、男の気配が完全に消えるまで、少年は笑顔を絶やさずにその場に立っていた。
「……はぁ」
実に馬鹿馬鹿しい逢瀬が、終わった。
黎華と呼ばれ自らもそう名乗っていた少年は、その場で扉にもたれ掛かりながらずるりと膝を折る。
「疲れた……」
薄い衣に腕を通していただけの彼の体は、艶めかしい。
膝から太腿などは少女のそれかと思うほど、白く柔らかそうだ。
静けさだけが彼の癒しだった。
昼間、忙しなく自分の周りで働く侍女たちの姿も無く、訪問者の欲にまみれた願いを叶えてやるまでもなく、この静寂だけが黎華にとっての安息だ。
「……早く丹が尽きて、死ねればいいのに」
ぼそりと漏れた本音は、不吉な響きだった。
水晶宮の姫は、『
神の声を聞き、またはその身に降ろし、言霊を賜る。
神聖かつ純潔なるものがその場に立たなくてはならない。
――表向きでは、ずっとそう伝えられてきた。
身を捧げるという意味では、正しいものだ。
だが、この黎華も歴代の姫たちも、選出されたその時から死ぬことさえ許されず、体内に存在する神通力――ここでは『
この水晶宮を頂く郷は、麓では普通の民たちが村や町を発展させ、平穏とした生活を送っている。
それは、約束された安寧というものだった。
宮に生贄さえ存在すれば、この郷――霊峰そのものが、平和に暮らしていけるという図式で出来上がっているのだ。
贅沢な暮らし、財と名誉はしっかりと据えられた贄の巫覡は、花丹を常に発し続けてこの峰そのものを守っている。
――あるモノの暴走――じわりじわりと生み出す呪いを食い止めるために。
その花丹も生身の体から発し続けなくてはならない『消耗品』である為に、どうしても『補給』が必要となった。男の精を体内で受け入れる行為が、避けられないのだ。
それが、権力者から得られる『馬鹿馬鹿しい逢瀬』に繋がっていく。
今代の巫覡は、歴代の巫姫に比べると極端に花丹が少なかった。
女性でもなく、男の体でこの立場に据えられているというその時点で、やはり異端なのだ。
――元々は、『
少年にとって、誰よりも大切であり何にも替えられない存在であった。
だからこそ、可愛らしく誰からも愛される姫を、こんな地獄に据えられない。
そう思った彼女の双子の兄である少年が、立場と役目の全てを背負ったのだ。
幸いにも、彼は化粧をしていれば少女と瓜二つ―ーそれ以上の魅力があった。
長く美しい黒髪と小さな体。桃色と薄青の二色を持つ宝玉のような瞳と、女のような声音がさらにそれを増長させている。
それ故に補給に通う男たちも、少女を男だと知ってもなお、求めることをやめられなかった。
だからこうして、好きでもない幾人もの男を室に招き、花丹のために抱かれている。
「……はは、ほんと……馬鹿だよなぁ」
自嘲が自然と漏れる。
愚かな行動だと自分でも解りきっている。それでも、自分が退けば妹に責が行ってしまう。それだけは絶対に避けなければいけないのだ。
不毛な時間の後は、静寂を暫く体に感じて、あとは禊を行い寝台に戻るだけ。
眠りについてしまえば忘れられる。
上辺だけの美姫は、逃れられない自身の運命を心で憎みつつも、どうすることも出来ずに瞳を閉じてやり過ごすだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます