第5話 こんな感じでパーティが始まって

「い、行きたくない……人がいっぱいいるところなんて……パーティなんて行きたく、ないぃ……」


「ユージン様が国王になられたことをお祝いするパーティなんですよ。行かないわけには行きませんよ」


 胃を押さえて小さくなるユージンの背中を撫でながらメアリはため息をついた。

 王位継承の儀も女神との契約の儀もつつがなく終わった。ほぼほぼ、つつがなく終わった。緊張やらなんやらで定期的にフリーズするユージンをガウンの裾を引っ張ったり視界に割り込んだりして正気に戻していたのはローブを纏ったサーシャだ。おかげでフードを深々と被ったガウン担当の介添え人は不審者扱いだ。

 そのサーシャはグレンヴィル大臣の娘であるヴィネットが連れて来た侍女と、彼女たちが運び込んだドレスで絶賛おめかし中だ。

 いや――。


「待たせたな、ユージン!」


 無事に終わったらしい。仕切りのカーテンを勢いよく開けたサーシャはバサッと銀髪を払うとあごをあげてフフン! と胸を張った。


「ううん、全然待ってない。む、むしろ……胃のキリキリが凄まじいからこ、このまま行かずに済めばいいのになって思ってた、とこ……だよ……」


「ならば、やはり待たせたな! 緊張や不安というのは実態がわからないからこそ感じるものだ。行ってみたらどうということもないもの。つまり、余がさっさと仕度を終えて、さっさと祝賀パーティに行った方がお前の胃も安全というわけだ!」


「そ、そういうもの……かな? 行かずに済むのが一番……」


「そういうものだ! さぁ、行くぞ!」


 言うなり颯爽と部屋を出ていくサーシャのあとを小走りでユージンが、続いてメアリがついていく。〝陛下〟の前を歩くというのはどうなんだろうと思ったメアリだったけれど前を歩く二人の背中を見ているうちにニコニコ顔になった。サーシャのあとを追いかけるユージンの足取りが軽く見えたからだ。


「ところで、サーシャ……あの、えっと……そのドレス……」


 ん? と笑顔で振り返るサーシャがまとっているのは淡いピンク色のドレスだ。春の花を思わせる愛らしいデザインのドレス。

 だけど――。


「な、なんていうか、その……今日はなんだか、いつもよりフリフリ、してる……というか……」


「なんだ、我が夫殿は布の面積少なめで体のラインがばっちり出ているドレスをご所望か」


「い、言い方……! だ、だって……ほら! サーシャが好んで着るのは……そ、そういうドレスだったじゃない」


「うむ、まあな」


 二人の会話を聞きながらメアリが思い浮かべたのは昨日、馬車から降りて来た時のサーシャの姿だ。肩も背中も大きく開いたマーメイドラインのドレスは細くしなやかなサーシャの容姿にもカラッとした性格にも似合っていて凛として美しいという印象だった。

 それに比べて今日、着ているドレスはハイネックで首元まで隠れているし、袖口もスカートの裾もふわっと広がった可愛らしいデザインだ。ウェスティア国で流行中のブランド、デザインのドレスだし似合っていないわけじゃないのだけど、サーシャの凛とした美しさを引き立てるのに最も適したドレスかというと首をかしげたくなる。


「だが、たまにはこういうのも良いだろう。こちらで流行っているドレスらしいし、郷に入っては郷に従えだ」


 マントのようにドレスのスカートを翻してサーシャはポーズを取ってみせた。ドレスは可愛いし、似合わなくはないのだけどやっぱりしっくり来ない。


「それに体の傷は隠しておいた方がいいととある令嬢にも、ドレスを選んでくれた侍女たちにも言われてな」


「そんなこと……サーシャは今まで気にしなかったし、こ、これからも……気にしなくていいのに。それに、僕は……その傷も……」


 はにかんで手をもじもじするユージンにくすりと笑って、しかし、サーシャは首を横に振った。


「そうもいかん。このウェスティア国はお前の生まれた国で、この先、お前が守っていく国だからな。土地にも人にも文化にも敬意を払いたい」


「で、でも……」


「なんだ、そんなに余はフリフリドレスが似合わぬか」


 珍しくしょんぼりと肩を落とすサーシャにユージンはハッと目を見開くと勢いよく首を横に振った。


「そ、そんなわけない! と……ととと、とっても似合ってる! 可愛い、です!」


「うむ! ならば可愛いドレスを着た余のことも思う存分、愛でると良い!」


 さっきまでのしょんぼりはなんだったのか。一瞬で立ち直って嬉しそうに胸を張るサーシャにユージンは目を丸くしたあと、くすくすと笑い声を漏らした。そう言えばこの幼馴染は時々、こういうイタズラを仕掛けて褒められようとするのだ。


「か、可愛いドレス姿のサーシャもす、好きだし……いつものドレス姿のサーシャもす、すす好きだし……傷があったってそれがサーシャで……だから、ぼ、僕は……!」


 だから、口下手なりに精一杯、幼馴染が望む以上の褒め言葉を贈ろうとしたのだけど――。


「どうした、ユージン。主役が遅れるわけにはいかないだろう。早く来い!」


 もじもじしているあいだにサーシャとの距離はユージンの声が届かないほどに開いてしまったらしい。顔を真っ赤にしたユージンが恐る恐る振り返るとすぐ後ろにはメアリがいた。

 そして――。


「本当、お若いっていいですわねぇ」


 にんまりにまにまと笑っていたのだった。


 ***


「ヒューズ公爵とそのご息女、ドロシー嬢です」


「よ、よろしく……お願いします」


「よろしく頼む!」


 ユージンの王位継承祝賀パーティは開始早々、ずらりと二列に並んだ貴族たちから一組ずつ挨拶を受けるという地獄のターンに突入していた。

 一段高いところに置かれたキンキラキンの王座に座るのはユージン。その隣に立つのは凛と背筋を伸ばしたサーシャだ。フリフリの可愛らしいドレスでも隠しきれないイケメンオーラに挨拶に来る人来る人、みんな、困惑の表情を浮かべた。

 貴族たちが娘を伴ってパーティに参加しているのは国王であるユージンに会わせるためだ。異国の踊り子を母に持つ卑しい王子でも今となっては国王。あわよくば目を掛けられ、正妃は無理でも側妃くらいにはなれないかと思っているからだ。あわよくば娘が王の子を産み、自身は王位継承者の祖父、次期国王の祖父となり権力を握れないかと思っているからだ。


「エルバ公爵とそのご息女、マデリーン嬢です」


「よ、よろしく……お願い、します」


 そういう思惑が透けて見えるものだからユージンはげんなりとした顔で、胃がキリキリするお腹をそっと押さえながら地獄のターンに耐えていた。

 そして――。


「うむ、よろしく頼む!」


 そういう思惑に全く気が付かないサーシャはユージンの隣に立って元気いっぱい、明るい笑顔を振りまいていた。


「妻の座が脅かされているって気が付いてますか、僕の奥さん」


「うむ? そうなのか、ユージン?」


「うん、そうだよね。サーシャには水面下の攻防なんて似合わないものね」


「よくわからんが……何か攻防が行われているというのなら全力で攻めの一手を打つぞ!」


「ううん、打たなくていい。今、繰り広げられてるのは……サーシャには似合わない戦い、だから」


 邪気のない笑顔を浮かべたまま首をかしげるサーシャを見上げ、ユージンは苦笑いで首を横に振った。その青い目がすーっと細く、鋭くなる。


「我が国の大臣を務めるグレンヴィル公爵とそのご息女、ヴィネット嬢です」


 このパーティ会場には令嬢たちのドレスが色とりどりの花のように咲き乱れている。その中でも一際、美しく咲き誇るヴィネットの姿に同性でありライバルであるはずの令嬢たちまでもが見惚れ、うっとりとしたため息をもらした。

 令嬢も、その父である貴族も、誰も彼もが正妃は無理だと考えている理由はサーシャという妻がユージンの横にいるからではない。〝完全無比の淑女〟――ヴィネット・スコット・グレンヴィルがいるからだ。

 会場の雰囲気を察したユージンは警戒するようにヴィネットとグレンヴィル公爵を見つめた。

 そして――。


「おぉ、ヴィネット嬢! そなたが余にドレスを貸してくれたという令嬢か! 手袋のことといいすっかり世話になったな、礼を言うぞ!」


「て、手袋……?」


 やっぱりそういう思惑にはまったく気が付いていないサーシャは元気いっぱい、明るい笑顔で言った。


「とんでもございません」


 対するヴィネットは砂糖菓子のように愛らしい微笑みで答えた。


「ウェスティア国公爵の娘としてオーリア国からの御客人・・・のために心を尽くし、おもてなしするのは当然のこと。我が国の国王となられたユージン様の御友人・・・ならば尚のことです」


 愛らしい笑顔の下に忍ばせた、しかし、隠す気のない棘にユージンはヴィネットを見つめて首をすくめた。


「この国の流行りもだが、余はドレスや装飾品といった類いの流行りには疎くてな。そなたの侍女たちにもずいぶんと良くしてもらった。彼女たちにも礼を言っておいてくれ。ありがとう」


 対するサーシャはやっぱりニコニコ顔だ。ウェスティア国国王の正妃としてはもちろんのこと、ユージンの妻としても認めないと直球で告げたのに、である。気が付いた上で笑顔で受け流しているのか、全く気が付いていないのか。


「……もったいない、お言葉です」


 戸惑っているようすのヴィネットを見てユージンは苦笑いした。正解は全く気が付いていない、だ。


「ヴィ……ヴィネット嬢、僕からもお礼を言います。僕の妻に素敵なドレスをか、貸してくれて……ありがとう、ございます。これから、彼女を助けてあげてください」


 〝御友人〟と呼んだサーシャを〝僕の妻〟と言い直し、〝これから〟ではなく〝これから〟と敢えて言ったことに気が付いてヴィネットはユージンの顔を見上げると静かに微笑んだ。ユージンの方もヴィネットが気が付いたことを察してぎこちないながらも微笑みを返した。

 父であるグレンヴィル公爵が一言二言当たり障りのない挨拶したあと、二人はユージンとサーシャの前から退出した。


「穏便にすませられないかと思っておりましたが……難しそうですね」


 ユージンに背中を向けるなりヴィネットは父に囁いた。


「お父様の計画通りに。この国のため、民のため。わたくしはお父様のご指示に従います」

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