その記憶、お預かりします。  1

花崎つつじ

第1話 はじめまして

 日本が誇る大都会の中心にある、オタク御用達グッズショップ。今日も様々な特設ブースが設置され、グッズに惹かれたオタク達が推しに限界を越えて金を落としていく。そんないつもの風景の中で今日は特殊な『イベント』が繰り広げられている。


「お客様方…どうなさいました?」


 店員が困惑するのも当然である。真っ黒のアイドル衣装に身を包み、真っ赤な舌を出しておどけているvtuber『赤星うらら』のエイプリルフール特別アクリルキーホルダーを手にした女が、土下座している男を見おろしている。


「いやぁそれが、私にも分からないのだよ。今急に土下座をしてきたんだ」


女のハスキーボイスが頭上から降ってくる。実のところ蓮斗にもよくわかっていない。ただ、推しのイベントグッズを買いにきて、最後のアクキーを手にとっている女を見つけた瞬間、自慢の長身を折り曲げ、土足が連れてきた土埃と雑菌まみれの白い床に額を擦り付けていたのだ。汚いとか惨めだとか後からいろいろ思うことはあるがそんな感情はニートになったときに既に捨てている。今の蓮斗はただ、欲望のために生きるのみである。


「赤星を僕にくださいっ!」

「お客様、大きい声を出されると他のお客様のご迷惑になりますので…」

「ふむ、娘を寄越せと迫られた父親の気分だ、ここでこんな経験をするとは思わなかった」


蓮斗が顔を上げると、淡い緑のロングスカートを丁寧に折りしゃがみこんだ女が蓮斗の顔の前でアクキーをひらひらさせている。外袋の中のアクキーがカシャカシャと音を立てる。


「これが欲しいんだね?」

「ゆ、譲っていただけるならなんでもします」


蓮斗の言葉に、女は空いている手を口元に添え考えるような仕草をする。女が無駄な動きをするたびに、長い黒髪が肩から零れ落ちていく。


「三回まわってワンと鳴いてごらん」


ゲームか小説でしか聞いたことの無いような発言に蓮斗の思考が止まり、その瞬間蓮斗の視線は女の胸に集中した。作り物のように白い肌、華奢な手首、艶やかな長髪、そして全世界の女性を敵に回しそうな美しい顔、思考回路が吹き飛んでもなお泳ぎ続ける目線はものの数秒で女の全てを捉えた。もちろん、蓮斗からすれば赤星うららにはまったく敵わないのだが、まるで魔女の屋敷に棲む黒猫のようなその女の魔力にあてられ、蓮斗はその場に立ち上がり高速で左に三回転し、女の方に向き直る。


「ワンッ!」「うわっ…」


とっくに蚊帳の外状態の店員もさすがに気味悪がって声を出す。


「ふむ…ではもう一つ」


女がずいっと顔を近づけてくる。女が纏ういい匂いが顔にかかり気を失いそうになる。一八〇センチはある蓮斗だが、女の顔は蓮斗の顔のすぐ近くまで迫ってくる。一七〇とちょっとはある気がする。女の柔らかな胸が体に密着する。


「ち、近」「オムライスは作れるかい?」

「は?」


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