第54話 怒りと哀しみ

父にされた数々の嫌な事を思い出して

とても腹が立って来た。

この一年、父の良い所ばかり思い出してしまい

辛くなる事が多かった。

珍しく悪い面を思い出して怒りに駆られてみると

怒りの方が、哀しみよりもずっと制御し易いと感じた。 良い時は決して戻って来ない。

懐かしさにかまけていると、辛くて前に進めなくなる。腹が立って「あのアホが」と思う方が

「あの時は本当に嫌だったな」って事も

たまに思い出した方が、心の負担が小さくなるのを

発見した。

「なぜ兄ではなくお前がここにいるんだ」と言われた。父自身も末子で、

嫌な思いを沢山して来ただろうに

長兄を重んじる気持ちが根強いんだな と思った。

しかし、認知症の症状が出て来るまでは

父にそんな事を言われた事は、一度もなかった。

そういう空気があるのは私も感じていて

でしゃばる事もまた、して来なかったが。

父が倒れた時、兄も姉も忙しく仕事を休むのが難しかったので、休める私が病院に行った時の事だった。

しかし、男の先生が説明してくれた時は

父は大人しく聞いていた。

手に追えなかったのは、看護師さんが私に向かって

説明していた時だった。「どうしてお前に話すんだ」

父は、認知症特有のしつこさで言い続けた。

母もいたので「あの、母に向かって話してもらえますか。私も聞こえてるから大丈夫です」と看護師さんにお願いした。

まぁお医者や看護師さんは、話してわかりそうな人に向かって話すのでね、彼らは忙しいから、出来るだけ早く話を切り上げるために、自然とそうなってしまうんだろう。「なぜそうなっているのか」を理解する力はその時の父には、もう残ってはいなかった。

あるのは「こうじゃなきゃいけない」という強い思い込みと、「思い通りにならない」事へのフラストレーションだけだった。

目の前で起きている事が どうして起きているのか

きちんと観察して理解しよう。

父は元々、そういう人ではなかった。

確かめる事をせず、思い込みで色々な事を判断していた。年を取るごとに、悪い所は段々強くなって行った様に思う。

自分も確かめるのは得意ではない。

ただ、兄姉よりはいつも1テンポ遅れるため

その一瞬で情報量が増える。

何かを決めてしまう前に一度止まって、少し考える。

いつもボーっとしている私には

時々怒って、アドレナリンが出た方が良いんだ。

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