15【相変わらず趣味の悪い女だな】



 ぷぎゃっ、場面に合わない気の抜けた双羽の声は、ナチャの糸をナニかで弾いた反動により尻もちをついた際に出た声だ。

 キョトン、と、双羽はナチャを見上げた。


「お、面白いですの。貴女、何者ですの?」

「わ、私は、ただの中学生です!」


 ナチャは目線を合わせ、怯える双羽の唇を指でなぞる。そのまま、喉元、肩、胸元へと指を這わせ、頬を紅潮させた。


「とても興味深いですの〜。絹のように滑らかな白い肌、発育途上の未熟なカラダ、宝石のような、その瞳……」

「ふえぇ……」


 先程までの威勢は何処へ、とはいえ、仕方ないだろう。つい最近までランドセルを背負っていた、ただの女子中学生が、邪神に恐怖を抱かないはずはないのだ。

 本来なら、そうあるべきなのだ。


「くっふふ、やっぱり二人とも、わたくしのコレクションにしますの〜! 異論は認めないですの。でもでも、わたくしはこれからコンサートがありますの。だから、二人は先に、わたくしの棲家へ送りますの〜。そこで、ルルイエが狂気に満ちるのを待っていてほしい、ですの」


 糸が二人を絡めとる。身動きが制限されていく中、双羽はクティを庇うよいに抱きしめた。

「ふたはちゃん……」

「だ、だだだ、大丈夫ですっ! きっと、皆んなが来てくれます!」

 細く華奢な身体は震えている。糸は徐々に二人を拘束していく。


「ああ、素敵ですの! 抱き合い傷を舐め合う弱者のオブジェ。とてもいいコレクションになりそうですの〜!」


「相変わらず趣味の悪い女だな! 貴様は!」

「ですの⁉︎」


 お気に入りのオブジェがナチャの視界から消える。奪って行ったのは、刺股に跨る這いよる混沌成瀬さんとブチョー、そして、ショゴスちゃんらしきモノたちだった。

 肉片だったショゴスちゃんも、なんとか一つの塊、例えるならスライムみたいな形状でブチョーの頭にしがみついている。ブチョーは持ち前の力で糸に絡め取られつつあった双羽とクティを掴み救出したのだ。


「ああっ、わたくしのコレクション!」

「喧しいわ! ブチョー、ここは一旦退くぞ」

「どすこい!」

「ね、姐さん! それじゃルルイエが!」クティは声を荒げる。しかし、それを成瀬さんは冷静に嗜める。

「今のお主に何が出来る。それに、我も力を使い過ぎた。トウガの奴が追いついて来たら、それこそゲームオーバーだ」

「そんな……!」


 成瀬さんは急旋回し会場を飛び出す。

 ナチャがブチ切れているが、それは無視してルルイエを脱出、そのままゲートを開き人間界へと離脱した。

 こうしてルルイエでの戦いは、成瀬さん以外が完全敗北という形で幕を閉じた。




 数日後。


「おーい、クティ。お主、いつまでしょぼくれておる? もう三日も部屋に閉じこもっておるではないか」

「……」

「はぁ、まったく、仕方ない奴だなぁ。ほれ、ここに夕飯、置いておくからな」


 クティの部屋の前に、双羽の用意した回鍋肉定食を置いて、やれやれと自室へ戻る成瀬さんは、お風呂上がりなのか髪をおろしている。それはさておき、クティ。彼女の心の傷は中々に大きいものだった。

 あの日、人間界へ離脱したあと、すぐに部屋に閉じこもり今に至るわけだ。


「しかし、生ける炎……奴は過激派邪神ではあるが、徒党を組んで行動するのは珍しい。我への執着で動いていたというよりは、たまたま我に出くわした感じでもあった。奴が動く理由……やはり、クトゥルフの目覚めが目的か、うーむ、どうにも解せん」


 小さなお布団に入り、天井を見つめながら独り言を呟く成瀬さん。こうしている間にも、ルルイエは狂気に染まっていく。

 それは即ち、再び邪神の時代が来るということ。今、現在、我が物顔で地球の支配者面をしている人間の時代が終わるということだ。

 人間界での生活を気に入っている成瀬さんにとっては、あまり好ましい話ではない。


「一度、アザ坊の元へでも行くか。あまり放置すると寂しい思いをさせてしまうしな」


 成瀬さんはすっくと立ち上がり、刺股を召喚する。それを窓に突き立てると、時計回りに半回転、鍵を開けるように回す。

 カチ、と、音が鳴ると、そこにゲートが現れた。成瀬さんは、そのゲートを潜り部屋を後にするのであった。



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