14【綺麗な髪、ですの】


 爆煙が立ちこめる。周囲には魚のヒトたちがワラワラと集まってくる。何事だ、と、言わんばかりの表情で。

 徐々に視界は晴れていく。そこへ転がるように帰って来たブチョーは絶句した。


「そ、そんな……」


 そこに飛び散るモノは、恐らくショゴスちゃんだったモノ。蒼白い肉片らしきモノと、衣服の燃えカスに言葉を失ったブチョーは咄嗟にその肉片をかき集めた。


「退けよ、デブのにーちゃん。そいつはまだ死んでねぇ。ショゴス種は欠片の全てを消さない限り復活する。一緒に消されたくなかったら、そこを退け」


 少年は鋭い眼光のまま、一歩、また一歩、徐々に、しかし確実に、距離を詰める。

 肉が微動する。かき集めたショゴスちゃんの欠片を守るように仁王立ちを決め込んだブチョーは両手を広げ構える。


「なんだよ……オレ様は機嫌が悪いんだ。退かねぇと、本当にやっちまうぞ?」

「ど、ど、どすこい退かない! どんどこどん!」

「退けって言ってんだ!」

「い、いいい嫌だぁ! ぶっふん!」

「退かねぇと、人間のにーちゃん、死んじまうぞ?」

「ふぐぬぬ……き、君みたいな子供が、こ、こここ、こけこっ、こんなことっ、しちゃ駄目だ! なぜ君は、こんなことを?」

「な、なんでだよ……こ、こわくねぇのかよ! 退けよ!」

「こわい! こわすぎて、肉が震えているよ……! けど、退かないっ!」


 試作品の少年は左手を前に突き出し、手のひらを銃口のごとく変化させる。

 ドン! と、鳴ると同時にそこから弾が撃ち出された。ドン、ドン、何発も、何発も、ソレはブチョーの肉厚な身体にめり込むほどの威力で、腕を、脚を、腹を、嬲るように殴打する。


「ぶふぉっ……ど、退か、ないぃ!」約束したんだ、大穹さんと! 歯を食いしばりめり込んだ弾丸を弾き返す肉の塊ブチョー。流石にこれには驚いたのか、反射的に距離を取る試作品。

 その瞬間、


「少し眠っておれ」


 ポコーーン! という軽い打撃音は、追いついてきた成瀬さんの刺股が試作品の頭を叩く音だった。不意を突かれた少年はコテンと呆気なく倒れる。


「よく頑張ったではないか、その肉片は一つにまとめて大事に持っておれ」

「成瀬さん! と、いうことは、あの半裸の人は!」

「いや、奴はすぐに復活するだろう。双羽は一人で突入したのだろう? まずは我々も会場へ向かうべきだろうな」

「どすこい!」


 二人は双羽のいるコンサート会場へ向かった。




 一方、コンサート会場では、クティのコンサートが開始していた。彼女のパフォーマンスは深きモノたちを熱狂させる。

 しかし、それも束の間、会場は暗転する。


 ——歌声が聴こえる——


「……⁉︎」


 美しくも、鋭い、狂気の、歌声——それは、一瞬にして会場の空気を変える。

 スポットライトは、立ち尽くすクティを照らした。観客たちは虚な目でクティを見る。


 ——歌声は続く——


 深きモノどもが、舞台へよじ登る。バックバンドも裏方も、皆が観客たちに取り押さえられ、遂にはクティまでも羽交締めの状態となった。

 駆けつけようとする双羽は観客たちに阻まれ中々思うように進めないでいた。


 動きを封じられたクティの前に現れたのは、アトラック=ナチャ、狂気を撒く黒き歌姫。

 蜘蛛を彷彿とさせる奇抜な髪、真っ黒なドレス、見た目はかなり幼いが、その歌声は完成されている。長い前髪は漆黒を漂わす妖美な瞳を隠すほど長く、彼女がヒラヒラと動く度、チラリ、チラリと見え隠れする。

 ナチャはクティを見上げ、クスクスと無邪気に笑う。


「ルルイエの歌姫は、今この瞬間に終わりを迎えますの〜! これからは狂気の時代、このようなキラキラした衣装なんて、いりません、ですの!」


 クティの衣装は無惨に切り裂かれる。会場からは心ない声が聞こえてくる。もっとやれ、やっちまえ、と。狂気が満ちる。

 クティは下唇をかみナチャを睨みつけるが、それは彼女を悦ばせるだけである。


「うふふ、綺麗な髪、ですの」

「……え?」


 ザン——


 鏡のような、綺麗な薄蒼色の髪が舞台に落ちる。クティは自らの足元に散らばる髪を見て言葉を失う。涙が、溢れる。

 ずっと、ずっと伸ばしてきた髪だった。自慢の髪だった。自信の糧だった。

 ナチャは落ちた髪を踏み躙り上目遣いでクティを見上げる。破れた服の隙間から、手を差し入れ、その柔肌を指先でなぞる。


「綺麗な身体、ですの。これも、壊していいのかしら、ですの〜」

「……パパ様ぁ……」勝ち気なクティの涙は止まらない。ポロポロと頬をつたう。

「わたくしの新居の完成には、クトゥルフの目覚めが不可欠、本来の力を取り戻せば、きっと素敵な新居が出来ますの」

 ナチャの身体から伸びる無数の糸がクティを縛りあげていく。

「新居の壁に、生きたままの姫さまを飾るのも素敵ですの。ん〜、逃げられないように、手脚はもいでおくべきかしら、ですの。けれども、そのままの姿で吊るしておきたいですの〜、ん〜、そうですの! 杭で打ちつけるのは? それとも、それとも」


 恐怖、それはクティの心を抉る、


「……ふたは、ちゃ……す、け……」


 希望、それはクティの心を


「クティちゃんを、はなしなさい!」


 その光は、彼女の心を、ギリギリのところで繋ぎ止めた。しかし、同時に、彼女への心配が胸を裂くように押し寄せる。

 現れたのは、ただの女子中学生、大穹双羽だった。双羽は頭の立派なアホ毛をぴょこつかせながら、無駄にドヤ顔で腰に手を当て、ピンと胸を張る。勿論、胸は微塵も揺れない。


「……何者、ですの?」

「私はクティちゃんの友達です!」

「あら、そうですの。そのお友達が何の用ですの?」

「クティちゃんをはなしてください!」

「ん〜、いいですわよ」

「え? いいんですか?」

「ですの。その代わり、貴女を部屋に飾ることにします、ですの」


「駄目っ、双羽ちゃ、に、逃げてー!」クティの決死の叫びも虚しく、ナチャの魔の手は双羽に伸びる。鋭利に尖った糸が、双羽の胸を貫いた。かに見えた、が、


「きゃっ」


 衝撃と共に双羽は尻もちをつく。糸はナニかに弾かれる。


「ど、どうなってますの? ありえません、ですの!」

「……い、生きてます、ね」


 この上ないほどのキョトン顔で、双羽は言った。





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