04【バラすでないわ!】
唐突に、夢咲町には某邪神が独り淋しく経営する、カラオケボックス【暴風域】という店がある。並の人間には到底見つけられない次元の裏側にある店は土曜日のみ開店している。
そこへやって来たのは、数日前カラオケに行くことを約束していた成瀬さんとクティ、誘われて来た大穹双羽と神話生物ショゴスちゃん、そしてただの人間のブチョーの五人だった。
「フリータイム、ドリンクバー付き五人で頼む。機種は神域サウンドEXで」成瀬さんは慣れた口調で、黄色いフードの怪しい仮面店員に言った。
「おお、ナルラト殿で御座るか。今日は独り淋しくではないで御座るか? 珍しいこともあるで御座るなぁ〜」
仮面の男が言うと、成瀬さんは顔を真っ赤にした。
「ええーい、しれっと一人カラオケしてることをバラすでないわ!」
頬を膨らませながら差し出した会員カードはスタンプで埋まっている。
それを見た双羽は、瞳をキラキラさせた。
「成瀬さん、結構な頻度で来てますね!」
「よ、よよ、良いではないか! 邪神にもストレス発散は必要なんだ! い、いいからドリンクバーのグラスを持って部屋へ行くぞ!」
そして五時間後、フリータイムを歌い尽くした五人は意気投合していた。
「こ、こんなに歌ったのは初めてだよ、ぜぇ、はぁ」心なしか痩せたブチョーは満足気に肉を震わせる。少し前までは、——双羽に出会うまでは想像も出来なかった邪神やショゴスとの交流は、ブチョーにとって有意義な時間だった。
「姐さん、色々アドバイスありがとね。参考になったわ! あとは自分らしく、真っ向から勝負してみる」
どこか吹っ切れたクティの澄んだ蒼髪が夕焼けの空を泳ぐ。長い髪は鏡のように夢咲の空を映し込んでいる。前向きな言葉とは裏腹に、やはり少しばかり不安が隠しきれていないクティを元気付けるように双羽は笑顔を見せた。
「きっと大丈夫ですよ、クティちゃん! クティちゃんの歌、本当に平和への気持ちがこもっているって感じました。だから、きっと大丈夫です! コンサート、頑張ってください!」
「うん、ありがと双羽ちゃん。アタシ、頑張るわ! それと、これ」
「これは?」
「コンサート当日のチケットよ。四人分用意したわ。えっと、だから、その……」言葉に詰まったクティに双羽は言った。
「はい、絶対に観に行きますね!」
「うん!」
こうして、ごく普通の女子中学生と邪神の歌姫との間に新たな絆が生まれた。
「ショゴスも逝く!」
「ありがと、ショゴスちゃん。ルルイエは素敵なところよ。前日から泊まれるように、宿泊施設も用意しておくわね。その辺りのことは、また姐さん、成瀬さんに連絡しておくわね」
クティはショゴスちゃんの頭を撫でる。ショゴスちゃんは「テケリ・リ〜」と嬉しそうな表情を浮かべている。
「では、やはり戻るのだな、ルルイエに」
成瀬さんの問いに、「そうね、色々ありがとう。向こうにいるアタシのマネージャーさんやバックバンドのことも気になるし、何より心配してるだろうし一度帰らないとね」と、クティは答える。その表情は、先ほどより晴れた表情だった。
「ルルイエまでの道のりは我に任せてくれれば大丈夫だ、責任を持って皆を引率する」
「お願いね、ナルラト姐さん」
「うむ」
こうして、ルルイエの歌姫、クティは夢咲町を発った。コンサートの日、ルルイエでまた会うことを約束して。
コンサート当日は人間界でいうゴールデンウィークにあたる。
それまで、暫しのお別れだ。
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