03【秘密の共有、キター!】
あれから数日が経過した。
あの日から、ロイヤルシャトーカピバラには新たな入居者が追加された。ルルイエのお姫様クティである。事情があって成瀬さんを頼りにやって来た姫君は「次のコンサートは絶対に成功させるわ……!」と意気込む。
その姿を立派なまつ毛の左目で、じっと見つめていた成瀬さんは訝しげな表情で言った。
「お主のコンサートなら毎回成功しておるではないか。現に、ルルイエの住人も相当穏やかになっていると聞くが」
二◯三号室のベランダで洗濯物を干すクティに、隣の先住邪神は疑問を投げかける。それもそのはず、数千年前までは存在すら隠蔽されていたクトゥルフの娘クティは、その存在をルルイエで正式に公表し、平和の歌姫として多くのファンを獲得し、今やルルイエの一大スターへと成長したわけで。
だから、成瀬さんにはクティの切羽詰まった言動が理解出来なかった。
「アタシってさ、かわいいしスタイルも抜群だけど、歌はまぁ、普通でしょ?」
「まぁ下手だわな」
「む……でも、確かにそうよ、アタシは歌唱力はイマイチよ。それでも今までは上手くやってきたわ。ファンサービスだって積極的にやってきたわけだし……」
「お主の人気は、クトゥルフの娘というネームバリューも相まっての人気でもあるからな。しかしそれがあれば歌唱力など気にせずとも、やっていけるだろう?」
成瀬さんは干していた下着を取り込みながら言った。隣でやけにデカい下着を干しながら答えるのはクティだ。
「負けられない相手が……いるのよ。それに、これを見て」
クティの話によると、その相手は突然現れたとのこと。その存在はクティ一択だったルルイエの音楽情勢を一夜にしてひっくり返したと。
そして、その歌を聞いたルルイエの住人たちが、狂気を取り戻しつつあると。
クティの差し出した手紙、もとい、脅迫状の内容は、確かに身の危険を感じるほどのものだ。それでここ、人間界まで逃げて来たのだと、成瀬さんは色々と納得した表情を見せた。
「……なるほど」それで次のコンサートまで匿ってくれと、と、成瀬さんは自らの下着とクティの下着を見比べながら「負けられない戦いか」と溢す。
春風がフワリと吹くと、前髪に隠れていた右目が一瞬露わになる。
「最近、過激派の邪神が増えて来てるのは、それが原因かも知れんな」
成瀬さんは人間界での生活を気に入っていた。なので、クティの目指す争いのない世界も悪くないと思っている。そういった点でも、クトゥルフよりもクティと話が合う。
「お願いナルラト姐さん、アタシに歌を教えて。姐さん、歌上手かったわよね?」
「ま、お主よりはな……ならばこうしよう。次の土曜日、明後日だな、その日に双羽たちを誘ってカラオケにでも行くか。まずは、現状のお主の実力を見定めたいしな」
「からあげ?」
「カラオケな」
「いいわよ、アタシの美声を聴かせてあげる。と、それはさておき、お昼は唐揚げにしようよ、姐さん!」
「おー、悪くないな。夢咲モールのフードコートに唐揚げ専門店がある。価格もリーズナブルで常時金欠の邪神にも優しい店だ。あ、あと、ここでは我のことは、成瀬さんと呼ぶこと」
「おっけー成瀬さん! あ、でもアタシこっちのお金ないから奢りでお願いしまーす」
「おのれ、謀ったな……ぐぬぬ」
さておき、こちらは夢咲中等学園の旧校舎の一室。そこには、昼食を食べるオカルト研究部部長ことブチョーと新入部員の双羽の姿があった。
「大穹さん、別にこんなところでご飯食べなくても、友達と食べてくれば……」
「ブチョーは! 私がいたら迷惑、ですか?」
「あ、いや、そんなことは!」寧ろ嬉しいって言うか、と聞こえないくらいの声で言ったブチョーは、美味しそうにパンを頬張る双羽を見て頬を赤らめる。
「ブチョー、ブチョー! 昨日UFO見ました? 裏山の上に来てましたよ!」
「マジか!」
「まじです! まぁよく来てるんですけどね」
「そうなの⁉︎」
「あっ、あと、河童ってかっぱ巻きが好きなんですよ、この前一緒に食べたんですよ〜」
「あの書き込みも大穹さんだったのか……」
悪戯に笑う双羽の斜め上を行く話題に、今までの自分の頑張りは何だったのか感に苛まれるブチョーだった。
「そう言えばブチョー、知ってますか? 裏山の神社」唐突に話題をふる双羽。
「裏山の神社?」
「はいっ! 夢咲記念公園より奥に入っていくと舗装されていない山道になるのですが、その先に行けば小さな神社があるんです。狐さんを祀っているみたいで、たまに、キュッキュキュウ〜って聞こえてくるとか、来ないとか」
「え、何それこわいんだけど」
「と、そんな些細なことはいいんです」
「些細なこと?」
「その更に先へ行けば、山のてっぺんとはいきませんが、それでもすごく見晴らしのいい小さな公園があるんです!」
ブチョーは全身の肉を震わせながら、ぶふぉっと唸る。ブチョー自身、オカルトに興味があるのもあり、未知の領域への関心は非常に大きいのだ。双羽の言う、山奥の神社や公園にも俄然興味がわくわけで、肉を震わせずにはいられないのだ。
「今日の部活は、そこへ案内してあげます! 私の、秘密の場所なんですよ?」
思わせぶりな双羽の言葉に、全肉が超振動を起こしたブチョーは思わず叫んだ。
「秘密の共有、キター!」
放課後、二人は約束通り裏山へ向かった。道中の自販機でカピ汁ソーダを購入し鞄に忍ばせた双羽とブチョーは、道なき
身体の大きなブチョーは木の枝まみれになりながら、軽快に前を進む双羽を追った。
そして、視界が晴れる。
「……どすこい……!」
思わず溢れたどすこいはさておき、眼前に広がる絶景は至高だった。言葉を失っているブチョーの前でくるりと振り返った双羽。
夢咲の全景を背に微笑む双羽に見惚れながら、ブチョーは息をのんだ。
「私、変な生きものが大好きで、だからでしょうか、いっぱい集まって来るんです。信じられないかも知れませんが、堕天使さんや悪魔も、UMAも、それに邪神や神話の中の生きものも、いっぱい集まって来るんです」
「堕天使……邪神……!」
「やっぱり、変、ですよね? こんな変な話、誰も……」
「……信じる……おいどんは、信じる……」
だって、こんなに綺麗な笑顔の子が、嘘なんてつかないよ、——言葉には出せなかったが、ブチョーは心から彼女の言葉を信じた。
「えへへ、ありがとうございます。入部して良かった……こんな話、誰もまともに聞いてくれないので、ブチョーが信じてくれて嬉しいです」そう言って悪戯に八重歯を見せる双羽は、買ってきたカピ汁ソーダの栓を開けようとする。しかし上手く開かない。カピ汁ソーダを販売しているカピバラ飲料の缶は開栓に難ありというのは地元の常識で、運悪くハズレに当たると女子の力ではどうにもならない。
ブチョーは見かねて双羽のカピ汁ソーダを開けて手渡した。
「おおお、力持ちですね! パワー!」
「それしか取り柄ないからね」
夢咲を一望しながら飲むカピ汁ソーダは、何ものにも変え難い至福の味、なのか、それは二人にしかわからないが、夕陽を背にカピ汁ソーダを一気飲みする二人の表情を見れば、何となく察しはつく。
敢えてここでは、こう表現しよう。
青春の味、と。
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