54.忘れていた存在
「――い、いかんっ!」
エクエスは、アルゼがチャンスだと攻撃を仕掛けようと踏み出した瞬間、
それはアルゼが駆けつける前、アルゼと同様に《ドラゴンブレス》によって大量の死者を出した後、ようやく攻撃を仕掛けようとしたときのことだ。
エクエスの掛け声と同時に多くの兵士が突撃をすると、エンシェントドラゴンはその巨体をぐるりと回転させ、尻尾で多くの兵士たちを薙ぎ払ったのだった。
これにより、その範囲にいた者のほとんどは即死し、運よく残った者もとても戦える状態ではなかった。
――くっ、またしても……!
エクエスは自分の不甲斐なさを呪った。
多くの兵士を犠牲にしたというのに、今度は貴重な《剣聖》さえも失ってしまったのだ。
「すまない、アルゼよ……」
エンシェントドラゴンに吹っ飛ばされたアルゼは、壁にぶつかって瓦礫に埋もれてしまってここからは様子が見えない。
だがいくら《剣聖》といえど、身体まで丈夫になったわけではないから生きている望みは薄いだろうと、エクエスは絞り出すように小さくアルゼに謝った。
「死んでしまった者たちよ……私もすぐにそちらに行くことになるだろう。それまでは、この身が壊れるまでここに立つことを約束しよう」
エクエスの役目は、このエンシェントドラゴンを討伐、あるいは王都から追い払うことだ。
だがそのどちらも、エンシェントドラゴンの力を知った今、アルゼという《剣聖》も失い、とても無理だと悟っていた。
アルゼの言っていたエンシェントドラゴンを惑わす香というものが本当であれば少しは可能性がありそうだが、今の状況では何とも言えず、希望的観測にすぎないと考えていた。
そのため、少しでも王都にいる民を逃がすために時間を稼ぐことこそが自身の使命であると定めたのだった。
「さぁ、来い! この《聖騎士》エクエスが相手になってやるぞ!!」
「グオオオオォォォォォ――ッ!!!」
たった1人のエクエスの戦いが始まったのだった。
◆◇◆
身体が重い――。
目を覚ました俺は、自分の身体がまったく動かないことに気づいた。
視界も真っ暗で、息はできるが身体の上になにか乗っているようで、動かすことができなかった。
「あ、あー……」
声は問題なく出た。痛みは多少あったが感覚がないわけではないし、今の状態を冷静に見ることはできた。
――えーと、たしか俺は……あぁ、そうだ!
俺はなぜこうなっているかを思い出した。
「エクエスさんと一緒にエンシェントドラゴンと戦ってて……そうだ、尻尾だ! あの尻尾に吹っ飛ばされたんだ」
その時の衝撃のせいか一瞬記憶を失っていたんだろう。ようやく思い出した俺は、ふと疑問に思う。
「ってことは、ここは壁にでもぶち当たって瓦礫の中か? ――あれ、なんで生きてるんだ?」
あのエンシェントドラゴンの尻尾攻撃は、1度エクエスさんが受け止めていたのを見ている。
その時、俺はもしこれが自分に当たったら一撃死だなと悟ったくらいの威力だった。
それをまともに食らって生きてる今が不思議でならなかった。
「無意識に《頑丈》を使ってたか? いやでもあの程度のスキルじゃなぁ……」
《頑丈》は防御力を上げてくれるが、エンシェントドラゴンの攻撃はそんな程度でどうこうなるレベルではなかったように思えた。
「それに、俺はたしか《咆哮》も使ってたしな。いくら《頑丈》を使ってたとしてもトントンだろうし」
《咆哮》は攻撃力を上げる代わりに防御力を下げるので、《頑丈》を使ったところで実際はたいして防御力が上がらないはずだ。
そこで俺は自分の着ている服が瓦礫に引っ張られ「あっ」と気づく。
「あー、これか! 『不死のローブ』のおかげか!」
俺はすっかり存在を忘れていたローブの端を掴んだ。
『不死のローブ』は、ダンジョン『不死の宵闇』で最後のボスであるレイスを倒したときにドロップしたものだ。これにはある特殊な力があった。
それが『1度だけ致命的な死を防ぐ』だ。
「そういえばそんなこと鑑定してくれた人が言ってたなぁ。いざというときのために着てたけど、そんな場面も起きなかったし、もうすっかり忘れてた」
だが、どうやらこれのおかげで俺は命を救われたようだ。
エンシェントドラゴンのあの攻撃は、間違いなく俺に致命的な死を与えるだろうから、それを防いでくれてはずだ。
「だけど……もう防げないってことだな」
1度だけということは、2度目はないということ。
元々、ローブのことを忘れていたので今更という気がしないでもないが、1度こんなことがあった以上は今までよりも気を付けて戦わなければいけないだろう。
「あれからどれぐらい経ったかわからないが、エクエスさんならまだ戦ってるかもしれないな。急いでここから脱出しよう」
身動きがまったくといっていいほど取れないので、俺は《剛力》を使い、身体を動かしてみる。
「ふぎぎぎぎ……っ!」
カッコよく瓦礫を吹き飛ばすなんてことはできないが、少しずつ動かすことはできそうだった。
「――ふぅー……」
ようやくといった思いで瓦礫の山から頭を出すと、
「エクエスさん……!」
傷だらけになりながらも、未だエンシェントドラゴンの前に立ち続ける1人の男の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます