46.舌戦

「ぐ、が……ッ、雌奴隷の分際でふざけやがって……ッ!!」


 壁に打ち付けられたルイの頭からは血が流れており、鬼のような形相でメルを睨みつけた。

 《剣聖》によって剣術の腕は上がってるようだが、身体が強くなってるわけではないので、相当なダメージを負ってるようだった。


「ルイ、いい加減目を覚ませ! お前が強くなったのは認めるけど、俺たち2人相手にするのはキツいんじゃないか? もう、終わりにしよう」


「黙れッ!! この程度で俺を倒せると思うなよ……ッ」


 俺が諭そうとするも、ルイはまったく聞く様子もなく、立ち上がって再び剣を構えた。まだ、諦める気はなさそうだ。


「殺してやる……お前もその女も……」


 ルイの目は完全に殺意に染まっており、その姿は昔を知ってる俺には少し胸にくるものがあった。


「……なぁ、何でそこまでして俺を殺したいんだ?」


「はぁ? お前、本当に馬鹿か? さっきから何度も言ってるだろうがッ! お前の存在が――」


「そうじゃなくて! 少なくても、昔の俺たちはこんな関係じゃなかっただろうが! 仲がすごくいいわけではなかったかもしれないけど、普通の兄弟だったはずだ。いくら家のためとはいえ、少しは躊躇することはないのかよ!?」


 俺は、どうしても真意を確かめたかったのだ。

 ルイも父親も、長い年月をともにした血の繋がった肉親を、なんでそんなに簡単に殺そうとしているのかが俺には意味不明だった。


「躊躇……? ハッ! そんなものあるわけないだろうが! 貴族社会は長男が優先されるし、お前が『特殊スキル』を手に入れたせいで俺の未来なんてなかったからな。スキルがまだ有用じゃなければ俺にもまだチャンスはあったが、あの時は本当に焦ったぜ。まぁ、結果的にはお前を追い出して俺が跡を継げることになったけどな」


「……それで家の面子のためだけに、俺を殺そうってなるのが俺には信じられない。お前だけじゃなくて父上もだ」


「貴族であるならばどの家でもそんなものだろうが。誰だって自分が家を継ぎたいし、後に生まれた者は先に生まれた者を疎ましく思うのがなんだよ。いい加減、お前が異質だと気付け」


 前世の記憶が強く残っているせいなのかもしれないが、俺は利益優先でそこまで非情になんてなれない。


「そうか……お前の言い分はわかった。きっと、俺とお前とはわかりあえないんだろうな」


「ようやくわかったか。お前みたいなクソな考えをしている貴族のほうがおかしいんだよ。理解したなら黙って俺に殺されろ。それが嫌なら自分で死んでくれてもいいぞ? ハッハッハ!」


 ルイは馬鹿にしたように大きく笑った。


「――うるっさいわね。その耳障りな口を閉じなさいよ」


「レティア!!」


「レティア様!」


 さっきまで地面に横になっていたレティアはいつのまにか身体を起こしていた。

 まだ本調子ではなさそうだったが、俺は無事に意識を取り戻したことに安堵した。


「……耳障りだって? 婚約者に対してそれはないんじゃないか? レティア」


「はぁ……このやり取りもう何回目よ。もう、ちょっと本当にいい加減にしてほしいわ。っていうか、あんた人の首絞めといてよくそんなこと言えたわね? あんたみたいな暴力男、さっさと捕まっちゃえばいいのよ」


「お前……レティアにまで手を出したのか!? 本当にどうしようもないやつだな、お前は。この際だからはっきり言っとくぞ。レティアは今も変わらず俺の婚約者だ。俺の女に手を出したお前を許すことはもうできん」


「ア、アルゼったら……そ、そうよ! わわ、私とアルゼは、それはもう固~く結ばれてるんだからねっ。私に手を出したらアルゼがやっつけちゃうんだから!」


 レティアが顔を赤くしながらルイに抗議する。


「ア、アルゼ様っ、メルがルイ様に傷つけられたらどうしますか!?」


「え? そりゃあそんなこと許せないさ。メルも俺には大切な人だからな」


「アルゼ様……」


 メルも頬を紅潮させて瞳を潤ませた。

 なんだか場違いな雰囲気に、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「……がって」


「え?」


「ふざけやがってッ!! この俺をとことん馬鹿にしやがって! お前だけはッ……お前だけは何があっても俺がぶっ殺してやる――ッ!!!」


 ルイは今までに見たことないほどの怒りを露わにした。

 さすがの俺も、こんなのを見せつけられたら怒らない道理もないなと思うが、元を辿ればルイの自業自得ともいえるのでこちらが気にする必要もないだろう。


「あんたが馬鹿なことしなければよかっただけじゃないの。自業自得よ」


 ――レティアのやつ、言っちゃったし!


 レティアのいいところでもあるその真っすぐに思ったところを伝えるところは、今回ばかりはルイを逆撫ですることになってしまった。


「こんのクソ女がァ……ッ!」


「ふーん。そんなクソ女に固執して、なんなら振られちゃったのは誰だっけ? あんたって本当に馬鹿ね」


 ルイのこめかみにピキピキと血管が浮かび、今にも切れてしまいそうなほど顔を真っ赤に染めていた。

 強さではルイのほうが上かもしれないが、少なくとも舌戦ではレティアに軍配が上がるようだった。

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