43.本当の害悪

 ルイはひたすら前だけを見て歩いていて、俺たちには気づいていないようだった。


「どうしてルイが……」


「アルゼ様! レティア様を助けに行きましょう!」


「助けに……?」


 一瞬、俺はメルの言っている意味を考えてしまった。

 縁を切られたといえ、弟であることは変わりはない。その弟から「助ける」ということは、まるでルイが犯罪者のようになった気がして理解できなかったのだ。

 だが、レティアはルイと並んで歩いていたわけでもなく、肩に担がれて運ばれていたのだ。もしかしたら、何らかの事情で気を失ったレティアを家に送り届けようとしているという可能性もある。とはいえ、ルイのあの歪ませたような笑い方がそうとは思えず、メルの言うようにまずはルイを引き留めて話を聞くべきだろう。


「……とりあえず、行ってみよう。なにか理由があるかもしれないし……」


「アルゼ様……わかりました、行きましょう」


 メルがなにかをぐっと飲み込んだように見えた。

 きっと、俺の考えが甘いと思っているのかもしれない。俺自身そう思うのだが、どこか違ってほしいと願っている俺もいる。

 俺とメルはルイを追いかけて走り出した。


「――ルイ!」


 ルイは歩きだったので俺たちはすぐに追いつき、後ろから声を掛けた。

 ピタリと足を止め、ゆっくりと振り向いたルイは、


「はぁ……なにか用ですか?」


 不機嫌そうな顔を隠すこともなく、気怠そうに返した。


「なにか用って……レティアをどうするつもりだ?」


「……気軽に彼女のことを呼ぶのをやめてくれませんかねぇ。もうあなたの婚約者じゃないんですよ? あなたも我がグラント家から追い出されたんですから、いい加減その辺を理解して引き下がってくださいよ」


「レティア様はアルゼ様との結婚を望んでいます。ルイ様とは婚約したつもりもないようですが」


 思わぬところからの反論に、ルイは薄く笑っていた顔を怒りに染めた。


「奴隷風情がこの俺に意見をするな! 斬り殺すぞ!!」


「おい、ルイ! そんなことで簡単に殺すとか言うなよ。それに、レティアはたしかにそんなようなことを言ってたぞ。お前たちに何があったかは知らんが、俺は彼女の意見を尊重する。お前も大人しくレティアを下ろして家に帰るんだ」


「この無能がぁ……ッ!」


 ルイはギリッと歯ぎしりして、俺を睨みつけた。それは、これまで見たことのない弟の姿だった。


「ルイ……」


「……ふぅ、やれやれ、本当に人をイラつかせる才能だけは持ってますね」


 ルイはレティアをそっとその場に下ろした。


「ルイ、わかってくれたか」


「は? なにを馬鹿なことを言ってるんですか?」


 ルイは心底呆れた顔で俺を見て、


「……どういうつもりだ?」


 剣を抜いたのだった。


「どういうつもりもないでしょうが。そもそも、俺の目的はあなたを始末することなんですから」


「な――っ!?」


 ルイが再び口角を嬉しそうに持ち上げ、俺はショックで言葉を失う。


「何度も言いますけど、あなたはもうグラント家の人間じゃないんですよ。追放されたんです。能力がないと判断して追放した元貴族が、冒険者になってダンジョン攻略とかいったいどういうつもりですか? これじゃあ、追放したグラント家の目が節穴だったといってるようなもんですよ」


「そんな自分勝手なことがあるか! こっちは死ぬ思いでここまでやってきたんだ! それをどうこう言われる筋合いはないだろ――」


「――あるんですよ、それが貴族なんですから」


 あまりの自分勝手な発言に、俺は腹立たしい気持ちと悔しい気持ちをぶつけたが、ルイはそんなこと気にすることなく冷たく言い返してきた。


「あなたは生きてるだけで迷惑――いや、『害悪』と言ってもいいんですよ。我がグラント家にとってはね」


「訂正してください! アルゼ様は害悪なんかじゃありません!」


「チッ、奴隷風情が……。こういうところも悪い影響が出てるんですよ。貴族に奴隷が意見する? 貴族と平民が結婚する? ふざけるなッ! 平民は平民らしく、奴隷は奴隷らしく地面を這いつくばってろ! 上を見るな! 憧れるな! ただ黙ってろ!」


「ぐ――っ」


 ルイが怒りのまま剣を振るうと、わずか数歩先の地面にガキンッっと傷跡をつけた。


「お前はもう貴族ではない。まして生きる価値すらないんだよ。お前がいると、貴族社会のことを理解できてないレティアは、過去に囚われて前に進めないんだ。だから、死んでくれ」


「ルイ……お前……ッ」


『ギュオオオオォォォォォ――――ッ!!』


 その時、エンシェントドラゴンの雄叫びが辺りに響き渡った。


「ルイ、こんなことをしている場合じゃないのはお前だってわかるだろう。お前がそんなに拘る貴族だったら、まずはこの事態をなんとかしなくちゃいけないはずだ。違うか?」


「ふん、なにを偉そうに。別にここにいる貴族が何人死のうが、もちろん平民なんていくらでも死んでくれて構わんさ。そのほうがグラント家の価値が高まるだろうからな」


「お前、どうしちゃったんだよっ! いくらなんでも、人の死を願うだなんて普通じゃないぞ!?」


 俺にはルイの考えていることがわからなかった。


 少なくとも、昔のルイはここまで人の死を自分のために利用しようとするほど醜い考えを持った人間ではなかったはずだ。


「普通じゃない? ハッ、普通だったらこんなことしでかさないに決まってるだろうが」


「しでかすって、レティアのことか?」


「ふん、馬鹿な男め」


 ルイはなにか別のことを言っているようだったが、今の俺にそこまで考える余裕もなかった。


「……何を言いたいか俺にはわからんが、今はそれより――」


「もしかして……そんな……」


 メルがルイを、なにか恐ろしいものでも見るような目で見ていた。


「どうした、メル?」


「奴隷のほうがお前より頭が回るみたいだな」


「だから、いったいなんの話をしてるんだ!」


 もったいぶる態度に俺が怒りを露わにすると、ルイは俺の予想もしていなかった答えを淡々と告げた。


「――この事態を引き起こしたのが俺だってことをな」

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