42.滅びの危機

「う……ん……」


 シンシアは腹にズンとした重い違和感を感じ、ゆっくりと目を覚ました。


「――ハッ! レティア様!?」


 がばっと起きて辺りを見渡すが、そこにレティアの姿はない。代わりに、蹲り小さな寝息を立てるアビの姿があった。


「ぅぐ……!」


 急に起きたことで、腹に重い痛みが走る。


「この痛みは……あの男にやられたものですね」


 気を失った原因、それはルイによる一撃のものだったことは覚えていた。

 だが、肝心のその後の記憶がないため、レティアの行方がわからない。


「おそらく、あの男がレティア様を連れ去ったのでしょう。このままではレティア様が危ない……!」


 シンシアは早速レティアを探しに行くため、


「アビさん、アビさん! 起きてください!」


「んー……朝なのですかぁ……?」


「寝ぼけてる場合じゃないです! 早く起きてください!」


 一刻も早くルイを追いかけレティアを取り戻したいシンシアだったが、アビは寝返りをうってまた寝ようとする。


「ちょっと、アビさん! なんでまた寝ようとしてるんですか! レティア様が連れ去られたんです! お願いですから早く起きてください!」


「レティアが連れ去られたです……?」


 アビは寝ぼけまなこをこすりつつ、ようやく身体をゆっくりと起こした。


「あれ? アビは何してたか忘れたのですよー」


「アルゼ様とレティア様、それにメルさんと一緒にテオス山で依頼をこなしてたらエンシェントドラゴンが突然大きな声を出して王都に向かったので私たちも戻ろうとしたけどレティア様がアルゼ様とメルさんについていけないのでいったん分かれたけどアルゼ様の弟がレティア様を――」


「あーあー、もうわかったのですよー。そんなぺちゃくちゃと早く捲し立てなくてもいいのですよー」


 早口で状況説明するシンシアに、アビは耳を両手で押さえながら抗議した。


「アビさんが忘れたといったから教えてあげたんじゃないですか! さぁ、早くレティア様を助けに行きますよ!」


「はいはい、わかったのですよー。でも、どこへ行ったのかわかるのです?」


「いえ、それは……。とりあえず、王都まであと少しなのでいったんお屋敷まで戻るつもりです」


「はいですよー。あのアルゼの弟のルイとかいう男は、なかなかアビにいい夢を見せてくれやがりましたからねー。をしなきゃ許せないのですよ」


「ええ、それについては同感です」


 アビの意見に、シンシアは同調するのだった。



 ◆◇◆



「――はっ!」


「ギュオオオォォォォォ――ッ!!」


 俺の斬撃にワイバーンは大きな悲鳴を上げ、ドシンと地面を揺らして倒れた。


「ふぅ……ほんとどんだけ集まってきてるんだよ……」


 空を見上げれば、まだまだたくさんのワイバーンやレッサードラゴンが見えた。

 ようやく貴族街にたどりついた俺たちは、出会う魔物を少しずつ排除しながらレティアの家を目指して進んでいた。


「アルゼ様、ご無事ですか?」


「あぁ、メルこそ平気か? ずっと《一鬼当千》使ってるだろ?」


『スキル』というものは使用に際限はなかったが、その維持や回数には疲弊が伴っていた。

 俺の《聖なる癒しホーリーヒール》やメルの《一鬼当千》も使えば使うほど疲労が蓄積されていたので、体力的にもかなり辛くなっているのが正直なところだ。


「はい、今はまだなんとか……ですが、さすがにあれだけを相手にするとなると……」


 メルは、そう言って空に浮かぶ魔物を見つめた。


「まあ、さすがに王国も軍を投入してるだろうし、他の冒険者もいるからあのすべてを俺たちが倒さなくちゃいけないわけでもないしな。それに、今俺たちがやってることは誰かに強制されてるわけでもないし、キツくなったら少し休もう。無理した結果、やられてもしょうがないしな」


「そうですね。ここからレティア様の家はどれくらいの距離なのですか?」


「うーん、結構王都の中心に近い場所なんだよな。ここからだとまだ少しかかりそうだけど、大通りよりも裏道のほうが早くつけるだろうから、そっちの道を行ってみよう」


「わかりました」


 俺とメルは、大通りから1本中に入った道を進んでいく。

 途中、ワイバーンとは比較にもならないような小さな魔物はいたが、特に苦戦もすることなく中心地まであと少しというところまできていた。


『グオオォォォォ――――ッ!!!』


 俺たちが走っていると、突然それまで上空にいたエンシェントドラゴンが地上に降りていくのが見えた。


「まずい! ついにエンシェントドラゴンが……!」


「アルゼ様、あの方角にはなにが……」


「王城があるはずだ……。このままだと、この国が本当に滅んでしまう……」


「そんな――!」


 俺の答えに、メルは言葉を失ってしまった。

 気持ちはよくわかる。国が滅びるかもしれないと聞いて、平然としてるほうがおかしい。自分で言いながら、俺自身ざわざわとした激しい焦燥感に駆られた。


「――ん?」


 俺はふと道端にあるものに目が留まる。


「なんだこれ?」


 それは壺のようなもので、中から煙が出ていた。

 匂いはとくにしないし、いったいなんのためにこんなものがと考えていると、


「アルゼ様!!」


 メルの大きく呼ぶ声で思考が中断された。


「どうした!?」


 俺は只事じゃないと思いすぐに聞き返すと、


「あそこにレティア様が――!」


 メルの指す方向には、肩に担がれているレティアの姿があった。

 そして――、


「ルイ……?」


 その担ぐ男の姿は、唇の端を醜く持ち上げる弟の姿であった。

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