36.『トランの消滅』

「エンシェントドラゴンに王都を襲わせる……?」


 ルイはグリードのだいそれた提案に、訝しんだ表情を浮かべた。


「ええ、そうです」


 そんなルイを気にすることなく、グリードは自信満々に言い切った。


「ルイ様はこのウェルシー商会がいかにしてここまで大きくなったかご存知ですか?」


「知りませんね」


「では30年前に起きた王都の危機はご存知ですかな?」


「ああ、たしか『トランの消滅』でしたか? 聞いただけの話としては知ってますよ」


「おお、さすが博識でございますな」


「ルイ、なんだそれは?」


 すっかり蚊帳の外になってしまったレオが、ルイに『トランの消滅』について尋ねた。


「ああ、『トランの消滅』というのはですね、簡単にいえば王都にあった『トラン』と呼ばれていた地区が魔物の襲撃によって消滅してしまった事件のことですよ」


 30年前に突如として魔物の大軍が王都に押し寄せてきたのだ。それはエンシェントドラゴンこそいなかったものの、ワイバーンやレッサードラゴンなどが大量におり、城門などあってないようなもので、次々に王都で暮らす人々に襲いかかったのだった。

 そして、王都に流れる『トラン川』のある地区を王都民は愛着を込めてトラン地区と呼び、その地は襲撃を受けた城門にほど近い距離にあった。

 当然、もっとも被害を受けたのはトラン地区の住民で、家や建物は住民ごと破壊され、トラン地区は川の水を利用して様々な業態の生産地や加工地としても栄えていたために、国としてのダメージも計り知れないものとなってしまった。


「今でこそ復興しておりますが、もっとも混乱したのはなのです。トラン地区は王都でも最重要地区でしたからね、食料や物資が足りず、民は非常に困窮しました」


「なるほど……。それはわかったが、それがなにか関係あるのか?」


「もちろん、大いにありますとも。我がウェルシー商会は、その時期にすべての財を投げ出すつもりで食料、物資を王家と民に提供したのです。それが高く評価され、今日のウェルシー商会の立場があるのですから」


「ほう。しかし、他の商会だって後追いすればいいんじゃないか? なぜウェルシー商会だけが評価されたのだ?」


 レオの疑問にグリードがにんまりと口角を上げ、


「大手の商会はトラン地区にあったのです。つまり、魔物の襲撃で多くの商会が潰れたのですよ、はっはっは」


 と、嬉しそうに笑った。


「なるほど。ウェルシー商会は違う場所にあったから無傷だったと」


「ええ、その通りです。もちろん、商会はトラン地区だけではありませんが、うち以外は物資も食料もまったく足りませんでした。まあ、普通はそうでしょうな。在庫を抱えすぎてもいいことはありませんし。ですが、うちはしっかりとに準備していたので問題ありませんでしたよ」


 ルイは理解した。この男がどれだけとんでもない事をしたのかを……。


「グリード殿、もしや……」


「はい、魔物を王都に襲撃させたのは私ですよ」


 グリードは隠すことなくあっさりと認めたのであった。


「いわゆる、自作自演、というものでしょうか。魔物に壊滅的ダメージを王都と大商会に負わせ、そこでさっと現れるウェルシー商会! まるで物語の英雄のようではありませんか! 人々からは感され、王家からも厚い信頼を得られ、王国一の商会にまで成り上がったのです。もちろんこの物語のからくりに気づく輩もいましたが、力を付けた我が商会にかなうはずもなく、排除してきましたよ。今では商会長という立場だけでなく、王家に意見を言えるほどの立場にまでなれたと自負しております」


「……」


 誇らしげに悠然と述べるグリードだが、


 ――狂ってるな。


 ルイやレオたちは、その異常性に口を開くことができなかった。


 ――とはいえ、利用するにはいいかもしれないな。


「……なるほど、ウェルシー商会がここまで大きくなった理由はよくわかりました。では本題に戻って、エンシェントドランゴンを利用するその物語をお聞きしても?」


 ルイは努めて冷静にグリードに問いかける。


「はい。『トランの消滅』の際にも利用した手段なのですが、ドラゴンやワイバーンなどの魔物はある匂いに引き寄せられます。私は偶然それを発見し、当時に利用したのです。これは推測なのですが、この国では定期的にエンシェントドラゴンが王都を襲いますが、恐らくこれを利用したものと考えています」


「ああ、なるほど。それであればなぜエンシェントドラゴンが王都を襲ったのか理由がつきますね。要するに、昔からそれを利用して利益を得ていたものがグリード殿の他にもいたということですね」


「ええ、私はそう考えています」


 ルイは「このグリードという男、やはり侮れないな」と警戒する。

 元々そんなに信用するつもりはなかったが、この手合いはいつ裏切るかわからない。ほどほどの付き合いで少し優位に立つぐらいがちょうどいいだろうと、今後の方針を決めた。


「具体的には俺たちはどうすればいいんだ?」


「そうよ。なんだかすごい大きな話になってるみたいだけど、私たちの目的はあの無能を消してAランクに上がることよ」


「ああ、その通りだ。俺たちがAランクになれなきゃ何の意味もないからな」


 ルイとグリードで話が進み、一向に自分たちの役割がわからないレオたちが痺れを切らした。


「……彼らに詳細を教えてもらえますか」


「承知しました。まずは『勇猛な獅子』の方々には、街中に魔物を呼び寄せる『香』焚いてもらいます。それと同時に、エンシェントドラゴンを呼び寄せるため、テオス山でも香を焚いてほしいのです。なので、二手に分かれるのがいいかと」


「ふっ、なんだそんなことか。それくらい大したことない」


「もちろんその後はワイバーンやレッサードラゴンなどを少々倒していただければ、こちらとしても冒険者ギルドひいては王家へ推薦させていただきます」


「やるわ! 王家に推薦してもらったら、一生安泰じゃないの!」


「エンシェントドラゴンは無理だが、ワイバーン程度なら俺たちならいけるはずだ。Aランクへの道筋が見えてきたな!」


 レオたちは二つ返事でグリードの案に乗るのだった。


「そのどさくさに紛れて無能を始末すればいいと?」


「ええ、そうです。そして息子のためにも奴隷の確保もお願いします。少し準備もあるので、3日後に決行いたしましょう」


「わかりました。それでいきましょう」


 ルイはようやくアルゼを始末できるのだと、自然と笑みがこぼれてくるくるのだった。

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