4.暗闇の中の少女
「おぉ……」
商館の中は薄暗く、少し妖しい雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃいませ。当商館は初めてでございますか?」
「うおっ……と、失礼しました。そうです、初めてです」
気配もなく急に現れたもんだから、思わず驚いて声を出してしまった。
白髪交じりの執事って感じの爺さんが深くお辞儀をし、
「それはそれは。お初にお目にかかります。私、当商館の支配人をしておりますアランと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「俺はアルゼです。よろしくお願いします」
俺は軽く頭を下げてお互い自己紹介した。
「ご丁寧にありがとうございます、アルゼ様。さて、本日はどのような奴隷をお求めでしょうか?」
「えーと……」
――しまった、特に考えずに来てしまった。
「とりあえず、冒険者なのでそのサポートをしてくれると助かります」
俺がアランさんに最低限の要望を伝えると、
「承知いたしました。それでは、実際にご覧になるのはいかがでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
俺はアランさんに案内され、商館の奥へと進んでいった。
奴隷は一応檻に入っているが、その中は決して汚れているとかはなく、それなりに大切に扱われているようだった。
「奴隷といえど、雑に扱えば処罰されることもございます。彼らは奴隷でありながら、一定の権利を保有するのです。ご購入後は、その点についてもご留意くださいませ」
奴隷にはいくつか種類があり、犯罪奴隷、戦争奴隷、借金奴隷などがいるそうだ。
ただし、この商館には犯罪奴隷がいないため、比較的穏やかな性格の奴隷が多いみたいだ。
「ここからあちらまでの奴隷は戦闘スキルを有している者であったり、旅のサポートに適しているスキル持ちの者が多くおります」
「わかりました」
檻の中には屈強そうなおっさんや種族の違う筋肉質な男などが多くいた。
なんとなくわかってはいたけど、奴隷の条件として冒険者のサポートと伝えたので、男が多くなるのもしかたないか。
「できれば女のほうが……」なんて今更伝えたら、
ヘタレの俺はそのままアランさんの説明を聞いていると、
「こちらからは女奴隷になります」
――なんだいるんじゃん!
思わず声に出してツッコミたくなるのをぐっと我慢する。
「戦闘スキルを有す者もいますが、多くは家事や夜伽のために購入されることが多いです。ひとつ注意していただきたいことがございますが、夜伽に関しましては奴隷の意思が尊重されるため、無理強いは契約違反となります。事前にお確かめいただいてから購入をお願いします」
「わ、わかりました」
俺の考えなんて見透かしたかのように、ピンポイントで教えてくれるアランさん。
もしかしたら顔に出てたかもしれないと、少し引き締めた。
「こちらなんていかがでしょうか?」
アランさんがおすすめしてくれたのは、20台後半くらいの人族の女性。
スキルは『一般スキル』の≪弓術≫と≪調理≫を持っていた……ついでに豊満な身体も。
容姿も整っていて……なんと夜もOKとのこと。
だけどただ1つ問題があったのが――、
「――300万スレイ!?」
俺の持っている所持金と一桁違ったのだ。
「はい。これでも彼女は割と安めのほうでして……。当商館では100万からが最低ラインとなっております。失礼ですがご予算はいかほどのご予定でしょうか?」
――あ、まずい。これ全然足りないじゃん……。
「えと、すみません……30万しか持ってなくて……」
「30万、ですか……」
――うっ……やばい、怒ってる?
アランさんが少し眉をぴくっとさせたのを見て、
「――すみません! 出直したほうがいいですね」
と、俺は早急に諦め逃げることにした。
しかしアランさんは、
「あ、いえいえ、確かに先ほど最低ラインが100万とお伝えしましたが、
「状態……ですか?」
何か含みを持たせる言い回しだったが、30万でも購入可能ということに俺は期待した。
「はい。こちらにいる者たちと違い、いわゆる『訳アリ』ということになります。スキルが有用でなかったり、健康状態が悪かったり……と、少々こちらからはご紹介しにくい者たちです。そちらでしたら、30万スレイでも購入可能な者が複数名おります」
「おぉ……! ぜひお願いします!」
「承知いたしました。それではこちらへ――」
アランさんはそう言って、階段を下りていった。
俺もその後に付いていくと、
「少々暗くなっておりますので、お足元にお気をつけくださいませ」
さっきいた階以上に薄暗くなっていた。
――上の階の奴隷よりここの奴隷のほうが価値が低いからかな……。
「こちらにいる奴隷は25万スレイになります」
そう言ってアランさんがおすすめしてくれた奴隷は、≪一般スキル:剣士≫を持つ老齢の獣人種の男奴隷だった。
ただし――、
「片腕なんですね……」
「はい。以前、冒険者をしていた際に腕を落とし、借金を返せなくなり奴隷となりました。片腕ですのでスキルの力を十分に発揮することもできず、年齢も年齢ですのでこの価格になっております」
「なるほど……」
まったく戦えないわけではないようだったが、年齢を考慮するとさすがに気が引ける。
俺がアランさんにいろいろな奴隷を紹介してもらっていると、
「ん? あの、ここは?」
アランさんが1つの檻をスルーしたので問いかけた。
「こちらはですね……」
これまでは淡々と説明してくれたのに、アランさんは珍しく言い淀んだ。
「いえ、失礼しました。どうぞご覧ください」
俺が中を見てみると――、
「――っ」
目、耳、腕――それらすべてが、1つずつしか持ち合わせていない少女がそこにいたのだった。
「彼女は……?」
「鬼人族の『メル』と申します。鬼人族という種族が珍しいのはご存知かと思いますが、彼女は呪いに掛かっており捨てられていたのです」
「呪い?」
「はい」
アランさんが言うように、鬼人族は珍しく、あまり見かけない。
種族としては相当強いようで、たまに冒険者になるようなのもいるが、恐ろしく強いと言われている。
ただそうした種族のせいか、相手を力のみで見極める性質があるため、揉めることもしばしばあるそうだ。
「彼女は『特殊スキル』持ちです。鬼人族しか持てない《
そこでアランさんは憐れみの目で彼女を見た。
「彼女にかけられた呪いはそのスキルを封じ、発動することは出来ませんでした。それでも『特殊スキル』持ちということで引き取り手はあったのですが……鬼人族ということもあり、無理に強大な魔物と戦わせたようで、結果、このような状態になってしまったのです」
俺はアランさんの話を聞き、まるで自分のことのように思えた。
『特殊スキル』は得られてもそれを使うことはできず、それでも期待する人はいたけど応えられず、最後には捨てられる……。
俺には、とても他人事とは思えなかった。
――いや、スキルを授かる前から孤児だった彼女のほうが、俺なんかよりよっぽど辛かっただろうな。
「目、耳、腕……どれか1つでも欠ければ戦うには困難です。しかも彼女はスキルを使えません。ですので、普通は買い戻すなどありえないのですが、あまりに不憫でしてね……正直、スキルを発動できない彼女を売ったことを後悔してるのです」
檻の中の彼女はなんの反応もなく、こちらを一瞥すらしない。
もう、なにも期待してないのだろう。
俺は思い切ってアランさんに尋ねた。
「彼女、いくらですか?」
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