第23話 〈抜刀〉を使用しますか?
――出力300パーセント。
ただこれには、一つ難点があった。
それは、たった一撃しかもたないということ。
出力150パーセントの時は、最大で1秒もった。
だが、これはほんの瞬きの間だけ。
振り落としたと同時に、あの疲労感がやって来る。
だからこそ、ここまで接近し、ミラには大人しくしてもらう必要があった。
「頼む、〝それは
強力な一撃を与え、ミラを木っ端みじんに粉砕したいわけではない。
狙いは、彼女の魔物の部分のみを斬り伏せ完全に正気に戻すこと。
そんなことができるかどうかはわからないが、一刻を争う現状、〝それは
今日、この剣は僕の命を救ってくれた。
治癒能力なんて、今まで一度も発揮してくれたことなかったのに。
――もしかしたら、と僕は一つの仮説に行き着いた。
この剣の銘。
刻まれた、
もしかしたら〝それは
だからレッドドラゴンと対峙した時、僕に剣を持っても自由に動く肉体を与えた。
ミラに腹を貫かれても、死にたくないという本能を汲み取ってくれた。
何よりそれだけの性能を有しているのなら、伝説の英雄たちと同じジョブということにも納得がいく。
「はぁああああああああああああああああああああ――――ッ!!」
振り下ろす。
最大の一撃を。
頼む、〝それは
お願いだ、【おち○ぽチャンバラマスター】。
かつて世界を救ったジョブなんだろ。
最強なんだろ。
だったら、弟妹たちを助けたくてひたむきに頑張ってきた女の子を救う力を僕にくれ。
恩人を元に戻す力を授けてくれ。
ここで命を奪うことしかできないなら、こんな
――――……キィィン。
ほんの一瞬。
〝それは
そして、息つく暇もなく。
激烈な斬撃が、光の奔流が、ミラを飲み込む。
―― Congratulations ――
―― 〈抜刀〉レベルアップ ――
―― 〈抜刀〉Lv.03→Lv.04 ――
――
―― ××××× ××××× ××××× ××××× ××××× ――
―― 新たな剣をアンロックしました ――
―― 〝■■■■■■■■〟 ――
◆
『ごめんね、ミラ。弟妹たちをお願いね』
『はい、お母様』
深い暗闇の中で、古い記憶を見ていた。
アタシがまだ小さい頃、お母様が病気で亡くなった。
お父様がおかしくなったのは、ちょうどこの頃から。
あちこちで子供を作って、産ませて、家に入れて。
アタシにも途端に厳しくなって……それでも、耐えた。
だってアタシは、お姉ちゃんだから。
みんなのお姉ちゃんだから。
弟妹たちのためにも、しっかりしないといけないから。
レグルスがバカなことをした時も助けた。お姉ちゃんだから。
お父様の意味のわからない修行にも従った。お姉ちゃんだから。
【魔物喰らい】を授かって、家を追い出されて……それでも、弟妹たちを守るために動いた。お姉ちゃんだから。
――お姉ちゃん、だから。
それなのに。
そのはずなのに。
『……だからこそレグルス、あなたが【おち○ぽチャンバラマスター】になっても意味ないのよ。アタシの弟妹たちのために、今ここで死んでくれない?』
彼に吐いた台詞を思い出す。
どうしてあんなことを言ってしまったのか、自分でもわからない。
もうアタシは、アタシのことがわからない。
自分の中に何かがいて、そいつが勝手に身体を動かしてしまう。
アタシにとって、レグルスは弟のようなものだった。
それなのに、酷く傷つけてしまった。
きっとこのままでは、大切な弟妹たちも殺してしまう。
お母様から託されたのに。
お姉ちゃんなのに。
……全てを、メチャクチャにしてしまう。
――――……キィィン。
視界いっぱいを埋める暗闇を、何かが照らした。
それは綺麗で。
眩しくて。
お母様の笑顔のような、とても温かい光だった。
「――――……ラ! ミラ!」
身体を揺さぶる手。
聞き知った声。
瞼を開くと、レグルスがいた。
……どういうわけか、身体が軽い。
自分の内側で何かが蠢くような、気持ちの悪さがない。
手も足も視線も、自分の意思でしっかりと動く。
「よかった。気がついたんだね」
「……レグルス、アタシに何したの?」
「ちょっとした賭けをね。あれを見てよ」
身体を起こし、レグルスが指差す方向へ目をやった。
そこには、心臓のように脈打つ牛一頭分ほどの大きさの黒い塊があった。
「〝それは
「ミラさんだっけ? よかったねー、助かって!」
「流石は坊ちゃまです」
「み、ミラさん、痛いとこない……?」
アタシを取り囲む、四つの笑顔。
嬉しい。
眩しい。
ありがたい。
と、同時に――。
「……何でアタシのこと、助けたの?」
吐きそうなほどの情けなさと、
「アタシはもう、魔物を食べることでしか生きていけないの! ってことは、またあんな風になるかもしれない……! お姉ちゃんなのに、みんなを傷つけちゃうかもしれない……!」
押し潰されそうなほどの不安が、
「お願い、レグルス! アタシを殺して! 今ここで!!」
せっかく軽くなった身体に、ズンとのしかかった。
レグルスの胸倉を掴み、懸命に訴えた。
すると彼は、困ったように眉を寄せる。
「だったらミラ、弟妹たちはどうするの? お父さんから守るんじゃなかったの?」
「それは……! そ、それは……っ」
言い淀むアタシを見て、彼は口元を緩ませた。
「お父さんから守るの、僕も手伝うよ。一緒なら、何とかなるかもしれないし」
「っ!? い、いやでも、アタシは生きてるだけで何をするか――」
「制御の仕方を一緒に探そう。もしまた同じことになっても、僕が元に戻すから」
「次も元に戻せる保証なんかないでしょ!?」
「できなかった時は……――」
と、呟いて。
黒い双眸に、揺るぎない覚悟を滾らせた。
「その時は、僕が責任を持って君を殺す。殺して……一緒に死ぬよ。独りぼっちじゃ寂しいでしょ?」
そう言って浮かべた笑みと、アタシの手を包む温もりには、欠片の嘘もなかった。
ずっとお姉ちゃんとして生きてきた。
ずっと、ずっと、ずっと……。
誰かを守り、手を引いて歩くのが、自分の絶対的な役割だと思っていた。
でも今、初めて。
アタシの手を握って、前を歩いてくれるひとが現れた。
それが嬉しくて、頼もしくて、心臓が激しく動く。
目の前の小さな男の子が、アタシに助けられて泣いていた弟のような少年が、とてつもなく大きな男性に見える。
「ダメだよレグルス君! 死んじゃダメ!」
「そうですよ、坊ちゃま。お尻を開発されたいのですか?」
「わ、わたしも、お嫁さんにしてくれなきゃ嫌……!」
「あー……ご、ごめんみんな。そういうわけだから、もしもの時は僕たちで何とかするから安心して。お姉ちゃんだからって、誰かに頼っちゃいけない道理なんかないわけだし。うちの兄さんとか、勉強が苦手だから僕に頼りっぱなしだったんだよ?」
冗談めかしく言って、年相応に笑って見せた。
他の三人も、優し気な表情でアタシを見る。
……そっか。
お姉ちゃんでも、誰かに寄りかかってよかったんだ。
◆
無事、ミラが元に戻った。
……あとは、あれだな。
彼女から剥がれた、あの黒い塊。
鼓動し、蠢く、何か。
濃厚な……夜闇よりも暗く黒い、魔物の気配を感じる。
恐らくは、今まで彼女が食べて取り込んできた魔物――それら全てを凝縮したもの。
今一度〝それは
そうと決まれば、さっさと勃起しないと。
「きゃっ!?」
僅かに塊から意識を逸らした、その瞬間――。
塊から伸びていた触手が、ミラを絡め取った。
「ミラ!?」
「い、いや! やだっ!? レグルス――っ!!」
手を伸ばす、が。
……くそ、届かなかった。
塊に呑まれたミラ。
すると塊はドクンと大きく脈打ち、表面がブクブクと泡立ち、膨張する。
「レグルス君……な、何かやばくない……?」
「……うん。みんな、一旦外へ逃げるぞ!!」
アトリアは自身の肉体を強化し、僕とメルガの手を引いて走り出した。
ミモザは背後を確認しつつ、僕たちのあとを追う。
いくつもの扉をくぐり、部屋を駆け抜け、階段をのぼり。
ようやく街に出た時には、あの塊はとてつもないサイズになっていた。
「……れ、レグルスくん……!」
メルガが不安そうな声を漏らし、僕の服の裾を握った。
地下の天井を突き破り、建物という建物を押しのけ、空高くそびえ立つ塊。
五十メートル……いや、もっと大きい。
それは次第に形を変え、頭のようなものが生え、手足のようなものが伸び、鱗のようなものが全身を覆う。徐々に翼に似た何かが形成されてゆき、見慣れたドラゴンの形に近づいていく。
「……坊ちゃま、これは凄まじくまずいのでは?」
無表情なミモザの額に、冷たい汗がにじむ。
同感だ。
あんなサイズのドラゴンは、いまだかつて見たことがない。このまま野放しにすれば、間違いなくこの国は大変なことに――いや、大陸全土がメチャクチャになるだろう。
「レグルス!! レグルス、聞こえる!?」
黒々とした肉を掻き分け、ミラが上半身を出した。
「み、ミラ! 無事なのか!?」
「無事ではない、けど……んっ、もう! 邪魔っ!」
肉が蠢いてミラに張り付き、体内へ戻そうとする。
彼女は目一杯腕を動かし、それを振り払う。
「これは、アタシが取り込んだ全部の魔物……! 今度はアタシを取り込んで、復活しようとしてるみたい!」
「ふ、復活……!?」
「とりあえず体内から主導権をアタシに戻せないか試してみるけど……無理だったら、舌でも噛んで死んでみる。そしたら、これも一緒に死ぬかもしれな――」
「そんなのダメだ! 僕が何とかする!」
「何とかって、こんなデカいのどうするのよ!?」
僕は両腕を広げ、僅かに体重を後ろへ傾けた。
――ふにょん♡
右手、左手、後頭部。
それぞれに感じる、三人のおっぱいの温もり。やわらかさ。甘い匂い。
ムクムク――……。
――
―― ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂××× ――
しまった……!
くそ! これじゃあ、股間が輝かない!
「ミラ、頼みがある!!」
「頼み……!? わかった、何でも言って!」
「今すぐ――」
僕は叫ぶ。
力の限り、この上ない真剣さを纏って。
「――どんな下着を穿いてるのか、教えてくれ!!」
「は、はぁ!?」
「
赤い髪を振り乱し、頬を真っ赤に染めたミラ。
しかし彼女は、【おち〇ぽチャンバラマスター】が何なのか少なからず知っている。そのためか、すぐさま奥歯を食いしばりながら羞恥心を飲み込む。
「……し、し、白っ……!」
辛い修行の果てに完成した、遠隔勃起システム。
おかげで股間に血が集まってゆくが、
――
―― ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂× ――
「っ! ダメだ、ミラ! もっと詳細に! 包み隠さず、全部っ! ありのままを曝け出してくれ!」
「~~~~~~っ!!」
ミラは今にも噴火しそうなほど赤面するが、そうこうしている間にも黒い肉が彼女を戻そうと蠢く。
もうあまり、時間は残されていない。
「ま、真ん中に、小っちゃいリボンが、つ、付いてるやつで――」
涼し気な雰囲気を纏う、端正な顔立ちはどこへやら。
綺麗な眉は羞恥に歪み、耐えるように唇を噛み締め、両の瞳には涙が浮かぶ。
「さっきの、れ、レグルスがすごく格好よくて、だから……だ、だからっ、そのっ!」
一拍置いて、浅く深呼吸。
硬く拳を握り、赤い双眸に僕を映す。
「いっぱい、ぬっ、濡れちゃってるぅうううううううううううう――――ッ!!」
――
―― ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ♂♂♂♂♂ ――
「――ありがとう、ミラ」
竿は輝き。
膨大な光の中へ、僕は手を伸ばす。
―― 〈抜刀〉を使用しますか? ――
―― YES/NO ――
「あぁ、イエスだ――っ!!」
征こう。
世界を――彼女を救うために。
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