第13話 プライド


 自分の機嫌を自分でとれないのは、未熟な証拠。

 だから僕は、極力怒らないよう心掛けている。


 口汚いヤジも戦いの華。まして、こうして見世物にしているのだから仕方がない。

 ――そう思うことで、適当に流していた。


 しかしメルガの容姿を貶され、戦士として完璧な肉体をバカにされ、プツンと糸が切れ喚き散らしてしまった。


 結果、いくらか僕の気は晴れたが……。


 〝それは果てなき願いと希ペニスカリバー望の剣〟はもうない。

 残ったのは、あの疲労感。

 肉体を酷使し過ぎたせいで足も動かない。


 もはや、Sランク獲得は不可能。

 まったくもって、自分の未熟さに腹が立つ。

 

「ぅぁっ……」


 ついに身体を支えられなくなり、僕は前のめりに倒れた。


 迫る地面。

 受け身を取る余裕すらない。


 と、その時。

 ぐいっと、後ろから誰かに引っ張られた。


「……あぁ。ありがとう、メルガ……」


 助けてくれたのは彼女だった。

 こうして近くで見上げると、本当に大きい。


「……僕の負けだ。またいつか、リベンジさせて欲しい」


「……」


「メルガ……?」


「ひゃっ、ひゃい!」


 ひゃい?


 妙な声を鳴らして、僕を見下ろしたままゴクリと唾を飲む。

 あどけないその顔は、戦いで疲れたのかほんのりと朱色に染まっており、尋常ではない量の汗が浮かんでいた。


「だ、大丈夫……?」


 まさか、熱でもあるのだろうか。

 心配になりうんと手を伸ばし、彼女の頬に触れた。


 その瞬間――。


「みゃぁああああああああああああああ!?」


 ぼふん、と何かが爆発したように、メルガの顔は朱から紅へと変わった。

 妖精のように可愛らしい悲鳴と共に、彼女はゆっくりと後ろへ倒れて行く。掴まれたままの僕と一緒に。


「ちょ、ちょっと! わわっ!」


 ふにょん♡


 顔を覆うやわらかな感触。汗の匂い。

 ……まずい、息ができない。


 身体を起こそうにも力が入らず、底なし沼のような柔肉に手を取られ、ただただ苦しさと申し訳なさと嬉しさだけが蓄積していく。


 それでもどうにか身体をよじって、脱出して。


「……メルガ?」


 四つん這いになってその顔を覗き込むが、なぜかメルガは気を失っていた。


「――――勝った」


 観客の中の、誰かが言った。


「うぉおおおお!! 勝ったぁああああ!!」


「最後は平手打ち一発で終わらせた!!」


「すげー!! あの坊主とんでもねぇぞ!!」


 平手打ちでも何でもない。

 ただ僕は、頬に触れただけ。

 しかも僕の負けだと、彼女に言ったばかり。


「違うっ! 僕は――」


「おーっ、一分ぴったしだな!! すげぇなお前、マジでやりやがったか!!」


 アランの声が、僕の言葉を遮った。


 歓声に沸く観客。

 違うともう一度叫ぶが、掻き消されて何の意味も持たない。


 まずい、意識が……。


 黄色い声に押し潰されながら、僕は地面に倒れ伏した。







 ―― Congratulations ――

 

 ―― 〈抜刀〉レベルアップ ――

 ―― 〈抜刀〉Lv.02→Lv.03 ――


 ―― 武太血ぶったちゲージ上限アップ ――

 ―― ××××× ××××× ××××× ××××× ――


 ―― 次回、レベルアップ報酬 ――

 ―― 〝■■■■■■■■〟 ――



 ……何だこれ?




 ◆




「――――だって! 僕は絶対に嫌だ!」


「強情なやつだなぁ。もらえるもんはもらっとけよ」


 ……ん?


 気がつくと、わたしは冒険者ギルドの医務室のベッドの上で寝ていた。

 この声は……さっき戦った男の子と、アランさんの声。


「おぉ、メルガ。気がついたか。どうだ、調子は?」


 身体を起こすと、アランさんに話し掛けられた。

 いつもの調子で大丈夫だと頷いたところで……あっ、あぁ!


「鎧……!! わ、わたしの鎧……わぁあ……!!」


 顔と身体を見られた恥ずかしさのあまり、掛け布団を取り身体を覆った。

 ……うぅ。全然サイズが足りないよぉ……。


「あっ! ご、ごめん! もしかして、すごく大切な鎧だった……?」


 あの男の子が、申し訳なさそうな顔で駆け寄ってきた。

 別にそういうわけではないため、申し訳なさと恥ずかしさで涙が出る。


「……そうじゃなくって、か、顔とか身体……み、見られるのが、恥ずかしくて……」


「恥ずかしい? 何で? 僕からしたら、メルガはとっても素敵だよ。もっとよく見せて欲しいな」


「わっ……わわぁっ……!!」


 何なの、何なのっ、何なのこの子ぉー!!

 格好いいよぉー!! 好きーっ!!


「……察するに、身体と顔と声が全然合ってねぇから、それをバカにされるのが怖くて隠してたってとこか? 安心しろよ、メルガ。ここにお前の敵はいねぇよ。俺もお前のこと、すげぇーやつだって思ってるし」


 そう言ってアランさんは、「お前も聞いてくれ」と続けた。

 わたしはおずおずと布団を取り、畳み、ちゃんと座って姿勢を正す。


「そこの坊主が、自分は負けたって言って聞かねぇんだ。だから、Sランクはいらねぇって。……ただあれだけのことを観客の前で見せて、Aランクってのはちょっとな。ぶっちゃけ俺のメンツにも関わる」


「アランの言い分はわかるよ。冒険者って仕事の夢を壊したくないって気持ちも理解できる。でも僕は、彼女に自分の負けだって言ったんだ。降参した上で勝った扱いされるなんて、そんなの僕のプライドが許さない」


「……ち〇ぽピカピカさせといて、よくプライドとか語れるな……」


「身体のどこがピカピカしてようと、僕が僕だってことには変わりないからね」


 凛とした真っすぐな眼差しで、彼は言った。


 たぶん彼は意図していないと思うが、それは身体が大きくなったことで身を隠す道を選択したわたしに深く刺さった。


 ジョブのせいなのかスキルのせいなのか、下半身が光り輝くのは凄まじい羞恥と屈辱と苦痛が伴うはず。誰だって、ピカピカち◯ぽ坊主なんて呼ばれ方はされたくない。

 なのに彼は、背筋を伸ばして胸を張る。

 背中を丸めてひっそりと息を殺していたわたしと違い、堂々と正面を見ている。わたしよりもずっと、凄惨な状況なのに。


 その姿は、わたしにとって堪らなく格好よかった。


「今回の戦い、僕は全身全霊を彼女に叩きつけて負けた。そのおかげでもっと強くなろうって思えたし、次は負けたくないって思えたんだ。だから、その結果は変えられない。大体そんなの、メルガにも失礼じゃないか」


「んー……まあ、言ってることはわかるがなぁー……」


 ボリボリと頭を掻いて、不意にわたしに目を向けてきた。


「ってかメルガ、何でお前はあの時倒れたんだ? 平手打ちなんてしてねぇって、坊主が言ってんぞ?」


「ひぇっ!?」


 アランさんと男の子がわたしを見る。


 い、言えない! 絶対に言えない!


 鎧生活のせいで、誰かに生身を触られたのが数年ぶりで!!

 しかもそれが、好きになった相手で!!

 それが嬉し過ぎて気絶したとか!!



 十八歳にもなってそんなこと!!!!



 恥ずかし過ぎて!!!!



 言えるわけがない!!!!



「……ひっ」


「「ひ?」」


「……平手、打ち……が、い、痛くて……」


「め、メルガ!?」




――――――――――――――――――

◆簡単なヒロイン紹介◆


 メルガ・ボルガ

 緑髪緑目の【重騎士】。身長200cm。他人とのコミュニケーションは苦手だが、頭の中のテンションはとても高い。見た目の威圧感に反して中身は乙女で、レグルスの言動にすぐ顔を赤くする。汗っかきでよく噛む。レグルスのことが好きで、おっぱいがとても大きい。




 次回、えっちです。


 面白かったらレビュー等で応援して頂けると執筆の励みになります。

 よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る