第4話 勃起しなくちゃいけないんだっ!!
「お坊ちゃまがこのような場所で夜を越すとは。本当によろしいのですか?」
日が暮れたところで、森のちょっとした拓けた場所で夜を越すことにした。
たき火をいじりつつ、ミモザはいつもの無表情で尋ねる。
「確かにもうちょっと歩けば村があるけど、こればっかりは仕方ないよ」
ここら一帯の住民は、ほとんどが僕の顔と名前を知っている。
行けば歓迎してくれるとは思うが、僕は勘当された身。どうしようもない状況ならいざ知らず、初日から家の名前を出して温かい食事と寝床にありつくのは格好がつかない。
「それより、僕に付き合わせちゃってごめんね。アトリアとミモザだけでも村で休んで――」
「あたしはここでいいよ。皆で野宿とか初めてだし、ワクワクしちゃう!」
「私もここで。仕事ですから」
「……そ、そっか」
申し訳ない……と、思う反面。
僕はまだまだ未熟者で弱いから、ありがたい、嬉しいと思ってしまう。
アトリアが幼馴染でよかった。
ミモザがメイドでよかった。
心の底から、そう思う。
二人のこと、大切にしないと。
僕が守るんだ。絶対に。
「それより坊ちゃま、これからどちらへ?」
「隣のガリア王国に行こうかと思ってる。一旦誰も僕を知らない土地に行って、そこで冒険者でもしながら生計を立てようかなって」
「冒険者! いいね、楽しそう! あたしもなるなるー!」
夜を吹き飛ばすようなアトリアの明るい声に笑みをこぼしつつ、僕は焼けた肉を頬張った。
……硬いな。まあ、文句は言うまい。
早く自分で稼いで、もっと美味しいものを二人に食べさせてあげよう。
それといい家を借りて、いい寝床を用意する。僕のせいで家を出るハメになったんだから、それくらいはしなきゃだよね。
「…………ん?」
気配を感じ取り、周囲を見回した。
ひとが来た……わけじゃない。
野生動物にしては空気が鋭く、痛い。
何だこれ。ちょっと、気持ち悪い。
……もしかして魔物? え、こんなところで?
魔物の生息域は、ダンジョン内とその周辺、または大陸の最北の魔族領のみ。
このあたりのダンジョンは全て、うちの父さんと母さんが潰した。だから基本的に魔物は出ないし、出たとしてもどこからか逃げてきた雑魚で、ほとんどが普通の動物に狩られ食われる。
「ミモザ、火を消して!」
気配でわかる。
……これは、雑魚じゃない。
「レグルス君、あれっ!」
アトリアが頭上の月を指差した。
月光を背に、何かがこちらに迫って来る。
……嘘だろ。
あの翼、あの鱗、あの角。間違いない。
「ど、ドラゴンだ……!!」
魔物の中でも最上位の種。
あのドラゴンは鱗が赤く、いわゆるレッドドラゴンと呼ばれる個体。同じ種の中でも特に強力で、たった一体で街を滅ぼしてしまうとも聞く。
グァアアアアアアアアアアアア!!
鼓膜が裂けるような、けたたましい咆哮。
僕はアトリアとミモザを抱きかかえて走り出し、一直線に迫って来るレッドドラゴンを回避する。
「どど、どうしよう! どうしよレグルス君! 戦う!? 戦えばいいの!?」
「私も戦う準備はできております。ご指示を」
ドラゴンという魔物は、熟練の戦士が百人単位で挑むもの。
それがレッドドラゴンともなれば、一体どれだけの人数が必要か。父さんや母さんのような人外レベルのひとがいたら話は早いが、生憎ここには僕たちしかいない。
「……いや、ダメだ。二人は戦わないで」
「な、何で!? あたし、レグルス君のママから訓練受けてるよ! あんなドラゴン、グーパンしちゃうんだから!」
「ここの近くには村がある。そっちの避難が優先だ。だからアトリアには、最悪の事態に備えて治癒のために力を温存しておいて欲しいんだ。それとミモザの【暗殺者】のスキルは、ああいうデカいのとの真っ向勝負には向かないよ。アトリアと一緒に住民の避難を手伝ってあげて」
「れ、レグルス君は!? レグルス君も一緒だよね!?」
「いや、僕は……――」
そう言って、服の袖を歯で噛み千切った。
次いで剣を抜き、重さに負けて手から離れないよう千切った布で硬く結ぶ。そして、空いた左腕を切りつけ血を流す。
「……ドラゴンは血の臭いに反応する。僕が囮になるから、二人は村に行って」
「ですが、坊ちゃま――」
「いいから早くっ!! 誰にも傷ついて欲しくないんだっ!!」
二人が村へ向かったのを確認し、ドッとため息をつく。
……あーあ、大きな声出しちゃったよ。
こういう野蛮な方法で誰かを従わせるの、大嫌いなんだけどな。
生きてまた会えたら、ちゃんと謝ろう。
地面に突っ込み一時意識が混乱していたレッドドラゴンだが、もうすっかり回復したようで赤い瞳に僕を映していた。グルルと口からは炎が漏れ出し、その熱気がここまで届いて額に汗が滲む。
「だぁああああああああああ――――ッ!!」
ジョブによる
それを振り上げながら、レッドドラゴンの鼻先ど真ん中へ突撃する。
グァアアアアアアアアアアアア!!
牙がびっしりと生えた裂けた口を開き、灼熱のブレスを吐いた。
それを滑り込みながら回避し、レッドドラゴンの足元へ。……前に父さんに習った、ここがやつの弱点。鱗がなく柔い肌を、思い切り剣で斬りつける。
「――――ッ!!」
刃は通った。
しかし噴き出した血が熱く、僕の皮膚が溶け肉が焼ける。気絶しそうなほどの痛みに耐えながら、村とは逆方向に走り出す。
「こっちだっ!! こっちに来い、デカブツ!!」
こっちには誰も住んでいないし、森もいりくんでいて移動しにくいはず。
傷は与えた。これでやつは、本格的に僕を獲物と……いや、敵と認識した。諦めて他を探しに行く、なんてことはしないだろう。
グルァアアアアアアアアアアアア!!
怒りのせいか、明らかに声のトーンが違う。
炎を撒き散らし森を焼く。バカだな、煙のせいで僕の血の臭いがわからなくなってるぞ。
「こっちだ、こっち! ついてこい!」
定期的に声をかけつつ、ひとがいない方へ、森の奥へと駆けた。
◆
「はぁ……はぁ……!! あー……くっそ……!!」
走って、走って、走って。
時たま立ち止まり、切り返し、レッドドラゴンの急所を斬り裂く。時間をかけて、少しずつやつの体力を削ってゆく。
しかし、最初に音を上げたのは僕の肉体だった。
これ以上は逃走も攻撃もできないため、運よく見つけた洞窟に逃げ込んだ。幸いやつはまだ外を探しているが、いずれここを嗅ぎつけるだろう。
「これが父さんの言ってた、大きな運命ってやつなのかな。……ははっ、だとしたら僕の負けか。勘当されたその日に死ぬとかみじめだなぁ……」
強くなるとか何とか言ったのに、嘘になっちゃったな。
僕を勘当した父さんを、母さんはぶん殴るのだろうか。
兄さんはどんな顔をするのだろう。僕に何回も負けていつも悔しがってたし、案外喜んだりして。
「……アトリアとミモザは、ちゃんと逃げられたかな……」
村人の避難に行かせたのは、そのまま二人に逃げてもらうためでもある。
あのまま三人で戦っていたら、きっと全滅していた。僕一人の犠牲で済んだなら上出来だろう。
ジョブが使い物にならないなりに、ドラゴン相手によく頑張った。
すごいじゃないか、僕。今日まで頑張った甲斐があったな。
グルァアアアアアアアアアアアア!!
「……っ」
ドラゴンの叫びに洞窟全体が揺れた。
確実に近づいて来ている。
……怖い。
弱音は吐きたくないのに、どうしたってそう思ってしまう。
アトリアとミモザ、そして村のひとたちが無事ならそれでいいじゃないかと自分に言い聞かせたって、やっぱり死ぬのは怖い。死にたくない。死にたくなよ……。
「あっ! レグルス君いたー!」
「坊ちゃま、探しました」
「っ!? な、何で二人がここに!?」
洞窟の入口の方から、アトリアとミモザがやって来た。
二人とも全身汗だく、息を切らしている。
「何でって……そりゃねえ、ミモザさん?」
「はい、アトリア様。私のスキルの中には、ターゲットに印をつけてどこまでも追跡可能にするものがあります。失礼ながら村へ向かう前に、坊ちゃまに印をつけさせていただきました」
「そ、そんな勝手に……! 大体僕は、助けに来てなんて頼んで――」
「ってかレグルス君、傷だらけじゃん! え、それ火傷!? うわぁ、痛そぉー……! すぐ治しちゃうからね!」
アトリアは僕の身体に手をかざす。
すると手のひらがやわらかな光を放ち、洞窟に逃げ込むまでに負った数々の傷と疲労を癒していく。……暖かくて、心が安らぐ。
「家を出る時に何があっても逃げないって言ったの、もう忘れちゃった? レグルス君だけ格好つけて満足するとか、そんなの許せないよ!」
「地獄の果てまでもお供します、坊ちゃま」
洞窟の薄闇の中でも輝くアトリアの笑顔と、ミモザの真剣な眼差し。
僕にはもったいないくらいの言葉と行動に、正直泣きそうだった。
しかし、水分を無駄にしてる余裕などない。
おかげで傷は癒えた。死ぬ以外のことを考える必要がある。
グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「っ! この感じ、もう洞窟のすぐ外にいる!」
「どうしよどうしよ! 奥に進む!?」
「……いや、このままあいつが洞窟に入って来て、炎でも吐いたらその時点で終わりだ。外に出て戦おうにも、僕の剣はもう……!」
縛っていた布が焼け、地面に落としてしまった剣。
その刀身は、レッドドラゴンの灼熱の血液に何度も焼かれ変形していた。殴ることには使えても、斬ることはできない。
「……一つだけ、勝てる方法がある……かもしれない……」
苦しくも絞り出した声に、二人は目を剥いた。
「何でしょう、その方法とは」
「い、いや……【おち○ぽチャンバラマスター】には一つだけ〈抜刀〉っていうスキルが備わってて、それを使ったら、もしかしたら……」
「そんなのあるなら使おうよ! 早く早くっ!」
「えっと、ただこれには条件があって……
「坊ちゃま、ハッキリとおっしゃってください」
「そうだよレグルス君! 何で恥ずかしがってるわけ!? どういう状況かわかってる!?」
ごもっともな発言に、僕は背筋を正した。
二人の顔を見上げる。
どちらも大切なひとで、絶対に守らなくちゃいけないひと。なのに僕が弱いばかりに、危ない目に遭わせてしまっている。赤面している暇など、今はない。
「だ、だから!! つまり――」
簡潔に、
「おち○ぽを勃起させて
わかりやすく、
「だから二人とも、力を貸してくれっ!! えっちなことを……!! お、おっ……っぱ……おっぱいを!! 触らせてくれ!!」
僕は言った。
「僕は今すぐ、これ以上ないってくらいバキバキに勃起しなくちゃいけないんだ――っ!!」
――――――――――――――――――
あとがき
次回、えっちです。
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