第2話 「ナンプレがナンバープレースの略だって、一体誰が言いました?」──その通りだよちくしょう!!
入学式のことなんて覚えていない。春校に足を踏み入れた瞬間から僕の頭はナンプレ一色、いや、ナンプレ部一色だった。
そういえば、入学生代表の言葉とか言わされた気もするけれど、全然覚えていない。なんかナンプレ部のことを盛り込み、そこそこ無難なことを言った気がする。
原稿にはええと、「この学校にはナンプレ部など、他校にはない個性的な部活が様々あります。けれどそれを恐れず、新しいことに意欲的に取り組んでいきたいと思います」──おお、さすが僕。無難だ。
僕はもう放課後の部活見学が楽しみで仕方ない。というか頭はもうそのことでキャリーオーバー気味だ。先生の話なんか頭に入らないからメモを取ったよ。
思考と行動が剥離しているけれど問題ない。後はナンプレ部に入部するだけ。ノープロブレム。
さあ、ようやく放課後だ。僕は手早く荷物をまとめ、ナンプレ部が活動しているという図書室へGO!
途中、吹奏楽部や美術部、陸上部エトセトラの勧誘があったがオールスルー。先輩方には悪いが、僕の心は決まっている。
四階にある一年生の教室。その中でも西端にある僕の教室から三階の東端にある図書室へ。僕の足取りには迷いなど一切なく、真っ直ぐ図書室へ。三階で会った二年生の先輩が僕が一直線に図書室へ向かうのを見、怪訝そうな面持ちになったのが少し気になったけれど、僕は無事図書室前に辿り着いた。そのまま入室、と思ったんだけど、何やら立て札が。
「ナンプレ部入部者以外の立ち入りを禁ず」
工事現場の看板みたいな派手な彩りの立て札だが、うん、僕なら問題ない。
僕はこの部に入るためにここに来たんだ!!
自分の決意を再確認し、扉に手をかけると──
「早まっちゃだめぇぇぇっ!!」
甲高い制止の声に思わずびくり、と手を止め、振り向く。直線の廊下をポニーテールを振り乱し、全速力で走ってきた女子生徒が僕に向かってスライディング。僕は避ける間もなく衝突、図書室脇にある階段の縁に頭をぶつけた。地味に痛い。
「ぐっ」
「ごめん、大丈夫? でも早まっちゃだめだよ?」
ぶらんぶらんとポニーテールを揺らし、落ち着きなく僕に語りかける女子生徒。胸元についた校章バッジから、二年生であることが判明した、のはいいけれど。
「早まっちゃだめって何ですか? どっちかっていうと、今貴女に突っ込んで来られて、僕、寿命縮んだんですけど……」
「それはいいからナンプレ部なんかに入部しちゃだめ!」
先輩、僕の発言は完全スルー。起き上がりかけの僕の肩をがっしり掴んで揺さぶりをかける。先輩、頭がぐわんぐわんします。ギブです、ギブ!
とんとんとん、と先輩の手を三回叩くが、意味が通じていない。先輩は続ける。
「ナンプレ部に入ったら最後……絶対だめなんだから!」
「せ、先輩? それよりギブ」
「それよりじゃないわ!!」
ちょっと先輩? 僕の命をそれ呼ばわりですか? 僕、本当にギブなんですが。
「絶対入ったらだめ! 後悔する、後悔するから!!」
ぴきっ
そのとき、珍しいくらいに僕の中の何かが音を立てて切れた。
ぱしっ、と揺さぶりをやめない先輩の腕を振り払う。
「後悔するって何ですか」
想像以上に低い声が出て驚いたけれど、僕は構わず先輩を睨み付けた。
先輩はポニーテールをぶらんぶらん振って尚も言い募る。
「私は、君のためを思って……!」
「僕は僕自身の決断で、この部に入るためにここに来たんです!!」
怒声が廊下に響いた。
「僕の道は僕が決める! 名前も知らない貴女にどうこう言われる筋合いはない!!」
先輩のポニーテールがびくんっと跳ね、すぐにしゅん、としなだれる。先輩は泣きそうな顔で僕を見る。
「本当に、行っちゃうの? 今ならまだ間に合うわ」
「最初から決めていたことです。今更変えるつもりはありません」
僕は先輩を置き去りに、図書室の扉に手をかけ、開けた。
がらっ
「失礼します」
「お、入部者だね」
出迎えてくれたのは爽やか系イケメンの三年の先輩だった。右目の泣き黒子がなんとも色っぽい。
「はい。ここが、ナンプレ部ですよね」
「うん、名前は間違いないよ」
「そうですか! 僕、桜坂 純也って言います」
「あ、入学式で代表挨拶したって子だね? 俺は霞月 蒼真。この部の副部長だよ。よろしくね」
わあ、爽やかな上にしっかりしてそうな人だ。その前に何か引っ掛かる発言があったようななかったような……ま、いっか。
僕はナンプレ部入部で浮かれていたので、霞月先輩の重要な一言をスルーしてしまった。
霞月先輩に導かれ、ナンプレ部の面々の元へ案内される。
本棚が並べられた中にいくつか机が並ぶ。その机たちの中央に彼らは陣取っていた。
人数は三人。男子制服を着ている女の子に、女子制服を着ているスポーツ刈りの男子。性別ちぐはぐな二人に挟まれ大和撫子な黒髪長髪の美人が一人。
「みんな、新入部員の桜坂くんだよ」
霞月先輩が声をかけると三対の視線が一気に僕の方へ。
「さ、桜坂 純也です。よろしくお願いします」
真ん中の大和撫子な先輩がじと目なのが気になるが、僕の名乗りを聞くと、まず男子制服の女子生徒がぴょこん、と擬音がつきそうな仕草で敬礼した。
「はじめましてです! ボクは二宮 翔太。二年生だよ!」
「おうふっ!?」
なんだろう? 一打目からのこの衝撃は。
大きすぎる瞳。少女マンガよろしくなくらいの目はくっきりとした二重で、睫毛も長い。つけ睫毛のような不自然なてかりはないから、きっと自前だろう。
これで、名前は"翔太"ですって?
「あはは、二宮先輩、すみませんが名前を聞き逃してしまいました。もう一度、お願いします」
「んー、翔太だよ。しょ、う、た」
ぱちっ、とサービスにウインクまでつけて先輩は答えてくれた。
ラノベだけの存在だと思っていたけれど、男の娘って、実在するものなんですね……
僕に立ち直る暇を与えず、今度は女子制服のスポーツ刈りイケメンさんがずい、と前に出る。
嫌な予感しかしない。
「あたしは、篠原 和子。よろしく」
「…………Pardon?」
無駄にいい発音で訊き返す。
「はい、部長、パス」
篠原先輩は完全スルー。大和撫子先輩に華麗にパスしてしまった。
「名乗る前に新入部員くん、貴方のナンプレへの愛を語ってくれるかしら?」
入部試験的なあれキターッ!!
是非もない。
僕は語った。
「この世に、ナンプレほど面白いものは存在しません」
ナンプレがどれだけ面白いか、ナンバーが揃い、パズルが完成したときの達成感がいかに得がたいものであるか。
「ただの数字の羅列? いいえ、違います。断じて違います。ナンプレの真価は、その数字たちを並べることにこそ美がある。そしてそれが整ったとき、僕は数字たちが魅せる、新世界を見た」
遠慮などしなかった。そんな必要はない。むしろ語り尽くさなければ、この人たちに失礼だ。
「ナンプレは素晴らしい。その一言に尽きます。僕はその魅力に取り憑かれて、艱難辛苦を潜り抜け、この部へやってきました」
その一心で僕は語った。ナンプレとはなんたるかを。
僕がここにやってきた高尚な動機を。
そうしてたっぷり十分、語り終えた僕に、大和撫子先輩は拍手した。
なんだか、僕の演説前と目の輝きがえらく違う。興奮気味のきらきらした眼差しで僕に駆け寄り、手を取った。
「素晴らしい! 貴方は素晴らしい逸材だ!!」
突然の急接近に僕はどぎまぎする。
「私は音無 雅。この部の部長よ。貴方を歓迎するわ!」
どうやら受け入れてもらえたようだ。二宮先輩と篠原先輩も温かい拍手を送ってくれている。ただ、霞月先輩だけが僕に憐れむような視線を向けているのが気になるが……
大和撫子先輩改め、音無先輩が高らかに告げた。
「ようこそ! ナンバープレート部へ」
「え」
僕はふと、先輩たちが囲んで眺めていた本──数々の写真が納められたアルバムをちらりと見やる。
そこには白地に緑色の文字、もしくは黄色地に黒文字で書かれた数字の羅列の写真が。──車のナンバープレートの写真ばかりが納められていた。
「ええぇぇぇっ!?」
僕は絶叫した。
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