みんなみたいに生きたい(仮)

夜桜夕凪

第1話

 雨風共に強く、傘があまり仕事をしない日にアニ○イトに行った日のこと。先に五階まである文具屋で買ったコピックを入れた鞄にファンブックと推しのクリアファイルを入れて会計を出ようとしたつむぎはうきうきの気分から現実に引き戻された。

「お姉さん傘‼︎」

(何事だ…?)

 しかし、周りには「お姉さん」と言えそうな客は大声を出した女性しかおらず、自分のことだと思った。実際、自分だった。会計のとき、レジカウンターにかけたはずの傘は腕になく、慌ててお姉さんから傘を受け取った。

「ありがとうございますっ‼︎」

 大声で呼びかけられたからか、大声で感謝を伝える。いつもは出ない大声につむぎ自身、驚いていた。

 外は雷が鳴りそうな大雨で、通行人のほぼ全員が傘をさしていた。ちらほら傘を持たず歩いている人もみられる。傘をさしているからと言って全てを防げているわけではない、というのが現状で己が濡れても推しは濡らさないように気をつける。何より最優先はファンブックだ。ビニールがかけられているものの、すべてがカバーされているわけではない。ファイルはなんとかなる。コピックも問題ない。歩道がタイルのせいでよく滑る。

(こんなとこで滑って転ぶとかダッサ〜…)

 転びそうになりながらふんばって無事に傘がいらない屋根の下に入って被害状況を確認する。

(大して…?というか、ほぼ皆無じゃね?)

 一安心して電車を待つ。街中というだけあって停留所がしっかりしている。これなら傘をささずとも雨風を凌げる。もちろん、待ってる間も乗車中もゲームをするのが雲龍つむぎだ。ゲームのライフをすべて消費して、ライフを消費しないゲームに移る。

「ご乗車ありがとうございました。まもなく終点、大寒です。どなた様も落とし物、お忘れ物ございませんよう、ご注意下さい。本日も節気市電をご利用くださいましてありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

 市電を降りて空港くらい広い駅の中を歩く。屋根の下に停まるのはありがたい。一度も傘をさすことなく、駅構内に入る。

「やっぱ広いなぁ〜」

 空港並みに広いんじゃないか、久々に思った。乗り換えでよく使うとはいえ、久々に来てみると広さに驚くもの。つむぎの学校は世間一般から一ヶ月遅れて九月まるまる夏休みのため、今月は殆ど遠出はしていなかった。久々に来た記念にオートウォークに乗る。

(エスカレーターの歩道版、この駅以外だったら東京の空港だったかなぁ、乗ったことあるの)

 此処はバスターミナルも兼ねてる、というよりバスターミナルに市電の駅を取り込み、その上にスーパーやファミレス、服屋やドラッグストア等、生活必需品が揃う店がある複合施設だ。出発時刻を確認する。

「五十三分…?出てったばっかかよ…?」

 一番近い時計は二十七分を表示している。前のバスは二十四分。

(まぁ、慣れてるけどさ?ゲームしよ)

 二十分待ちはよくあることだ。まだ学生の下校時間や仕事帰りの大人がちらほら見られる時間だから本数が増えているのが救いというもの。もう一二時間遅かったり、早かったりすると一時間に一本だ。数時間に一本よりかは良いものの、不便であることに変わりはない。

(たい焼き食べよう)

 待合室の端にある小さなたい焼き屋。食べるものは決まってあずき。

「すみません、あずきひとつお願いします」

「はーい。お持ち帰りですか?」

 店主が出てくる。

「此処で食べて行きます」

「わかりました。百七十円です」

 二百円出して三十円のお釣り。袋に入ったたい焼きを受け取る。ベンチに座って出来立てのたい焼きを食べる。カリッと音がする。中身はふわふわで全体にちゃんとあんこが入っていて最後まであんこが美味しい。つむぎは食べ終わって紙袋を鞄にしまう。ゴミ箱はあるが、持ち帰る癖がついていた。

 出発五分前にホームに並んで、ここでもゲームをした。シュミレーションゲームの終盤あたりにバスがついた。

「循環月影バスです。ICカードのお客様はカードリーダーに触れてください。現金でお支払いの方は整理券をお取りください。循環月影バスです…」

 カードをタッチして一番近くの座席に座った。

「循環月影バス、十六時五十三分発、出発します。いつも循環月影バスをご利用くださいましてありがとうございます。安全運転のため、交差点では一時停止、または退徐行します。ご注意下さい…」

 始発の放送が流れ、バスが動き出す。ライフが貯まっていないゲーム画面を見つめて、景色を見ることにした。五時だから暗いのか、雨だから暗いのか。結露した窓に落書きをしてかき消す。雨はまだ続いていて他人事のように氾濫しないか考えてみる。眠いせいか、時間が早く感じる。

「次は十六夜です。降りる方は押しボタンでお知らせください」

 あっという間に最寄り。ボタンを押す。

「次、停まります。ご乗車ありがとうございました。バスが完全に停止してから…」

(ねむい…)

 寝るわけにはいかないと頬をくるくるして停まってから席を立つ。

「ありがとうございました」

 そう言われて同じ言葉を返す。傘を開いてバスを降りる。

「けほ、けほけほけほっ…。ひゅっ…」

(苦しい…)

 バスは次の停留所に向けて動き出した。

「はっ、はぁ…けほけほっ…。うっ……」

(たすけて、くるしい、嫌だ…)

 周りに人はいない。なんとか重い足を動かして信号を渡る。

(あともう少し、あとちょっと…)

 頻繁に立ち止まって咳こむ。

「はき、そ…」

 頻繁に咳き込み、支えなしで立ち続けるのも侭ならない状態。いつもなら十分弱の距離だが、とても遠くに感じられる。それでも少しずつ前進し、玄関まで辿りつく。鍵を開けて鞄を椅子にかけて手を洗ってリビングに膝をついて倒れる。不規則な呼吸。痛む背中。吐きたいくらいに気持ち悪いのに、吐けそうにない。心臓の辺りを強く抑える。そんな力はないはずなのに。床は硬くて嫌だからと最後の力を振り絞るように自室に行く。

(たすけて…)

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