第5話:(問)A君とBさんは一緒にお昼ご飯を食べます。ふたりは友だちと言えますか?

「わ、私は、言えないと思うんですけどっ!」


 わざわざ問題を紙に書いてきて僕に見せてきたのに、何故か自分で答えてしまう愉快な此花さん。

 そのうちお魚咥えたどら猫を裸足で追いかけそうだ。

 ……あながち比喩じゃなくて本当にやりそう。ちょっと心配。

 

「うん、僕もそう思う」


 まぁ、それはともかく、僕も此花さんの答えに賛同した。

 友だちを知るために付き合うことになった僕たち。その誓いを立てた翌日の放課後、一年二組の開けっ放しの窓からは春の心地よい風が時折カーテンを揺らし、運動部の足音や掛け声がまるでこれが青春だとばかりに聞こえてくる。

 教室には僕たちふたりだけ。窓際の席に座る僕の対面に、此花さんが椅子へ真逆に腰かけている。


 もしかしたらいい雰囲気に見えるかもしれない。

 が、ご期待に添えられなくて申し訳ないけれど、僕たちはそういう関係じゃない。

 それどころか友だちにすらもなっていないのだった。


「で、ですよねっ! だってお昼ご飯を一緒に食べて友だちになれるんだったら、私たちはとっくに友だちですもん。でも逆に言えば、どうして私たちはまだ友だちじゃないのですかね? A君とBさんの間に足りないものはなんだろうって高尾君は思いますか?」

「うーん、お互いのことをまだあまり知らないから?」

「あ、なるほど、さすが高尾君ですっ! だったらA君の誕生日はいつですか?」

「え? 10月16日だけど?」

「てことは、天秤座!」

「Bさんは?」

「私は……ふ、当ててみてください」

「なんで得意げなの?」

「と、友だちっぽいかなっと思って!」


 ちょっと恥ずかしそうにえへへとはにかむ此花さん。可愛いじゃないか。

 それはともかく誕生日の質問のはずが、何故か星座に代わっている。

 まぁ、ほとんど同じものかと納得するものの、さてなんと答えたものか。


 Bさんの臆病ながらもいざとなれば猪突猛進する性格からして「猪座」と言いたいけれど、残念ながら十二星座にそんなものはない。ちなみにそんな星座があるのかどうかも知らない。

 では猪に近い獅子座や牡牛座はどうだろう。ただ、女の子に獅子や牡牛などというのは失礼に当たるような気もする。

 まぁ咄嗟に猪座なるものが頭に浮かんだ時点で失礼極まりないのだけれど。ごめん、と頭の中でBさんに謝っておく。

 

「んー、乙女座?」


 お詫びついでに一番女の子が喜びそうな星座を口にしてみた。

 

「残念! 答えはなんと8月1日の獅子座でしたっ!」

「しまった。そのまんまだった」

「あの、高尾君っ! それってどういう意味ですかっ!?」

 

 ジト目で此花さんが尋ねてくる。

 あー、色々気を使って答えた挙句に墓穴を掘るとは何やってるんだ、僕。

 

「ううっ、いいですいいです、どうせ私なんて猪座でしょって思ってたんですよね?」

「思ってない思ってない」

「でも、猪だったら獅子よりも牡牛の方が似てませんか? ほら、闘牛とか牛追い祭りのイメージで」

「あ、ほんとだ。此花さん、本当は5月生まれなんじゃないの?」

「返す返すもどういう意味かなっ、高尾君っ!?」


 今度は気を使わなさ過ぎた。会話難しい。

 

「高尾君にも私ってそんなふうに思われてたんだ……」

「ご、ごめん。でも、それは此花さんのいいところでもあるから」

「え? どういうこと?」

「僕にはない行動力だからね」


 その言葉に嘘偽りはない。ただ、少し暴走気味だけどと付け足さなかっただけだ。

 それがもともと最低限のコミュケーションをよしとする性格によるものなのか、それとも此花さんに気を使ってのことなのかは自分でもよく分からない。

 でも。


「そ、そうかな? えへへ」


 此花さんが機嫌を直してくれたので結果オーライだろう。


「あ、そうそう、A君は天秤座なんですよね。えーと、天秤座と獅子座は、と……ん?」


 此花さんがスマホで何かを検索した。

 いや、何かってそりゃあ星座による相性占いだろうけど、問題は彼女の反応だ。

「へぇ」とか「ほうほう」とか「そっかー」とかブツブツ呟きながら、ちらちらとスマホ越しにこちらを見てくる。なんだかモルモットにでもなったみたいで落ち着かない。


「一体なんて書いてあったの?」

「知りたいですかっ!?」

「……知りたくはないけど知ってはおきたい」


 仕方ないですねーと此花さんが見せてきたスマホの画面を凝視する。

 えっとなになに、天秤座と獅子座の相性は抜群で、何事も獅子座が「これをやろう!」と提案すれば天秤座は喜んで賛成して事が上手く運ぶ間柄です、か。


「つまりBさんの提案にA君は喜んで乗っかっていけ、と?」

「そうなりますねっ!」

「なんだかすごく暗示的な結果なんだけど?」

「私もびっくりですっ!」


 なにかと暴走気味な此花さんに全部乗っかっていけとか、どうにも不安すぎる。

 本当の此花さんの星座はやっぱり牡牛座でしたってことにならないだろうか?


「さ、さてこれでA君とBさんの誕生日、そして星座が分かりました。A君はどうやらBさんが命令すればなんでも喜んで従うみたいですっ!」

「いや、そこまでじゃないけど!?」

「多分ですけど『私の為に死んで』と言ったら喜んで死んでくれるはず。す、すごい! 友情パワーのなせる技ですねっ!」

「そんな昔の漫画みたいな友情は望んでないんだけど!?」 

「あ、勿論、私だって高尾君には死んでもらいたくないですよ?」

「……うん」

「でも私たちが友だちになるには高尾君が死なないと!」


 此花さんが鼻息を荒く、それでいて涙目で僕を見つめるという離れ業をやってみせた。

 つまるところ、早速暴走していた。

 

「いやいやいや、さすがに死なないと友だちになれないということはないと思う」


『ここは俺に任せろ、お前は先に行け』って漫画やアニメでよく見る光景には憧れるけど、実際に此花さんとそんなことになりたいかと問われたら僕は激しく首を横に振る。

 それどころか購買の最後の焼きそばパンでも、友だちだからと言って安易に譲りたくはない。


 友だちなら難所はふたりで協力して乗り越え、貴重な食料は半分こして食べるべきだろう。

 それが友だちだというものだと、僕は思う。

 

「だから落ち着いて此花さん。ほら、これを」


 僕は涙目どころかついには鼻までぐじゅぐじゅ言わせ始めた想像力逞しい此花さんにポケットティッシュを手渡した。

 此花さんの妄想の中で僕はどれだけ壮絶な死を迎えたのだろう? あまり考えたくない。

 受け取った此花さんは数枚抜き出して目元を拭き、ついでに鼻をチーンした。

 

「そ、そうですよね! いくらなんでも高尾君が私の為にどんな死に方をするんだろうなんて考えなくてもいいんですよねっ!」

「うん」


 そりゃもう絶対に。

 

「よかったぁ。ホントによかったよ!」

「うんうん、よかったよかった」


 よかったついでにもっと穏便に、もっと優しく、もっとありふれていて、もっと今の僕たちに相応しい友だちの成り方を考えることにした。


 結局、その日はふたりとも何も思い浮かばなかった。

 それが当たり前だし、それでいいと思う。


 僕たちはずっと『ぼっち』だったんだ。それが友だちになろうと決めた今、一番大切なのは友だちになることじゃなくて、その過程を学ぶことじゃないだろうか。

 だからこそ何をするべきなのかはじっくりと考える必要があると思った。

 それに此花さんもよく考えて、落ち着いて行動するようにすれば、彼女の暴走癖も治るんじゃないかなと余計なお節介だけどそう思った。

 

 なのに。

 

「高尾君、キャッチボールしようよ!」


 翌日の放課後、唐突に小さなグローブとゴムボールを持って提案する此花さんに、僕は自分が思い上がっていたことを見せつけられた。

 それぐらい此花さんが一日で考え出した友だち作戦は完璧だった。

 穏便で、優しくて、ありふれていて、そして今の僕たちに相応しい。

 なんせキャッチボールは誰でも出来て、なによりふたりじゃないと出来ないんだから。

 

「うん、分かった」


 グローブを受け取りながら、どうして僕はこの案を思い浮かばなかったのだろうかと考えた。

 昨日はあれから家に帰っても色々と考えていたのだ。だけど何も思い浮かばなかったし、まぁそんなもんだよねと半ば諦めてもいた。

 それが僕だった。偉そうに時間をかけてじっくり考えてと言いながら、実際は何も思い浮かばずに動けない。それが僕だ。

 

 対して此花さんはきっちりと答えを出してきた。しかも完璧な。

 

「それにしてもどうしてキャッチボール?」 

「あの、その……まだやったことなくて。だから一度やってみたいなぁとか思って!」 


 一瞬言葉に詰まって、それから「そうなんだ」って言葉を吐き出しながら頭の中では「まいりました」と土下座していた。

 やったことがない、単純な理由ながらも僕たちはこれまで友だちがいなかったわけだから、その「やったことがない」ことの中から正解を導き出すのは至極真っ当なやり方のように思えたからだ。


 そして思い出してもいた。

 そもそも僕は友だちを求める此花さんに感化されて彼女と行動を共にすることにしたんだった。

 つまりは此花さんが色物の服で、僕は真っ白なTシャツ。彼女が糠で、僕は茄子。此花さんの影響力が、無気力な僕を動かす原動力だった。


 ああ、なるほど。

 どうやら星座に教えられるまでもなく、僕は此花さんに引っ張られる存在らしい。


 認めざるをえなかった。えなかったけれども。


「でも死にたくはないなぁ」

 

 小さく、此花さんにも聞こえないような声で呟く。

 うん、ぶん回される役割は自覚しても、あまりに暴走が過ぎる時は止めさせてもらおう。死亡フラグなんて普通な高校生の日常にあってはならないのだから。

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