真夏の天使

瀬戸はや

夏期講習の申込

その時 彼女は14歳だった。

僕たち 職員は1時間目と2時間目の間のわずかな時間に夕食を食べなければならなかった。

茂登子は 入塾手続きをしながら 横目でそれを見ていたらしい。

夏期講習への入塾が決まって、初めて来塾した2日目に茂登子がお弁当を持ってきてくれた。

「はい、これ。」茂登子は持ってきた 紙包みを僕に渡した。

「何かな。」

「お弁当。」

「お弁当?」

僕は何のことかわからなかった。

「放課の間にお弁当食べるんでしょう。」

茂登子は、職員がこの時間にお弁当を食べることが分かっていたらしい。

「あぁりがとう。」

僕は受け取りながら何で お弁当?と思っていた。

「おにぎりとプリン 作ってきてあげたんだよ。この間 来た時もおむすび 食べてたでしょう。」

「入塾の受付をするために来た日?」

「そう、その時も おにぎり食べてたじゃない。」

「よく知ってるね。」

僕はもう 2日も前の夕食 なんて 何を食べたか覚えていない。

不思議なのは プリン だった。おにぎりのおかずだったら 普通 卵焼き かなんかだろう なのに プリン、わからなかった。

「私 プリン 作るの得意なんだ。家庭科の授業で習ってから 何度も作ったから。」

「そうなんだ。」

「おにぎりだけだとちょっと寂しいかなと思って。プリンも作ってきてあげたんだよ。」

「だからプリンも作ってきてくれたんだ。」

大人びて見えても子供なんだ。自分の得意なものを、僕のために作ってきてくれたんだ。ありがたかった。

「先生も 結婚したら 弁当にしなよ。他の先生 たちみたいに。」

この美しい娘は顔が綺麗なだけでなく心の内側も美しいのだろう。そして無邪気だ。この子は生まれたままに美しく、綺麗な娘なんだ。夏に降り立った天使のような子だった。

なんだか 美しすぎて 人間という気がしなかった。一瞬 そんな気がしただけの幻に似ていた。とても生身の人間という気がしない。ほんの一瞬の気まぐれで僕の前に降り立った天使と言うべきか。彼女は真夏がくれた天使なのかもしれない。

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