第10話

あの日から俺達はお互いが円満な関係になった。

…将斗以外は。


『俺、斗真と結婚しようと思う』

『ごめん。席外すわ』


あのとき以来、将斗は俺に見向きもせず、ましてやあいつが俺と同じ部屋で会わないように対策をしている気もしてきた。


必ずしもみんなが幸せになるわけではない、とはこういうことだろうな…。


あいつの女絡みが以前よりも遥かに多くなったと知り合いづてで聞いた。


俺は、あいつになにも声をかけられなかった。言葉を探しても探しても見つからなかった。俺とあいつとの距離は遠ざかっていくばかり。連絡をしても、未読スルー。


俺は、もう将斗を気にしないように過ごしていくことを決めた。

斗真には心配かけたくなかった。


「先輩?」

「ん、ん??」


すっかり忘れていた。俺は今斗真とランチを食べていた。ベンチで。


「なんか最近、先輩上の空って感じで勉強も手つかずだし。」

「うーん…」

「あの川上先輩のことですか?」

「えっ」


俺は斗真に心を見透かされたような気分になった。


「あの日、食堂でなにがあったのかは知りません。だけど、いつも川上先輩は俺を見かけてから席を外すんです。でもあのときは、俺がまだいなかったのにも関わらず、荷物全て持って去っていったじゃないですか。あぁ、なにかあったんだなって俺は瞬時に気づきました。」


こいつは察し能力にも優れているんだな。


ここでバレバレな嘘や誤魔化しを言ったところで、こいつの顔は「本当のことを言って楽になりましょう」と言うだろう。


わかった、全部話すよと言いかけたところで、俺は自分自身にストップをかけた。

事の発端は、斗真と結婚するという思いがあってこのような関係に移り変わってしまった。


つまり、この話をする=プロポーズになるということだ。

こんな大学のベンチでプロポーズとか、どれだけロマンがないか。


「いや、なんでもない。ただ、将斗はあのとき急用ができて席を外しただけだ。」

「ふーん…」


斗真はなにか言いたげな顔をしていたが、何も言わずにご飯を黙々と食べ始めた。

俺も視線を弁当に戻したが、やや気まずめな空気が流れている。


俺だって、こんな状況を作りたかったわけじゃない。できることならこんなことしたくなかった。だけど、勘の良いガキは、いや大抵の奴らはこれがプロポーズだということに気がついてしまう。


…ん?でも待てよ。


「逆に…いいのか?」


大学ここが、思い出の地と化するのか?


懐かしいねって言い合えるってことか?


「むしろ…ここで話してしまった方が…」


俺的にも斗真的にも得をする?


「先輩?さっきからなに独り言言ってるんですか?」

「え?」


俺は無意識に心の声が漏れていたらしい。もう誤魔化しは効かない。


「斗真。ごめん。やっぱり話すことにするよ」


斗真を見ると、喉仏が上下に動いた。覚悟の印だ。


「あの日、将斗が席から外したのは…」


斗真がじっと俺を見ている。その顔は、不安なような、期待しているような。


「俺が、お前との結婚を考えていると言ったからだ。」

「は…け、結婚…?け、けっこんんんんん?!?!?!?!」


斗真はわかりやすく驚き、顔を真っ赤にさせた。


「そそそ、それって、プププ、プロポーズですよね?!?!?!」

「そういうことに…なる…な」


斗真はしばらく喜んだが、ハッと我に返り、次は悲しい顔になった。

そう。将斗は俺たちの結婚を快く思っていない。


俺たちというよりも、『男同士の結婚』自体に不快感を感じているのだろう。

無理もない。俺も斗真と付き合うまでは同じ価値観だったから。


「だからその、俺らが悪いわけじゃないんだけど、将斗とはその…険悪な関係になりつつある。」

「いや、俺の…せいです。」

「斗真、それは言っちゃいけな…」

「やっぱり俺は普通じゃないんですよ!俺が先輩のことを好きにならなければ、出会わなければ先輩だって幸せだったし、先輩と将斗先輩の関係も悪くなることなんてなかったんです。俺が巻き込んだことです。将斗先輩には、俺と先輩の間になにもやましいことはないとお伝え下さい。俺はをこれから、一から歩み直していきます。じゃあ、これで。今まですみませんでした。」


斗真は深々とお辞儀をして出入り口に向かう。


おい、陽平。このまま斗真を行かせていいのか?いいわけないだろ?

こんな俺を懲りなく愛してくれた、俺の人生を変えてくれた。命の恩人でもあるんだぞ。大切な人を失うのは嫌だろう?だったら今俺がすべきことはただ一つ。


俺は斗真の背中を追いかけ、バックハグをした。


「行くな。お前が悪いんじゃない。誰も悪くない。」

「だけど、俺のせいで」

「お前のせいじゃない!!!何回言ったらわかるんだ!!!俺と将斗は大丈夫。気にするな。俺がなんとかする。」


斗真は少し泣いていた。俺の腕にこいつの涙が染みたのだ。このたった一瞬の時間で、斗真を泣かせるまでに傷つけた俺を心の底から自分自身に拳を振るいたい。

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2024年12月14日 18:00
2024年12月28日 18:00

多様化の時代を俺は生きている。 凪@マイペース更新中 @_harunohi_143

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