幼馴染の四姉妹が俺にキス一回の「課金」で雑用を押しつけてくるんだけど、なんかだんだん重課金になってきてる件 ~やがて廃課金へと至る四姉妹ラブコメ~
佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中
第1話だらし姉ぇ
「おはよジン君、ゴミ出しお願いね」
「はーい」
「あと、おゆはんはパスタがいいな」
「はいはい」
「ボロネーゼで」
「わかりましたって」
「あ、あと今日お弁当だったわ」
「えっ」
「ごめんごめーん、言うの忘れてたの! 課外なくなったから!」
早朝朝の六時半、俺――森崎
パジャマ姿で、ごめんごめんと手を合わせる姉妹の長姉――
「あのな、フー。いつも言ってるだろ? お弁当なんて一朝一夕ですぐできるもんじゃないんだ。千円やるから今日はコンビニ弁当で我慢してくれ」
「えー、それはイヤ。だってジン君のお弁当美味しいんだもん。コンビニ弁当はアレでしょ? テンカブツとか入ってて身体に悪いし」
「どの口で添加物なんて言うんだこの肉団子め。添加物どころか多少の傷みものだって構わないで食っちまえる鋼の胃袋のくせに」
「アッ酷い! 私だって少しぐらい健康には気を使ってるんだよ! ジン君、私をコンポストかなんかだと思ってない!?」
「健康に気を使ってるなら体型維持にもう少し気を使え。本当にもう……」
俺は視線をスッと下に下げ、風夏のパジャマの下腹辺りに視線を落とした。
姉妹の中でも最大級の逸物にすっかりとパジャマの布面積を取られ、実に色気のない感じでヘソが出ている。
そのヘソの辺りの肉感を検めていると、その視線に気がついた風夏はキョトンとした表情を浮かべた。
「……プラス1.5センチ」
「へっ?」
「ウエストのサイズ。フー、お前また肥えただろ?」
その瞬間、ヒイイイイ! と風夏は朝に似つかわしくない悲鳴を上げた。
人一倍食いしん坊で、それ故なかなか落ちない脂肪を他の姉妹から「だらし姉ぇ」とからかわれている御厨風夏は、目を白黒させながら俺に詰め寄ってきた。
「なっ、なんでわかるの!?」
「そりゃわかるわ! 誰がお前ら四姉妹の体重管理してると思ってんだ? それに体重の方は、えーと、ウエストが1.5センチだから、イトイをシゲサと計算して……」
「だっ、ダメダメ! 計算するな! 誰かに聞かれたらどうするの!?」
「そこまで必死になるなら昼は抜くべきだろ。ほらほら、俺だって登校準備があるんだから散った散った。第一、今からじゃ時間がないんだよ。弁当なんて無理だ、わかるだろ?」
俺がハエでも追い払うかの如くひらひらと手を振ると、うーっ、と風夏は野良犬のような唸り声を上げた。
小さな子供を説得する口調で言うと、ふん、と風夏が鼻を鳴らした。
「お弁当ならあるもん」
「何?」
「ジン君のお弁当を私が食べる。そんでジン君がコンビニでお弁当を買う。それでどうかね?」
風夏はテーブルの上に置かれた俺のぶんの弁当を指差し、何故なのかものすごく得意げな表情を浮かべた。
俺はハァ、と再びため息をついた。
「何を言い出すかと思えば……アレは俺のぶんの弁当だぞ。男子学生用でものすごく高脂肪高タンパク高カロリーだし、全然女の子らしくない中身だし。そんなもん食べたら人気なくすぞ、お前?」
「いいもん! 別に日の丸弁当でも全然アリだもん! どうせフーちゃんとかカーちゃん以外の人と食べる予定ないし! 誰に見られたっていいもん!」
「花も恥じらう女子高生がなんてこというんだよ。とにかく、アレはダメ。とにかく今日はコンビニで……」
なんとか説得しようとすると、むうううー! と風夏は頬を膨らませ、今の自分はものすごく不満なのだというように俺を睨みつけた。
その野良犬の威嚇のような視線と態度に、流石の俺もちょっと怖くなった。
なんだろうこの反応――まさか「食っちまうぞ!」とか言わないだろうな。
俺がちょっと怖気を感じた途端、風夏が頬を膨らませながら言った。
「……課金」
「は?」
「すればいいんでしょ! ジン君に『課金』! ね! それでお弁当くれる!?」
課金……と聞いて、俺は露骨に顔をしかめた。
「……あのな」
「何よ! 私のじゃイヤなの!? いつもリンちゃんカーちゃんのはスケベな顔して受け取る癖に!」
「なっ、ひ、人聞きの悪い事を言うな! 誰がお前らみたいな自堕落な肉団子の課金で喜んだりするか……!」
と言いつつも、俺は風夏の顔――もっと詳しく言えば、唇を見た。
四姉妹の中では一番ぽってりとしていて肉付きのよい、ふくよかな唇である。
ぐっ、と呻いて、俺は風夏の顔を見た。
その時の風夏の顔は「かまえ!」と命令してこちらを睨んでいる飼い猫そのものの表情で、宥めすかしたぐらいでは一歩も退きそうになかった。
ハァ、と、俺は内心でため息を吐いた。
その唇が肉の脂でテラテラとするのが見たくて、ついつい揚げ物や肉料理を食わせすぎたか。となれば、風夏が肥えた原因は俺にも一因があろう。
俺は今度は本当にため息をついた。
「わかった、わかったよ、もう……そんな目で人を見るな。お弁当はやる。それでいいか?」
「やった! さっすがジン君! 話せばわかる男! 違いがわかる男!」
「お前が話してもわからんから俺が折れたんじゃないかよ。もう、さっさとシャワー浴びて、髪乾かせ。もうそろそろフーもカーもヤマちゃんも起きてくるぞ。ただでさえお前は要領悪くて時間がかかるんだから……」
「その前に!」
「はい?」
「課金! 早速ジン君に課金しようではないか!」
そう言って、風夏は人差し指を俺の鼻先に突きつけるようにした。
「うぇ……い、今からか?」
「そうなるでしょ。私だって課金しないでお弁当もらったら心苦しいし」
「お前の場合苦しいのは心でなくて常に腹だろ」
「やかましいわ。ほらもう、口閉じて」
瞬間、風夏の右手が俺の頬に回った。
触れられた途端、ぞくっ、と、腰の辺りに妙な震えが走った。
「じゃあ早速、課金するね――」
ずいずいっと風夏が近づいてきて、俺は急に気恥ずかしくなって顔をそらした。
「ほぉら、こっち見る」
ぐい、と手で前を向かされて、その長姉らしからぬ、子犬のような目と目があった。
それと同時に、両肩にかけられた風夏の手にぐっと力が入った。
風夏の顔がどんどん近づいてきて――そのふくよかな唇が俺の唇に着地した。
ん……という甘い鼻息がかかり、やたらと肉付きのいい身体が密着してきて、少しだけ口づけが深くなる。
風夏の身体に両腕を回さないのに――悔しいが、大変な自制心が必要だった。
五秒くらいで、「課金」は終わった。
背伸びしていた風夏は踵を床につけて、天使のように俺に微笑んだ。
「ね? これでいいでしょ?」
「うっ、うん……」
思わず視線をそらすと、風夏がめざとくそれを見つけて、笑った。
「あ、ジン君顔真っ赤! ウブ! ウブ男子!」
「――ッ! そっ、そういうフーだって多少赤いだろうが! なにを幼馴染相手に赤面してんだ! トントンだ、トントン!」
「えへへ……それじゃ朝ごはん作りもお願いね。カロリーは1000Kcalまで、色はいくら茶色でも許す!」
「もう……わかったわかった。課金分は働く、それでいいだろ!?」
「お願いしまーす! よっしゃ、じゃあ朝シャンしてくる! めっちゃ頭皮ケアしてくる!」
そう言うと、風夏はルンルンと家の奥、シャワールームのある方に引っ込んでいった。
くそ、姉妹の中で一番子供、だらし姉ぇのくせに、こういう時だけマセた課金しやがって。
今日の朝食はこれでもかと緑色にしてやるからな……。
俺はまだおさまらない心臓の鼓動を鬱陶しく思いながら、そう決意した。
◆◆◆
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