義賊〈木こりのジャック〉
第13話 〈騎士殺しのロバート〉
「んじゃあ、旦那。
申し訳ねえけど、〈兎〉の奴をお願いできますかね」
俺は言われるままに〈兎〉を背負い、〈犬〉の後について移動を開始した。
〈犬〉は森での移動になれているらしく、藪や倒木を巧みに潜り抜けながらひょいひょいと進んでいく。
「なあ、ノドウィッドの森ってのは遠いのか?」
「そう遠くじゃございません。
このまま森伝いに北上して、一本松の峠を通ってノドウィッドの森に入ります。
まあ、暗くなる前にはアジトにご案内できますよ」
「お、おう」
〈犬〉が逃走経路について説明してくれるが、一体どこの事やらさっぱりわからない。
時折立ち止まっては〈兎〉が聞き耳を立てながらあっちへ行けそっちへ行けと指示を出す。
どうやら音で追手のいない方角を聞き分けているらしい。
半日ほど歩き回り、少しばかり開けた高台に出たところで〈犬〉が足を止めて振り返った。
「ここが一本松の峠です」
言われて見回してみたが、松の木はどこにも見当たらなかった。
「松の木はどこなんだ?」
「昔はちょうど旦那の後ろぐらいに生えてたんですがね。
もう何年も前に枯れちまいましたよ」
なるほど。
「さて、流石ににしんどくなってきたでしょう。
そろそろ休みましょうかね」
それを聞いて、仲間たちはホッとした様子でその場に座り込む。
〈犬〉はそんな彼らを横目に見ながら俺の背にいる〈兎〉に声をかけた。
「おい、追手の方はどうだ?」
「ん、ちょっと待っとけ。
旦那、あっしを地面に降ろしてくだせえ」
〈兎〉を降ろしてやると、彼は地面に耳を当ててしばらく耳を澄ませた。
「……もう大丈夫だろう」
よく分らないが、ひとまず危機は脱したらしい。
「そんじゃ、あとはゆるゆるとまいりましょう」
そう言いながら〈犬〉は腰の皮袋を外すとうまそうに水を飲み、それから「皆さんもどうぞ」といってこちらに差し出してきた。
有難く受け取り、一口だけ喉に流し込む。
もうすっかりぬるくなった水が、からからに乾ききっていた口の中を潤していく。
これほどうまい水を飲んだのは初めてだった。
名残惜しい気持ちで皮袋をエルマーに回す。
仲間たちも順々に水を口に含んではハァと大きなため息をついた。
最後に水を飲んだセシルが〈犬〉に皮袋を返しながら「あっ」と呟いて何かを指さした。
見れば森の中で火の手が上がっていた。
言うまでもなく俺たちのねぐらだった場所だ。
どうやら追手に見つかってしまったらしい。
「あ、あぁ~……あっしらのお宝が……」
「あんだけあればしばらくは遊んで暮らせたのによ~」
「また誰かからお恵みを貰わなきゃ……」
彼らの嘆きを聞いて〈犬〉が慰めるように言う。
「まあまあ。
あんたらにはこの木こりの旦那がいるじゃねえか。
またいくらでも稼げばいい。
ねえ、旦那?」
そう言って〈犬〉が俺に視線を向ける。
「勘弁してくれ。俺はただの木こりだぞ」
俺の答えを聞いた〈犬〉は、何が面白かったのかカラカラと笑った。
*
少しばかりの休憩の後、俺たちは峠を下ってノドウィッドの森に入った。
森に入ってしばらくすると〈犬〉がふいに立ち止まり、それからアオーンと吠えた。
それに応えるかのように、少し間を開けて遠吠えがいくつか返ってくる。
それを聞いて仲間たちが不安げに身を寄せてきた。
「お頭……狼ですぜ……」
「それもあんなにたくさん……」
「落ち着け。ありゃ狼じゃない。人間だ」
そこらの奴らならいざしらず、森暮らしの長い俺の耳は誤魔化せない。
以前、森番たちが密猟者を狩る時に鳥の声をマネて呼び合っているのを見たことがあった。
あれと似たようなものだろう。
「流石、木こりの旦那は違いますな。
ここからは俺らの縄張りなんでね、合図が必要なんですよ。
必ず俺が通ったところを通ってください。
あちこちに罠が仕掛けてありますんで」
それから〈犬〉は森の中をあっちこっちにフラフラと歩き回った。
罠を避けたり、追跡を撒いたりといった意味もあるのだろうが、一番の目的は俺たちを迷わせることなんじゃなかろうか。
要するに盗賊がねぐらを隠すにはそれだけの慎重さが必要ということだ。
森の奥なら大丈夫だろうと適当に小屋をかけた俺たちが迂闊に過ぎたのだ。
日が傾いてきたのか周囲が薄暗くなり始めた頃、森の奥にこんもりと不自然に盛り上がった丘が見えてきた。
よくよく見れば盛り上がった土の下から人の手で切り出されたらしい石組みがちらほら覗いている。
どうやら、自然の丘ではなく人の手で作られたものであるらしい。
おそらくは古い塚であろうと俺は見当をつけた。
似たような物を伯爵の森でも見たことがあった。
ただし、目の前にあるのはそれらよりも格段に大きい。
森婆が言うには、こうした塚は古代の王たちが死後の安寧と復活を信じて作らせた墓のような物であるらしい。
これも同じとすれば、この塚に眠っている王はよほどの権勢を誇っていたに違いない。
森婆はこうした塚には敬意を払うよういつも口うるさく言っていた。
『塚を傷つけてはならぬ。暴くなどもっての外じゃ! このような塚に眠るお方は強大な魂をお持ちであるから、無礼な振る舞いをすれば必ず祟りがあろう』
森婆の言葉を思い出しながら心の中で一礼しようとしたその時、〈犬〉が塚を指さしながら言った。
「あれが俺たちのねぐらです。
ささ、入り口はこちらですよ、木こりの旦那」
〈犬〉の指した先には、暴かれた塚の入口がぽっかりと開いていた。
それを見た仲間たちが素っ頓狂な声を上げた。
「あ、あんたら、塚の中に住んでるのか!?」
「最初は気味悪く思いましたけどね。
慣れてくりゃ中々住み心地も悪くないもんですぜ」
なんともまあ、ずいぶんと罰当たりな連中だ。
もっとも俺だって昔は迷信深い老人のたわごとぐらいにしか思ってなかったのだから人のことは言えない。
だが、実際に神だかなんだかわからん奴と遭遇して不思議な力を得た今となっては、迷信とて馬鹿にする気にはなれなかった。
「おい、祟りは大丈夫なんだろうな?」
俺が念のために聞いてみると〈犬〉はケタケタと笑った。
「死人は無力ですよ。
噛みついてくることも、それ以上悪態をつくこともありません。
旦那だってよくわかってるでしょう?」
「そりゃそうだが……」
「それに、俺らがここに来た時にはもうこの塚は空っぽでしたからね。
いまさら祟りも呪いもありませんよ」
そう言いながら〈犬〉はさっさと石材で組み上げられた入口に潜り込んだ。
「ささ、どうぞ中へ。
木こりの旦那は背が高いですからね、頭をぶつけないよう気を付けてください」
塚の中から〈犬〉が手招きしてきたが、どうにもあと一歩が踏み出せない。
なおも戸惑う俺たちに、〈兎〉が声をかけてきた。
「もしかして、暗いところが怖いので?
なに、恐れることはございません。
私にしてみりゃ、中も外もおんなじことで」
彼はそう言ってヒヒヒと笑うと、慣れた様子でスタスタと塚の中に入っていく。
なるほど、そういうものなのか。
俺は振り返って仲間達と視線を合わせると、彼らは揃ってどうぞどうぞ押し出すようなしぐさを見せた。
こうなったら仕方がない。
俺は意を決して塚の中に踏み込んだ。
石組みの通路は思いのほか狭く、息苦しかった。
空気は冷たく、どこかかび臭いにおいも漂っている。
〈犬〉が言っていた通り天井は低く、俺はもちろん小柄なセシルですら頭をさげねばならない。
幅は俺の両肩が擦れる程度しかなく、こんなところで襲われてはひとたまりもないだろう。
彼らは本当にこんな狭苦しいところで暮らしているのだろうか?
俺だったら祟りや幽霊なんぞいなくても気が違ってしまいそうだ。
そんなことを考えたところで、ふと疑念が浮かんだ。
本当にコイツらは信用できるのか?
何も考えずにノコノコとついてきたが、こいつらは俺を騙してここに連れ込み、何もかもを奪って殺すつもりじゃなかろうか。
思わず足が止まったところで、俺の服の裾をつまみながらついてきていたエルマーが俺にぶつかってうへえと声を上げた。
その間抜けな響きに冷静さを取り戻す。
いやいや、向こうにその気があれば俺たちを殺す機会なんていくらでもあったはずだ。
だいたい、今の俺達の持ち物なんてせいぜいがこのボロ着ぐらいなものなのだ。
その場で襲って奪うならまだしも、わざわざ手間をかけて騙すほどの価値はない。
だが……こいつらの目的が俺たちの命そのものならどうだ?
そういえば子供の頃、森の奥には子供を攫って悪魔の生贄にする邪教徒どもが住んでいるという話を聞かされたような気がする。
伯爵の森に関しては嘘っぱちだったが、他の森ならどうだろう?
生贄だって子供に限るまい。
あるいは、こいつら自身が塚にとり憑いた悪霊で――
「木こりの旦那、そんな怖い顔してどうしたんで」
先頭を進んでいた〈犬〉が振り返ってこちらを見ていた。
いつの間にか俺たちはちょっとした広間に出ていた。
部屋の隅には油皿が置かれていて、小さな火がチロチロと部屋の中を照らしている。
「い、いや、お前らが悪霊なんじゃないかと……」
嘘がつけないので俺の答えはしどろもどろだ。
俺のそんな様子を見て〈犬〉はカラカラと笑った。
血の通った明るい笑い声だった。
「ま、最初はそんな気分にもなるでしょうな。
でもご安心を。もう着きました。
ロバート親分はこの扉の向こうで旦那をお待ちです」
そう言って〈兎〉ともども左右に分かれてその先、短い通路の奥にある扉を手のひらで示す。
「ささ、どうぞ。
何しろ狭いものですからね。ご自身で扉を開けてお入りください」
背後につかれる形になるのは何とも言えない嫌な気分だが、ここまで来て引き返すとはさすがに言えない。
俺は覚悟を決めると、彼らの脇を通り抜けて奥に進む。
粗雑な作りの扉の隙間からはチラチラと炎の明りが漏れていた。
人がいるのは間違いないが、しかし部屋の中からは物音ひとつせず、どれだけの人数がいるかもわからない。
ハンス爺さんはよく言っていた。
『荒くれ者を相手にする時は決して舐められちゃならねえ。
何であれ、堂々と力いっぱい振る舞うんだ』
よくよく考えれば、あの爺さんはいったい何者だったんだろうか。
生まれつきの木こりじゃなかったことは確かだ。
言葉にもなまりがあったから、どこか遠くから流れてきたのだろう。
少しばかり足を引きずっていて、体のあちこちに刀傷があったのをよく覚えている。
まあ、今はいいか。
俺は扉に手をかけると勢いよく押し開いた。
途端に部屋の中からムワッとした熱気が押し寄せてくる。
扉の向こうは思いのほか広かった。
部屋は円形で、奥行きは十五歩ほどだろうか。
壁際に沿って二十人ほどの悪党面が思い思いの格好でこちらに鋭い視線を向けていた。
石積みの天井は見上げる程に高く、まるで神官たちが被っているとんがり帽子のような形だ。
部屋の中央では焚火が赤々と燃えていて、その向こうに炉の明りを反射してギラギラと輝く金属鎧を着た髭面の大男が一人、蓋付の四角い石の上でふんぞり返っている。
笑みを浮かべてはいるが、その顔つきはひどく暴力的だった。
あれが噂に聞く〈騎士殺し〉のロバート親分とやらに違いあるまい。
髭男は俺をじろりとにらみつけると、怒鳴りつけるように叫んだ。
「てめえが木こりのジャックか!!!」
俺はふんぞり返るように胸を張り、負けじと大声を張り上げた。
「そうだ! 俺が木こりのジャックだ!
そういうお前はロバート親分だな!!!」
俺の態度を無礼ととったか、壁際の悪人どもから殺気じみた気配が一斉に飛んでくる。
だがここで怯むわけにはいかない。
怯めば舐められる。
俺が盗賊どもを睨み返すと、奴らはますますいきり立った。
中には立ち上がって半身の構えをとる奴までいる。
「よさねえか。威勢のいい若造は嫌いじゃねえ」
髭男はそう言ってピカピカの金属鎧を見せつけるように立ち上がると、ガチャガチャと音を立てながら俺の前にやってきた。
そうして、俺の事を値踏みするようにジロジロ眺めまわす。
俺は腕を組みながらふんぞり返り、させるがままにしておいた。
ただし、視線は絶対に外さない。
そんな俺の態度を見てか、鎧男はニヤリと笑って言った。
「なるほど、度胸は十分か。
流石、屋敷の住人を皆殺しにした上に火までかけただけのことはあらあな。
いかにも俺が〈騎士殺し〉のロバートだ。
俺様を討伐に来た生意気な騎士を素手で縊り殺してやって以来この名で呼ばれている。
この鎧はその時に奪った――」
「おい、ちょっと待て」
俺は思わず口を挟んでしまった。
こいつの自慢話はどうでもいい。
だがその前に聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「なんだ」
ロバート親分は自慢話を遮られて顔をしかめた。
それでも一応話は聞いてくれるらしい。
「屋敷ってのは、ナッシ村の地主の話だよな?」
「他にどこの屋敷があるってんだ。
生き残りの女が言ってたそうだぜ、お前が地主一家を惨殺した後屋敷に火をつけたってな。
なあ、〈梟〉?」
〈梟〉と呼ばれた少しばかり陰のある優男が答える。
「はい、親分。私が集めた情報によればそうなっております。
地主一家は使用人を含めて皆殺し。
唯一、その女だけは村の小作人の娘だからと見逃してもらえたとか。
木こりの旦那は実にお優しい」
ああ、事情が見えてきたぞ。
あの地主、どうやら思っていた以上に小作人たちに恨まれていたらしい。
村の奴らは思いを遂げるついでに倉庫に残っていた財産をちょろまかし、
火をつけて全部俺に押し付けることにしたのだろう。
「一応言っとくが、全部が全部俺のせいじゃねえからな。
俺が殺したのは用心棒だけだし、火もつけてねえ」
俺は正直に答えたが、ロバート親分はまるで信じる様子がない。
「ガハハ。いい子ぶる必要はねえ。
なにも裁判をしようってんじゃねんだからよ。
ここにいるのはお前と同じ悪党だけだ。
つまらん遠慮はするな」
それを聞いたエルマーが俺の背後から声を裏返しながら叫んだ。
「お、お頭をお前らみたいなのと一緒にするな!
お頭は顔は怖いがいい人、なん、だ、ぞ……」
ロバートに一睨みされて、エルマーの声があっという間にしぼんでいく。
まったく、それで引っ込むぐらいなら最初から出てこないでくれ。
話がややこしくなる。
だがロバートはその情けない様子に気勢をそがれたらしい。
ため息を一つついて話を仕切りなおした。
「なんだ、話がそれちまったがまあいい」
大きく息を吸って再び踏ん反り返ると、ロバートは言葉をつづけた。
「単刀直入に言おうじゃないか。
木こりのジャックよ、俺の手下になれ。
悪いようにはしねえぞ」
それを聞いて、エルマー達が俺の服の裾をぐいぐいと引き始めた。
わかってる、わかってる。
俺は裾をひく手を払いながら答えた。
「嫌だね。俺の手下たちもお前の下は御免だと言っている」
ロバートの目が揺れる炎を受けて獰猛に光る。
「考え直せ。
なにせアジトを知られちまったんだ。
否というなら生きては帰せねえ」
ロバートの手下どもが再び殺気立ち始めた。
既に得物を手にしている奴までいる。
くそ、平和なお呼ばれじゃなかったのかよ。
さすがにこの人数を同時に相手取るのは無理だ。
その上背後には〈犬〉もいる。
こうなったら生き残る方法は一つだ。
俺は腰に差していた斧を手に取ると、それをロバートに突き付けながら叫んだ。
「だったら決闘といこうじゃないか。
負けた奴が勝った奴の手下になる。
俺を手下にしたいってんなら腕っぷしで負かせてみろ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます