第22話 脱獄へ

 時は来た。

 『異端者』たちが奈落の獄から解き放たれる時が。


 『全員位置についたか?』


 《精神感応テレパシー》でのレイ呼びかけに一同が応じゆ。

 レイ、ミカ、シュザンヌは変わらず自身の独房に、制圧班のジェシー、アイザックは既にリサによって独房から出され、中央監視室のある最上層で待機していた。


 しかし、ここで一つの疑問が生まれる。

 三人はどうやって最上層まで移動したのか。


 ジェシーの《地中潜航グランド・ダイブ》だけ頼ることは出来ない。

 息をつこうにも上層の独房はほとんど空きがないため見つからずに最上層まで辿り着くのは不可能だ。


 正規の移動通路である螺旋階段を使用ももちろん出来ない。

 看守と鉢合わせになる可能性が高い上、状態が露見し戦闘になっては騒ぎになる。何より監視室に辿り着くまでに多大な時間を要してしまう点も見過ごせない。


 だが、この監獄には螺旋階段以外に隠されたもう一つの移動手段があった。


 それは壁中に隠された昇降機ダムウェーターという装置。前世風に言い換えるならエレベーターと言った方が伝わりやすいだろう。

 前世の物と違い、魔素マナを用いることで動かしているらしいが機能は同じで建物内において垂直移動を可能とする代物だ。


 全長五十階もある監獄内を一々階段で降りていては時間がかかり過ぎるため快適な移動手段があるのは当然なのだが、囚人に利用されることを警戒してかこの昇降機ダムウェーターは監獄の壁の中に隠されている。

 そのためこの装置の存在に気が付いたのは《天眼千里コクマー・ラジエル》を持つレイと看守に扮するリサ、そして監獄内を自由に移動出来、その移動路を発見していたジェシーだけだった(ジェシーはその用途についてはまったく理解出来ていなかったが)。

 この壁も本来は記録された魔素マナ周波数を読み込ませなければ開くことはないのだが、《地中潜航グランド・ダイブ》があればその条件は踏み倒せる。


 ただ昇降機ダムウェーターが正規の移動手段である以上、螺旋階段同様看守と出くわす危険性も十二分にあった。

 その場合は隠密かつ迅速に乗り込んできた看守を殺害、死体を隠し、それが見つかる前に事を進めなければならなかったのだが、運の良いことに看守と接敵することはなかった。

 そして現在、三人は壁で隠された昇降機ダムウェーターへ続く通路にて作戦の開始を待っている。


 『では手筈通り俺とミカが外に出て、独房を開放して周る」


 監獄を撹乱するのに加え、追加戦力として囚人を解き放つことでより注意を集める。

 看守を倒すだけならレイとミカだけでも可能だが、レイは《生命の樹セフィロト》を使うつもりはないし、ミカの《災厄溢るる禁忌の匣パンドラズ・ボックス》も狭い監獄では本領を発揮出来ない。

 利用出来るものを利用しない手はなかった。


 『おっしゃ! じゃあレイ、ミカさっさっと暴れて――』


 『そう焦るな。すぐにやる』


 逸るアイザックを宥めながらレイは《天眼千里コクマー・ラジエル》を発動し、周囲の音を探る。

 監獄側にこちらの計画が気付かれてるとは考えにくいが念には念だ。


 「――――」


 監獄内から警戒すべき声は聞こえない。

 レイの推測通り皆がじき訪れる帰還に浮かれ、緩み切っている。

 計画の遂行に何も問題はない。

 そう判断した直後だった。


 レイの頭の中でまるで走馬灯のように映像が流れ出したのだ。

 その映像の中では監獄が何者かに襲撃され、看守、囚人問わず多くの者が屍となっていた。

 

 (これは……《天与啓示イェソド・ガブリエル》?)


 《天与啓示イェソド・ガブリエル》は少し先の未来を予知する《《生命の樹セフィロト》の能力の一つ。

 自分の意思で使用することは出来ず、まるで啓示を受けるように突然発動するという特性を持つが、それにはとある条件がある。

 条件とは能力者及びその周囲が大きな危機に直面するということ。

 その未来の光景を《天与啓示イェソド・ガブリエル》は伝えるのだ。


 (つまりこれはこれからここで起こる光景? ならば一刻も早くこの監獄から――)


 『リサ! すぐそこから逃げろ!』


 このままではリサが危ない。

 考えるよりも先にレイは既に遅きに失した退避命令を声にならない声で叫んだ。


 ◇


 『リサ! すぐそこから逃げろ!』


 それはレイの動転した声が頭に響いた直後だった。


 「何だお前たち!? ……ぐわっ!?」


 何人もの人間がなだれ込んでくる足音ともに警報音と看守の悲鳴がリサたちの潜む昇降機ダムウェーターの扉を貫いてきたのだ。


 「何だぁ!?」


 「何が起こって――」


 「皆さん静かに!」


 状況が理解出来ず狼狽えるジェシーとアイザックに落ち着くよう言うリサ。

 それとほぼ同時に戦闘音が巻き起こる。

 しかし、それが続いたのはほんの数秒。後はひたすらに警報音が鳴り渡るだけだった。


 「……何だ今の? レイとミカがやったのか?」


 ひそひそ声でこぼすアイザックにリサは首を横に振る。


 「いいえ。レイ様とミカ様はまだご自身の独房の中で待機中です。こんなところに――来ます」


 足音が近づいてくる。

 未だ鳴り続ける警報音の中でも不思議と響くカンカンという金属を踏みしめる固い音が。


 外の状況は分からないが恐らく何者かが監獄を襲撃し、一瞬で看守たちを制圧してしまったのだろう。


 『リサ! 無事なのかリサ!!』


 そこへリサを案ずるレイの声が鼓膜を通さず直接頭の中に聞こえてきた。


 『はい、レイ様。私とジェシーさん、アイザックさんは大丈夫です』


 慌てる主人を落ち着かせるようにリサは冷静な声色で自分と一緒にいる二人の身の安全を報告する。

 その応答にレイが安堵の息を洩らしたのが《精神感応テレパシー》越しでも分かった。


 『良かった……一体何があったんだ? 警報音が鳴っているようだが』


 『どうやら監獄が何者かに襲撃されたようです』


 『何!? そいつらの人数や格好は分かるか?」


 『外が見えないので何も………ですが、すぐお調べ致します。少々お待ちを』


 『分かった。だが、絶対無理はするなよ』


 『承知しました』

 

 そう答えるとリサはあらかじめ最上層に待機させておいた使い魔のネズミを操り、足音のした方へ向かわせる。

 このネズミは元々成り替わった看守の使い魔だったのだが、その主人が死んだため自分の物としてリサが利用していた。


 ちなみにネズミとは第二階位魔法使役術|視覚共有《リンク・サイト》で視覚を共有しているため、通路から出ずとも外の様子が見れるようになっている。

 念のためリサはジェシーとアイザックを昇降機ダムウェーターの中へ待機させると自分は通路の出入口となる壁のそばで耳をすませる。


 「これは……」


 ネズミの視界を通して見えたのは中央監視室前に集まる神父服姿の男たちだった。

 いや、神父服のようなと言った方が適切だろう。

 デザイン自体は島へ来る前に見た異端審問官たちを想起させる印象なのだが、要所要所で体を動きやすいよう改良が加えられている。


 そして何より目に付くのはそんな戦闘用神父服に袖を通す男たちの佇まい。

 見かけこそ清痩な聖職者だが足の運び方、常に周囲へ注意を向ける鋭い目つき、醸し出される剣吞な雰囲気、どれを取っても戦いに生きる者のそれだ。

 例えその手に携える戦棍メイスがなかろうとも彼らをただの聖職者とリサは思わなかっただろう。


 『襲撃者は神父服のような戦闘着を着た男たちで数は十人以上。中央監視室前に集まっています』


 『何だと? そいつらはもしかして――』


 『執行者でしょうね』


 シュザンヌが続けるように言った。


 執行者。それは『神の御名の下、裁きを執行する』と言う名目で異端派の信徒や異教徒、悪魔、そして『異端者』などの正教派の意にそぐわない存在を排除する武装集団だ。

 役割は異端審問官と似ているが、決定的に違うのは前者があくまで教会法に従って動くのに対し、執行者は手段を問わず対象を力づくで始末する点にある。

 その性質上、表沙汰に出来ない教会の汚れ仕事を請け負うことが多く、戦闘力も馬鹿に出来ない。

 神聖騎士団を正教派の表の最強部隊とするなら執行者は裏の最強部隊と言えよう。


 『執行者だと? ホントに実在したのか?』


 執行者の存在は表向き秘匿されており、都市伝説のような扱いを受けることも多くない。

 アイザックがこんな反応をするのも当然だろう。


 『何でそんなヤツらが出張ってくるんだよ!? まさかオレたちの行動がバレたんじゃないか!?』


 「いや、それはない。私たちの計画を知っていたなら事前に潰していたはず。何より……監獄を襲撃する必要がない」


 慌てるジェシーの言葉をミカが冷静に否定した。

 ミカの言う通り最も不可解な点は執行者がこの監獄を襲撃したと言うこと。

 ボトムレス監獄島が異端審問会によって管理されている以上、執行者たちはここの関係者。このような乱暴な手段を取る必要などないはずだ。


 『しかし監視室の前にいられては制圧は難しいな……リサ、今すぐその場から退却するんだ』


 『承知しました』


 中央監視室を奪取しなくては脱獄は出来ないが、リサに十数人の執行者と戦わせるような真似はさせられない。

 即時の退避を指示するとリサも従ってその場を去ろうとする。

 しかし――、


 「ここがこの囹圄れいごの心臓か」


 一つの声が退避に向かうリサの足を引き留めた。

 リサが使い魔越しに外を再び覗き見るとそこにはいつの間にか見覚えのない後ろ姿が一つ増えていること気が付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る