第12話 再会と邂逅
看守はレイに背を向けることなく、扉を閉める。
光が断たれ、再度闇が部屋を支配するがそこへ明かりが灯った。
見るとレイと看守の間を手のひらサイズの水晶のような物が光を発しながら浮いている。
誰の目もない。看守と二人きりの状況にレイは警戒を強める。
口元は制服の襟で、目元は深く被られた帽子で分からないが、低い背と膨らんだ胸、華奢な身体つきから女であることは分かっていた。
しかし、その痩身から漏れ出す雰囲気は只者ではなく、決して楽に倒せる相手でないことが窺える。
ここに収容されてからの数日間、一度も開けなかった扉を開け、何故この看守は姿を見せたのか。
考えられる可能性は二つ。
一つ目は処刑を執行するため自分を連れ出しに来た。これが可能性としては最も高いだろう。
そして二つ目は憂さ晴らしのために嬲りに来たという線だ。
囚人への暴力は法律で禁止されているが、それが守られていないことは《
それらを踏まえた上で目の前の看守をどうするべきか。
後者だったならば、殺されそうにならない限りそのまま好き勝手やらせればいいのだが前者だった場合は非常に不味い。
ノコノコ大人しく着いていけば殺されるため何らかのアクションを起こさなければいけなくなるのだが、ここで騒ぎを起こしては脱獄への希望が絶たれる。
今の段階で監獄側に動きを察知されるわけにはいかないのだ。
目の前の看守が何を告げるのか。
その一言一句を聞き逃さぬよう、僅かに見える口の動きを凝視していると、
「――見つけた」
看守の口がそう動いたように見えた。
音に乗さずに発せられたその言葉の意味が分からず、レイの思考がフリーズする。
「やっと……見つけました……」
ようやく出された看守の声は震えていた。
歓喜、安堵、様々な感情がぐちゃぐちゃに混じった末に出された声。
間違っても囚人に向けてかけられる声色ではなかった。
「まさか――」
看守の正体に気が付き、レイは目を見開く。
それと同時に看守は頭の帽子を脱いだ。まとめられていた白髪が流れ落ち、その顔が露わになる。
「――リサ」
「はい……お迎えに上がりましたレイ様」
看守――リサはそう答えると顔をぐしゃりと崩して膝から
彼女がレイの居場所を突き止め、ここに辿り着くまでにどれほど骨を折り、不安を抱えていたのか、それだけで察することが出来た。
レイは
「《
そう呟くとレイの体が輪郭を失い、霧と化した。
捕える相手を失った枷と首輪が床に落下する。
その音で顔を上げたリサは突如いなくなってしまったレイに酷く狼狽した。
「レイ様!? 一体どこへ……」
だが、漂う霧がリサの周囲に集まり人の姿を形作ると輪郭を取り戻し、レイが現れた。
無論、これも《
《
水を操るだけなら魔法でも出来る。瀑水系魔術や錬金術が良い例だろう。
しかし、《
体を霧化させるということはその全細胞を一度水分としてバラバラにして、再び元の形に構成し直すということ。
人体の細胞は三十七兆個あると言われている。それら全て操作し、寸分の狂いなく再構成するなど魔法では不可能だ。
もし少しでも構成の配列を間違おうものなら身体に何かしらの障害が残ることは避けられず最悪の場合、そのまま消えてなくなる。
レイがいつでも牢屋を出られると自負していたのはこの能力をあてにしていたからだった。
「ありがとう……心配かけてごめんな」
リサの側に現れたレイはその小さな体を優しく抱きしめた。
リサの体が震える。
それは歓喜の震えだった。
全身の細胞が嬉しいと言っている
もっと触れていたいと叫んでいる。
「はい……本当に心配しました……お帰りなさい……」
リサもレイの体に腕を回した。
それに応えるようにレイの腕の力も強くなる。
久しぶりに触れる主人の体はとても暖かかく、それが生きていることの証左に感じられ、とても安心させられた。
ずっとこうしていたい。
そんな思いが溢れてくるが、悠長なことをしている時間はない。名残惜しいのを我慢して腕を解いた。
◇
「看守と成り代わって潜入したのか……随分と無茶をしたな」
「それくらいしなければ、忍び込むことは出来ないと確信していましたので」
リサのここに辿り着くまでの経緯を聞いたレイだったが、驚かされることばかりだった。
まずリサが行ったことはレイの居場所の特定。
そのために異端審問会関係者を一日中尾け回したり、関連施設に侵入し、情報を集めていく内に監獄島にいることを突き止めたと言う。
そして監獄島へ向かう船に潜り込むため港周辺を嗅ぎ回っていたのだが、そこを看守(として島へ向かう予定だった)の男に見つかり襲われかけたため、返り討ちにしその制服を奪う形で船に潜入。つい数時間前に島に上陸したと言う。
ここへ至るまでに要した期間はたったの八日。
リサのレイを思う執念が成し遂げた荒業だった。
「だけど大丈夫なのか? ここには看守も監視役の使い魔も解き放たれている。こんなに長居しては不審がられるかもしらない」
「そこは心配いりません。現在この階層には私以外に誰もいません。使い魔含めあらかじめ人払いをしておきましたので」
「――流石だな」
レイが素直に賛辞の言葉を呟くとリサは頬を緩めながらも謙遜するように返した。
「しかし、それも無駄だったかもしれませんね。レイ様には十二個もの強力な『異端力』があるのです。私の手など借りずとも自力で脱出出来ていたのではないでしょうか」
「そんなことはないさ。俺一人で脱獄出来るほどここは甘くない。リサが来てくれなかったら、俺は処刑されるその日までこの監獄にいることになっただろうな」
これは励ましなどではなく事実だ。
例えレイの全ての力を用いたとしてもこの監獄からの脱獄は困難を極める。
まず、看守。各階層を巡回し警備する彼らは聖職者ではなく訓練を施された職業軍人であり、接敵しようものなら戦闘は避けられない。
更に看守以外にも中央監視室と視覚を共有した使い魔が解き放たれており、異常事態を発見次第、近くの看守を呼び寄せ、防衛システムを起動させると同時に階層唯一の出入り口である螺旋階段が閉鎖される。
つまり、見つかった時点で詰みなのだ。
仮にこれらを全て対処し、この監獄の出入口である第一階層に辿り着いたとしてもそこには最後の関門が待っている。
「いくら霧になろうと
まず
ボトムレスの
彼らがゲートを潜っても何も起こらないが、それ以外の者がゲートを潜ろうとすると警報が作動する仕組みになっており、看守がすぐに駆けつけてくるだろう。
「霧の体は物理攻撃こそ効かないが、炎なんかで攻撃されたら蒸発して消えてしまう。そうなると人間の体に戻ることは出来なくなるだろうな」
「……少しお待ちください。
「恐らく監獄から出る時のみにしか反応しないんだろうな。囚人を連れてくるたび反応していたら鬱陶しいだろ? まあ、仮に今回のように部外者が侵入したとしても生きて帰さなかったらいいだけなんだからな」
入る者は拒まず、しかし出ることは許さない。それがこの監獄の在り方だった。
「レイ様はどうされるおつもりなのですか?
「そんなに難しく考えることはないぞリサ」
頭を悩ませるリサの肩にレイは手を置き笑った。
「脅威の本質は
「中央監視室……ですか」
「ああ、あそこさえを抑えれば防衛システムを発動して、看守を監獄の中に閉じ込めることが出来る。ただ……あそこの警備は厳重だ。そう簡単にはいかないだろうが、監視室を落とさなければ脱獄なんて夢のまた夢だ。それが出来るのは看守に扮するリサしかいない。やってくれるか?」
「無論です」
少しの間も置かずリサは返した。
「レイ様がここから出ることが出来るならどんなことでも致します。何なりとご命令を」
「リサ……ありがとう」
それが当たり前とでも言うように答えてくれたリサにレイは胸が熱くなるのを感じた。
リサにすべてを任せる形になってしまうのは非常に心苦しいが、同じくらい頼もしい。
ここまでしてくれる彼女のためにも絶対この監獄から脱出してみせる。
そう決意した刹那だった。
「うわっ!」
間の抜けた声とともに床に何かがぶつかる音が部屋の中に反響した。
レイが反射的に振り返るとそこには見知らぬ四人が揉みくちゃになって床に転がっていた。
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