第六十七話 母と娘の和解
「怖がらせてすまなかったな」
「おじいちゃん」
「おうおう」
「望ちゃんも
「すみません、もう大丈夫です。コーヒーを出しますので、皆様は椅子におかけください」
ハナエも立ち上がると呼びかけた。
「
「私が賭け事にはまってしまったばかりに、お世話になった旦那様や奥方様、
「あの
「成田、いえ日下さんは賭場に出入りしていたヤクザで、進駐軍相手のキャバレーを作ると言い、
「なんてことを」
杏子は唇を噛みしめた。話を聞いていたかつらが声を上げる。
「では、わたしに家の土地を売ってくれと言ってきた
「その方のことは存じ上げませんが、買収資金集めのために手広く事業をやっていると言ってました」
野川の言葉にかつらはうなずくと、
「それにしても、日下がヤクザになっていたとはな。ハナエたちが無事で本当に良かった」
嘆息する大口に憲子が尋ねた。
「あの人がまた来たらどうしましょう。お店は明日開店ですし心配ですわ」
「なに、大口君がいるなら大丈夫だ」
コーヒーカップを持った萩谷が言う。
「ハナエさんはわしが戦前
「萩谷さんには仲人も務めていただいたし、この店の開店資金も援助していただいた。俺がシベリアから帰ってくるまでも、何かとハナエや望たちを気にかけてくださり、感謝しています。店を繁盛させて、一日も早く恩返しをしますよ」
大口は頭を下げた。
「ところで、あなたは以前大口君が助けたというお嬢さんかな」
「は、はい。芝原葵と申します」
萩谷に突然話を振られた葵は戸惑っているようだ。大口が説明する。
「萩谷さんに開店資金の話をしに来た帰りに、料亭から芝原さんが飛び出すところを見てね。気になって一緒の都電に乗ったんだ。そしたら厩橋で彼女が下りて、そのまま隅田川に飛び降りようとしたんで、そこの
「それではあなたは、葵さんの命の恩人でしたか、本当に失礼いたしました」
杏子は頭を下げる。
「いえ、先に康史郎くんが止めてくれたんですよ。俺は手助けしただけです」
「俺もたまたま近くにいただけだから」
康史郎は頭をかいた。
葵は古伊万里の茶碗を杏子に差し出すと言った。
「お母様、わたくしはこの古伊万里を質屋から買い戻すために、横澤さんに頼んで
葵から茶碗を受け取った杏子はしばしの沈黙の後、口を開いた。
「私の使用人への監督が行き届かず、皆様にはご迷惑をおかけいたしました。これから野川が主人の名前で作ったという借金を帳消しにし、主人の残した仕事を引き継ぐため、家に戻って手続きを始めます。進駐軍に徴用されたビルが帰ってくるまでの間は私も働きます。大口さん、申し訳ございませんが、全て片付くまで葵さんをお預かりいただけないでしょうか」
「分かりました。責任を持ってお預かりします」
大口の返事を聞き、葵はようやく笑顔を見せた。コーヒーを持ってきたハナエが言う。
「あたしももうすぐ二人目が生まれるからね。葵さんには早く一人前になってもらって、あたしたちを助けて欲しいんだ」
「もし働き口がないなら、
「またおとっさんは安請け合いして」
「葵さん、私は野川と家に戻りますので、皆様のご迷惑にならないよう、しっかり働いてくださいね。入り用なものがありましたらいつでも取りにきてください」
「ありがとうございます」
頭を下げる葵を真似るように、望がお辞儀しながら呼びかけた。
「ありがとうございました」
「それではお騒がせいたしました」
外に出る杏子と野川を見送ると、葵は無言で望を抱きしめた。
「良かったですね、たった二人の家族が
葵に憲子が声をかけた。かつらもうなずきながら言う。
「梓さんがいた頃のままの幸せはもう戻ってこないけれど、あの金継ぎの茶碗のように、皆の力を合わせて新しい幸せを見つけることはきっとできます。そう信じましょう、葵さん」
「はい、梓お姉様に負けないくらいの幸せをきっと見つけます」
葵は
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