第20話 恋人たちの春 2

 談笑しながら公園を歩くふたりの行く先に目的地であるガゼボが見えてきた。

 

「あそこね」


 花咲く広場に点在するガゼボを眺めながらアリシアが言うと、レアンが説明する。


「ああ。天気が良くて暑くも寒くもない外で過ごしやすい時期には、ガゼボがティールームに化けるんだ」


「確かに今日は、暑くもなく寒くもなく外で過ごしやすい日ね。少し日差しが強いけれど」


 降り注ぐ陽の光に新緑が輝く。


 赤に白、黄色に青と賑やかに花が咲く広場に設えられたガゼボには白い布が張られていた。


「ガゼボも花で飾られているわ」


「そうだね。造花かな?」


 風にたなびく白い布が花に縫い留められているように見えるほど、周囲には花が飾られていた。


 ガゼボの天井部分には花冠をかぶるように、支柱の部分には絡みつくように花が配されている。


「あら、これは生花だわ」


「そうみたいだね。支柱に絡みついている薔薇は地面から生えているし」


「こちらのガゼボは薔薇だけど、向こうのガゼボは藤の花ね? ああ。長く垂れ下がっている花房が風に揺れて綺麗だわ」


「ふふ。キミの方が綺麗だよ」


 笑いながらさりげなく褒めるレアンにアリシアはポンッと音がしそうなくらい一気に頬を赤く染めた。


「もうっ、レアンったら」


「ふふっ。イタイイタイ、ヤメテェ~」


 照れたアリシアがポコポコと叩いてくるのを、レアンは笑いながら大げさに痛がるフリをする。


 若い恋人同士のじゃれ合いに、周囲の人々も頬を緩めた。


 パリッとした白黒の制服を着た受付に席を頼むと、すぐに空いているガゼボへと案内される。


 スッと背筋の伸びた受付男性の後ろを、内心のワクワクを隠したアリシアはレアンにエスコートされながら澄ました顔をして歩く。


 アリシアたちが通されたのは、藤の花を冠のように天井に巻き付けてるガゼボだった。


 新緑の葉を背景に長く垂れるピンク色の花房がふわりふわりと揺れている。


「綺麗ね」


「気に入ってもらえたなら何より」


 笑顔で答えるレアンにエスコートされてガゼボの中に入れば、そこは簡易のティールームになっていた。


(解放感があってリラックスできそうなティールームね)


 アリシアの視線の先にはテーブルがみっつ。


 既にテーブルはふたつが埋まっていて、貴婦人たちが笑いさざめく隣にアリシアたちは案内された。


「甘い香りがするわ。花の香りかしら?」


「ん、藤の香りだね」


 レアンはアリシアのために椅子を引きながら「キミの香りの方がもっと甘いね」などと耳元に囁くものだから彼女の頬は薔薇色に染まった。


 貴婦人たちのざわめきがピタリと止まり、視線がふたりに集まる。


 けれどそれは、ほんの一瞬のこと。


 貴婦人たちは再びざわざわと自分たちの興味のある話題に夢中になった。


「ねぇねぇ、お聞きになりました? 新しい王太子殿下の婚約者さまのこと」

「ええ、聞いているわ」

「あの、元男爵令嬢だという方のことよね?」

「そうよ。今はシェリダン侯爵家に養女になっている方のことよ」


 貴婦人たちの会話はアリシアの耳にも届いてきた。


「ねぇ、アリシア。どれを頼もうか?」


 メニューを覗き込み眉間にシワを寄せて大げさに悩むフリをするレアンを見て噴き出すアリシア。


 コホンと小さく咳をして、彼女も大げさに悩む風を装ってメニューを見た。


「そうねぇ……やはりココは紅茶よね?」


「ココでココアを頼んでもいいけど、やはり紅茶かな?」


「スイーツが気になるわ」


「なら、紅茶だね」


 メニューから顔を上げたふたりは目を見合わせてフフフと笑う。


 アリシアの目の端に動くピンクが映る。


 視線をやれば、ピンク色の長く垂れる花房が白ふわりふわりと風に揺れて白い布の隙間から覗いていた。


「紅茶は……ん、選べない。季節のお勧めでいいかな?」


「そうね。それにしましょう。問題はスイーツよ……」


 再びメニューを覗き込むふたり。


 真剣に悩む二人の横で貴婦人たちはさざめく。


「でも、大丈夫かしら?」

「何が?」

「今は侯爵令嬢でも、元々は男爵令嬢なのでしょう? 身につけるべき事が多過ぎるのでは?」

「それがね、意外と優秀らしくて」

「まぁ」

「王妃教育も順調だそうですわ」

「そうなのね? なら、好いたお方とご一緒になれて幸せですわね」

「ええ。王太子妃、そして王妃となられるなら大変なことは沢山ありますもの」

「ふふ。愛する方とご一緒できるのは幸せですものね」


 ピンク頭の男爵令嬢がどれだけ優秀でも、今のアリシアが心を痛める必要はない。


 目の前には優しくて頼りになる婚約者がいる。


「ん~、お菓子がどれも美味しそうで目移りするわね。どれにしようかしら?」


「ふふ。全部頼めばいいじゃない」


「まぁ。甘やかすのね?」


「ああ。甘やかすよ」


「でも、割と種類も豊富なのよ。食べきれないわ」


「ふふ。残ったのは、私が全部食べてあげるよ」


「あら。もしかして、レアンってば甘党?」


「さぁ? どうかな?」


 どんなお菓子よりも甘い笑顔を浮かべる婚約者に、アリシアの頬は赤く染まった。


「美味しそう」


 レアンは椅子からヒョイと腰を浮かせると、アリシアの頬をサッとかすめるようなキスをして、なにくわぬ顔で再び椅子に腰を下ろした。


「……っ」


 真っ赤になって固まった純情な令嬢に貴婦人たちは一瞬だけ口を噤んで微笑ましげで羨ましげな視線を投げると、物欲しげになる前に再び会話を始めた。


 アリシアは両手で頬を抑え、ふぅ、と、大きな溜息を吐く。


 上目遣いで正面に座る婚約者を睨めば。人の悪い婚約者が、わざとらしいほど普通の顔をしてお茶を飲んでいる。


 飄々とした様子のレアンに、思わずアリシアは声を出して笑ってしまった。


 そして。なんとなく幸せだな、と、アリシアは思った。

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