第19話 恋人たちの春 1

 若々しい緑の葉に彩られた太い木々が両端に植えられた道を、ふんわりとしたグリーンのドレスを着たアリシアとミントグリーンのコートを着たレアンが並んで歩く。


 ドレスには金刺繍が入った白いチュールレースが重ねられていて華やかだ。


 体の細いアリシアがふんわりとしたドレスを着ると風にふわふわと煽られてしまいどこか頼りなく見える。


 だが、淡い茶色のブリーチズに黒のロングブーツを履いたレアンがしっかりとエスコートをしているから危なげがない。


 木々の下生えにはスノーフレークの白い花が鈴なりになって揺れている。


「今日もお天気がよいわね」


「そうだね、気持ちがいい」


 道を進んでいくとスノーフレークの間に黄色や赤のフリージアがチラチラと交ざりだす。


 アリシアは隣の紳士を見上げて問う。


「日差しは少し強いみたい。レアン、一緒に日傘へ入りますか?」


「今はいいよ。それは後でゆっくり……」


 レアンの金色の瞳が妖しくも色っぽく輝く。


 その視線は『それはいいね。内緒でキスができる』と、言った時のものに似ていた。


「もうっ、レアンってば」


 アリシアが真っ赤になって白レースの手袋をはめた手で少し高い位置にある肩を叩けば、思いのほか深く響くレアンの笑い声が降ってくる。


「ふふ。こんな私は嫌いかい?」


「んっ……もうっズルい。答えづらいわ、その質問」


「ふふふ」


 赤くなって眉を吊り上げているアリシアを見てレアンは笑う。


 機嫌のよいレアンの足元で赤いゼラニウムが揺れる。花言葉通り『君ありて幸福』と書いてあるような表情に、アリシアは表情を緩めた。


 視線を落とせば目に映るピンクのゼラニウム。その花言葉は『決心』『決意』。


 アリシアは思う。


(『決心』とか『決意』とか。何かを決めて進むのもしんどいわ)


 細い道を通って木立を超えると、そこに広がっているのは色とりどりの花々。


 チューリップにマーガレット、ブルーデイジーにヒヤシンス。


 隙間を埋めるように生えているクローバーの白い花。


(クローバーの花言葉は『私を思って』と『幸運』。それに『約束』と『復讐』ね。わたしを思ってくれていたレアンがいたことはわたしの幸運だわ。そのままを受け入れると互いに約束できたし。でも、復讐なんて要らないわね。わたしはレアンと幸せになりたいだけ)


 白に赤、ピンクやオレンジ、黄色とチューリップが賑やかに咲いている。


(さまざまな色で咲くチューリップの花言葉は『思いやり』。未来の王妃となれば思いやるべき人の数が多すぎて、適度に距離を置かなければ相手が望むことに振り回されてしまう。わたしは、その重責から逃れられた。それは運が良いともいえるわね)


 群れ成して咲き乱れるマーガレットの花言葉は『真実の愛』。そして『信頼』。


(わたしは恵まれている)


 足元に広がるブルーデイジー。その花言葉『恵まれている』と『幸福』。そして『協力』。


(わたしはレアンと協力しながらダナン侯爵家の領地を経営したり、商売を盛り立てていくことができるのだわ)


 白いマーガレットの絨毯を割るように青いヒヤシンスが咲いている。


(ヒヤシンスの花言葉は『悲しみを超えた愛』。わたしの悲しみも、レアンの悲しみも、愛で越えられたら良いのに)


 青のヒヤシンスが『変わらぬ愛』という花言葉をアリシアに思い出させながら揺れている。


(レアンは『変わらぬ愛』をわたしに捧げてくれていたのに。ちょっと見た目が似ているからといってペドロさまのことを心から愛してしまうなんて。なんて、わたしはお馬鹿さんなんでしょう)


「そろそろお茶でも飲まないかい?」


「いいわね」


 ふたりの足元では、黄色のヒヤシンスが揺れていた。


 黄色のヒヤシンスの花言葉は『あなたとなら幸せ』 ――――――。


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