第13話 出発  


 ――翌朝。

 目を覚ました僕は大きく伸びをするとベッドから起き上がった。

 部屋を見回すとベッドの他には古ぼけたテーブルと椅子。

 お金が無いのもあって荷物は少ない。

 元々仮の宿だし手荷物は小さくまとめてある。

 着替えなどの最低限の物しか持っていないからだ。

 部屋を出て一階にある食堂に向かうと既に大勢の人達で賑わっていた。

 空いている席に座るとメイド服のウエイトレスがやってくる。

 

 「おはようございます♪」

 

 そう言って挨拶をしてくる茶髪で10歳くらいの女の子はミリアちゃんという宿の従業員さんで可愛らしい子だ。

 彼女の耳は普通の人間と違い先が尖っているのが特徴的だった。

 彼女はハーフエルフという人間とエルフのハーフだ。

 ハーフエルフは不幸な生い立ちが多い。

 大体は人間の男にレイプされたエルフが身ごもる。

 だから成長したら早々にエルフの森を追い出されて自分で生きていかないといけない。

 ハーフエルフは魔法の才があるから自分が食べる以外のお金は勉強に使う子が殆どだ。

 

 『人間は博打にエルフは楽器にドワーフは酒にそしてハーフエルフは本に金を使う』という言葉があるほどだ。

 

 魔法をうまく習得すれば十分な稼ぎが期待できる。

 ミリアちゃんもきっと勉学に励んでいるのだろう。

 僕は少ないお金からそれなりのチップをミリアちゃんに渡すと凄く嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 食堂や酒場で働くウェイトレスは客からのチップが主な収入源になっている。

 

 勿論店からも給金と寝泊まりする部屋が与えられるから、生きるのに最低限の生活は出来るがそれだけ。

 小遣いや勉強代は自分で稼がないといけない。

 お客に気に入られてチップを貰えばその分ミリアちゃんは勉強が出来る。

 だから「ありがとう」という言葉を添えてチップを渡すのは当然だと思った。

 

 ……とかカッコいい事を言っても僕もお金ないけどね。

 

 メニューはパンと肉のスープとピクルスという野菜の酢漬けだけの簡単なものだったけど十分美味しかった。

 都会でサラダはまず食べられない。

 農村から新鮮な野菜を運ぶことは困難だし、この世界で冷蔵庫は高価な魔法の品なので野菜はすぐ腐ってしまう。

 

 「美味しかったよ」

 

 「ユキナさんありがとうございます♪」

 

 食べ終わると食器をミリアちゃんに渡してから部屋に戻る。

 それからしばらくして待ち合わせのギルドに向かった。

 ギルド内にある待ち合わせ場所の椅子に座っているとミレーヌとセシルさんとシグレさんが現れる。

 

 「ミレーヌおはよう」


 「ユキナおはよう♪」

 

 挨拶を交わすミレーヌはいつもの私服ではなくブレストプレートメイルを装備していた。

 昨日購入した武器のエストックとショートソードとナイフが腰にさされていて背中にリュックを背負っている。

 僕も丸いラウンドシールドという盾を持っている以外は似たような格好だ。

 軽量化されているとはいえリュックはやはり重い。

 

 「お、早いなユキナ。あたいはまだ寝起きだから眠くて仕方がないよ」

 

 そう言って大きく欠伸をするセシルさん。

 昨夜深酒をしたようで眠そうな顔で頭を押えている。

 セシルさんは軽装のレザーアーマーという革で出来た鎧を身に着けショートソードを腰にさし短弓を持った姿だ。

 

 「まったく。その不摂生な生活を改めないと早死にするぞ」

 

 そういうシグレさんは東洋の具足を身に着けていた。

 具足というのは前世の日本の鎧で軽くて防御力も高い。

 流石にプレートアーマー程ではないがその分動きやすい。

 こちらは完璧に準備が出来ているようで隙が無い。

 セシルさんはだらけているけど僕とミレーヌが背負った重いリュックを軽々と背負っているあたり、やはり歴戦の冒険者らしく体力がある。

 重い荷物を背負うコツがあるのだろう。

 

 「途中まで乗せてもらえる荷馬車は手配してある。行こう」


 シグレさんは荷馬車の護衛依頼を受けているようで手慣れていた。

 今回はゴブリンの討伐だがその方面に行く荷馬車は護衛を連れている事が多い。

 荷馬車も2頭立て馬車が1台だけでなく3台が一組でそれが3つ。

 つまり9台の2頭立て荷馬車に積み荷と僕達以外の護衛が10人くらいついていた。

 

 「随分厳重ですね」


 「普段はこれほどでは無いのだがな。ゴブリンの敗残兵が多数潜んでいるので自然と大掛かりになる。我々はこの荷馬車の護衛をアルムという街まで行い、そこで別れて山に入る。ゴブリンの潜む山の近くを通るから荷馬車の護衛といって油断しないように」

 

 僕の質問にシグレさんが答えてくれた。

 軽い軍隊のような規模の集団にいれば襲撃も躊躇われると思い込んでいて、油断する事が多々あるらしい。


 「ユキナ。護衛の連中にも気をつけろよ。あいつらの中に山賊が混じってないとも限らないからな」

 

 セシルさんが欠伸をしながら荷馬車の護衛にあたる10人を油断なく観察している。

 荷馬車の位置や時間を仲間に伝える山賊の手下が混じっている事もあるし、状況次第で護衛から山賊に変わる者もいる。

 

 傭兵という存在は金を払っている間も信用しきってはいけない。

 商人側も慣れたもので僕達のような冒険者と傭兵を半々に分けて雇っている。

 同じグループで纏めるといざ裏切られた時に手出しができないからだ。

 特に傭兵は報酬目当てで裏切りかねないので分けておいた方が無難だとシグレさんにおそわった。

 

 「では出発」


 商団を率いる商人がそう言うと馬がいななき、ゆっくりと馬車が動き出す。

 9台の馬車がゆっくりと動き出すが思っていたより早い。

 僕とミレーヌは慣れない足で馬車の速度に合わせて歩く。

 

 「途中で休憩があるからそれまでの辛抱だ」

 

 そう言ってシグレさんが僕とミレーヌを庇うように前を歩いてくれる。

 気が付くとセシルさんが欠伸をしつつ目だけは真剣に周りを見ていた。

 

 戦争でゴブリンを切った時は考えている暇は無かったし、相手は人間ではないからそれ程苦悩しなかったが人間を相手に剣を振るえるのだろうか。

 シグレさん達は既に何人か人間を切った事があるのかもしれない。

 あまり聞くのも憚られる事だけど冒険者なんてやっていたら山賊を相手にする事もあるだろう。

 

 その時、僕は人間を切らなくてはならない。

 

 出来るだけそれは避けたいと思う。

 しばらく進むと道端に岩陰があったのでそこに腰を下ろして昼食を取る事になった。

 どうやらここで少し休むようだ。

 僕も腰に付けた水筒を取り出して水分補給を行う。

 そんな僕にシグレさんが声をかけてきた。

 

 「思っていたより地味だろう?」


 「はい。もっと派手な事をすると思っていました」


 「私もそうだった。最初は期待に胸が躍ったものだが実際はこのように歩き食べ寝るの繰り返しだ」


 そういってシグレさんが僕に燻製肉を分けてくれる。

 受け取って口に含むと辛い塩気と燻された肉の味がした。

 お酒があると美味しいと思う。

 

 「私の生まれた土地は平和でな。退屈で飽き飽きしていたから冒険者に憧れて出てきたがここでも大体は退屈だ。歩き食べ寝る。剣を振るう瞬間に身体が動くようにしておかなければならない」

 

 そう言ってシグレさんは昼の休憩時はよく岩に寝そべる。

 

 「寝れるときに寝るのもクエストの一環だ。こういう時は交代の合間に少し目を閉じるだけでもいい」


 僕も見張りの交代時間に岩に背を預けて目を閉じてじっとしている。

 本当に眠気が襲ってきたので慌てて目を開けるとシグレさんも眠っていた。

 僕のすぐ横ではミレーヌも寝息を立てていて僕の肩にもたれかかっている。

 僕の視線に気づいたのか目を開けたミレーヌが少し恥ずかしそうに笑った。

 僕は微笑み返すと再び目を閉じたのだった。

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