第4話 進路
ミレーヌのお父さんはミレーヌのお母さんを亡くして傷心のあまり、住んでいた町の診療所を引き払い僕達の街に招かれた。
外科手術の名医で薬学が中心だったこの街では重宝される存在だ。
ミレーヌも父親の跡を継いで医者になるかどこかに嫁ぐのがこの世界の常識だった。
少しでも財産のある家に嫁ぐ事が女生徒の目標の一つ。
前世の常識とは違って女性は家庭に入り子供を生み育てるのが美徳とされている。
単純に女性が就くことが出来る職業はあまりない。
「やっぱミレーヌは医者になるか金持ちの嫁になるんだろうな。あ~あ、うちは親父が兵士だから望み薄だな」
父親が兵士のシンジがぼやく。
兵士の家系は戦死率が高く、戦争にならなくても犯罪率が高いこの世界では警察官も兼ねている。
汚職が蔓延る世界なので転任が多くシンジが15歳になったらおそらく別の街に引っ越す事になるだろう。
兵士の給金は安くほぼ公然と兵士が汚職して賄賂が蔓延る原因になっているので、もっと待遇を良くするべきだと僕は思う。
「その点うちは乾物屋だから有利だよな」
にひひと八重歯を見せて笑うヤオは干し魚や干し肉干したイチジクなどを扱う乾物屋で、貴族しか持っていない貴重で高価な魔法で作った冷蔵庫を持っていない一般家庭で無くてはならない職業。
うちほどではないが裕福なので嫁の嫁ぎ先として人気だ。
一緒に遊んだ女の子のミンの家は仕立て屋だしクズハの家は猟師をしている。
今は一緒の学校で友達として過ごす僕達だが将来別々の仕事につき家庭の裕福度で生活も変わる。
15歳で成人になったらみんなとは遊べない。
だから15歳になるまで子供は自由に育てられる。
「ミレーヌはどうするの。やっぱりお父さんの跡を継いでお医者になるの?」
僕は勇気を出して聞いてみた。
シンジとヤオが恨めしそうな顔をするがこういう時は早い者勝ちだ。
先んじれば人を制すというしね。
急いては事を仕損じるともいうけど……。
ミレーヌは美人だから貴族の家に嫁ぐかもしれないし、それは平民の女の子の憧れでもある。
もしそうなったら僕達にはお手上げだ。
身分違いの恋なんて成就する筈がない。
少年の頃に思い描いた幼い頃の思い出で終わるだろう。
僕の質問の答えを聞こうとクラス中の男子が耳をそばだてる。
だがミレーヌの答えは僕達の予想を超えていた。
「ボクは冒険者になるよ♪」
ふんすって鼻を鳴らして堂々と宣言するミレーヌ。
その一言で僕を含めたクラスメート全員の表情が凍った。
冒険者。
前世でよく登場したRPGの主役たちの多くが名乗っていた名前だ。
職業でさえない称号に彼らが拘るのは誰にも束縛されず誰も到達したことのない世界へ行けるという自負の現れだろうか。
冒険者として名を馳せれば伝説の竜殺しや誰も見たことのない敵を倒して英雄になる事もできる。
でも現実はそう甘くない。
誰にも束縛されないという事は誰にも守られないし頼りにできないという事だ。
国から見れば定住して税を納める訳でもなく、小銭を稼いでは博打や飲酒にのめりこんで治安を悪化させる厄介者でしかない。
功績を立てれば爵位を与える事もあるが余程の功績なり献金をしないと騎士や郷士といった扱い以上にはならない。
戦争になっても自国の為に戦うどころか、金次第で敵に回る事もあり、しかも並みの兵士より腕が立つだけに厄介だ。
冒険者は互助組織として冒険者ギルドというのを作っている。
そこで仕事を斡旋してもらい、畑や村を荒らすモンスターや野党の退治も行うので、必要悪と言えない事も無い。
貴族様は自分の兵隊を使いたくないし多少の損害では動いてくれない。
そういう時、村や街は冒険者に多額の報酬を払い、仕事が終わったらさっさと縁を切りたがる。
冒険者もそれはよくわかっているのでお互い割り切ったものだ。
また商隊の護衛にもよく雇われる。
余程のコネが無い限り貴族は兵士を護衛に出してくれず、傭兵もいつ盗賊になり雇い主に牙を剥くかわからない。
ギルドに登録している冒険者はそういうルール違反をしないと思われいるので多少は信用できる。
大商人とはいえ私兵を作る事は反逆罪になりかねないので護衛は雇うしかないのだ。
ただ冒険者になるのに絶対に避けては通れない条件がある。
人を殺せる事。
ゴブリンなどの人型モンスターなら躊躇なく殺せても山賊やその他の敵は人間が多い。
傭兵ほど慣れてなくてもよいとはいえミレーヌが人を殺すなんて想像もしたくない。
冒険者とはそういう存在なのだ。
僕はミレーヌのように積極的では無くても沢山の世界を見てみたいと思っていた。
笑われるかもしれないが、自分の肉体と剣一本で世界を渡り歩く事は退屈な酒造業の跡取りには無理だ。
酒造業は人を酔わせ楽しませる立派な職業だが僕の代わりはいる。
だが冒険者になれば冒険者ユキナはただ一人。
前世でやれなかった自由に自分の足で歩いて行けるのは抗いがたい魅力に見える。
若者は一度は夢を見る者だと誰かが言ったが今の僕がそれだった。
「塾の武芸は続けるけど、神聖魔法も習いたい」
僕の言葉に父も母も絶句した。
多少の喧嘩騒ぎに対処する為、武芸を習うまではみんなしている事。
転生してから僕は自分の身体が自由になる事が嬉しくて、武芸に励み剣や格闘妓にはそれなりの自信がある。
だが神聖魔法を習うのは兵士や傭兵など荒事を主に扱う者か教会で高位を目指すものしかいない。
「父さんも母さんもユキナを愛している。だから包み隠さず教えてくれ。教会に入りたいのか?」
「僕もお父さんとお母さんを愛しているよ。だから正直に言います。僕は冒険者になって広い世界を見てみたい」
「酒造業は退屈に見えるのか?」
「お父さんの仕事は立派だと思っているしお父さんの事を世界一尊敬してる。でも僕は外の世界を見てみたいんだ」
僕の言葉に父さんと母さんは顔を見合わせて悩んでくれる。
本当なら殴られて終わりだろう。
だが僕の望みを真剣に考えてくれる。
この世界の両親は僕を愛してくれていると心の底から感謝した。
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